冒険者を支える物語

週刊M氏

第1話 日常

 冒険者組合トーネット支部の朝は早い。緊急の依頼や報告があっても対応できるようにするためだ。

 この私、デービィ・アルマもまだ朝日が登り始めるばかりの時間帯に出勤する。早朝の出勤を最初は苦行にしか感じなかったが、十年もすれば慣れてしまうものだとこの頃は思うようになる。


 いつもの通り、組合の建物内に入るがどうしたのだろうか。少し騒々しい。少し気になったので近くにいた職員に声をかける。


「君、何かあったのかね?」


「ああ、デービィさん。領主からの緊急依頼があったのでその対応をしている最中ですよ」


「領主から? つい先日、領内の魔物の討伐の緊急依頼を出したばかりじゃないか」


「そうなんですが、また魔物の討伐を依頼されました」


 冒険者とは大半の場合、魔物討伐を生業としているため、魔物の討伐依頼を冒険者に出すのはおかしいことではない。しかし、依頼者が貴族となると話は別だ。貴族は常設の領軍を持っており、魔物が出たとしても大抵領軍で対処する。


 というより、組合に依頼するということは領主には討伐能力がないと宣言するようなもので、外聞を気にする貴族にとっては忌諱される行為なのだ。


「まあ、貴族様は金払いが良いからな。精々稼がせて貰おう」


「ですね」


 談笑もそこまでに、私は勤務を開始する。


~~~


冒険者と言えば世間では荒くれ者というイメージがよく付いているが、組合内ではその事がよく実感できる。


「どけぇ、その依頼は俺のだ」


「うるせえ、俺らが先に目を付けたんだ」


 彼らは壁に張り出された依頼表を見て今日受ける依頼を見つけるのだが、簡単なわりに報酬がいい依頼を取り合うことも珍しくない。まあ、生活に関わるので冒険者たちにとっては一番重要な競争かもしれないが。


 私はそんな彼らの姿を横目に珈琲を口にする。やはり、朝早くから働かないといけないこの職に珈琲は必須である。


(あ~、この酸味が身体に染み渡る感じこそ至福だな~)


 受付の職員たちもおおっぴらには飲むことはないが休憩時間には確実と言っていいほどに珈琲が飲まれている。…今度、経費でコーヒーを常備することを提案してみるのもいいかもしれない。

 

 先ほど、勤務を開始すると言ったものの、優雅に珈琲を味わっている私の姿から薄々感じているだろうが現在、私はすることがない。


 働いていないのに給料が入ることに職員たちからは不満が募っているかもしれないが私は気にしない。これは決して私が厚顔無恥であるということではない。ここ重要。


 なぜなら私には重要な役割があるのだ。その役割を説明しようと思うが、その前に私の立場について話そう。


 私は現在、組合内におけるトーネット支部代表を務めている。…言い方が悪く、私が支部長と勘違いした方もいるだろうから訂正、いや諸々を説明しよう。


 ここ、トーネット支部は支部とついているように、冒険者組合という巨大な組織の一部だ。そして、支部があるなら本部も勿論存在する。本部は全体の方針を決定する重要な機関であり、特殊な例を除き支部は本部に従わなければならない。


 だが、もしかしたら本部と支部では認識に齟齬があり、本部の方針が適切でないかもしれない。そういう事例を未然に防ぐために、本部は支部の現状を把握し、それを報告する役員を各支部に配属しており、その役員こそが私なのだ。


 本当は別に正式な名称があるのだが、その役員は大抵「代表」と呼ばれる。ゆえに先ほどは自分のことを代表と言ったのだ。


 また、代表の役割はそれだけじゃない。代表は支部の対外的な分野を担当するので、トーネットにおける冒険者となるための試験も私が責任者だし、他の支部との連絡、連係も私が主導して行わなければならない。ただ、例外的に貴族との交渉は支部長が行うことになる。


 仕事の量、その重要さを考えれば優雅に珈琲を嗜むことも許されるはず…許されるのか?


 変なことを考えていると、職員の一人が私の机の前まで来た。ちなみに私の机はアンティークものでお気に入りである。


(木材の木目がとても味を出してくれるんだよ)


「デービィさん、本部からの手紙が届いたのと、隣のセマート支部代表がお越しになってます。」


「わかった手紙は預かろう。セマートの代表は応接室だな、すぐに行く」


 どうやら仕事のようだ。手紙を引き出しにしまい。私は駆け足ぎみに応接室に向かった。

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