水鬼
ふじぽ
水鬼
「ここ?」
古ぼけたビルを見上げて女は呟く。
エントランスに入り郵便受けに目を向けた。
【びょういんだよ!】子供の落書きの様な字で書かれたメモが貼り付けられたポスト。
女は息を呑む。
(びょういん…って)
だが、自分が行きたい所であるのは間違いない。
階段を登り、【びょういんだよ!】とメモが貼られたドアの前に立つ。
どうやらインターホンは無いようだ。女は深呼吸をするとドアを叩く。
少しの間が空く。
「はぁい!」
幼げな声と共にドアが開かれた。ドアを開いたのは薄茶の髪をツインテールにした、少女…と言うよりは幼女だった。
幼女は女を見上げると瞬きをした。
「こんにちは!しんかんさんですか?さいらいさんですか?」
「え、えっと」
幼げな大声が頭に響く。
「どっちー?どっちなのぉ?」
「あ、あの声をもう少し小さく…」
「うえ?」
「トンカチ君」
穏やかな声がする。部屋の奥から白衣を着た細身の青年が現れた。
薄茶の長髪を髪留めで緩く止めている。幼女の頭を撫でると青年は苦笑した。
「病院は、静かにお話するところだよ?」
「はぁい!」
「だから、静かにね」
「あ」
【トンカチ】と呼ばれた幼女は、両手で口を抑えた。
その様子が可愛らしく見えて、女は小さく笑う。
「…さて」
白衣の青年は女の方を向く。
「貴女は…ここが『どういう場所』か分かって来られたんですか?」
青年の問い掛けに息を飲むが、次には女は頷く。
「はい…」
「そうですか…分かりました、診察室へ行きましょうか」
「どぞどぞ」
幼女が女の手を引く。
診察室。通常の医院よりは簡素な内装で、置いてあるのは机と椅子2脚。それだけだった。
女を椅子へ促すと、青年は女の正面に座る。
「トンカチ君、麦茶を持ってきてね。君の分も入れて3つ」
「はぁい!」
幼女は元気に返事をすると出て行った。
「さて、早速ですが…」
青年は女を見つめた。よく見ると瞳の色も水色掛かった色をしている。
「貴女は血液を売りに来たんですか?或いは臓器…ですか?」
青年の問い掛けに女は肩をビクつかせた。
「…はい。血液を…」
「…ここの事は、誰から?」
「彼氏…から…」
女は、言葉を続ける。
「私、鳴海ゆかと言います。彼は…その」
「無理に名前を出す必要は無いです」
青年は小さく笑う。
「僕も本名は教えられないし」
「え?」
「なんでもありません」
みずきは優しげに微笑む。
「そう言えば、まだ名乗ってませんでしたね。私は姫上みずきと言います」
「ひめかみ先生…」
「はい。それでは始めますか?」
「は、はい!」
突然、手元のカバンを気にし始めるゆか。
「…ごめんなさい!」
カバンからカッターナイフを取り出すと、みずきに向かった。
カッターナイフを振り上げるゆか。
だが、風がゆかの手元を掠めカッターナイフを払い落とした。
(え?)
「…させへんよ?」
片手を掲げながら、眼鏡を掛けた青年が部屋に入って来た。
「狼ちゃんが『やな感じがする』言うから入ってみたらこれや」
眼鏡の青年の傍らから、恐る恐るといった風に黒髪の青年が顔を出した。
「先…生。大丈…夫?」
「蓮君、狼君」
刃物を向けられたというのに、みずきは全く動揺はしていなかった。
「有難う蓮君。狼君も」
「かましまへん。この位大した事あらへん」
「…うん」
「さて…」
うずくまるゆかに視線を合わせるみずき。
「何故こんな事をしたのですか?話してもらえませんか?」
みずきの問い掛けにゆかは小さく頷いた。
「…なるほど」
一通りの話を聞いて、みずきは頷く。
「とりあえず、鳴海さん。貴女はお帰り下さい」
「でも」
「大丈夫ですから」
「…」
「あのね!」
黙りこくるゆかの顔を覗き込む幼女トンカチ。
「せんせーが、だいじょぶよ〜って言ったらね?大抵は〜だいじょぶなんだよ!」
「…」
「トンカチも言うよ!だいじょぶだいじょぶ!よしよし」
精一杯背伸びをして、ゆかの頭を撫でてきた。
「っ…」
ゆかの頬を涙が伝う。
「ごめん…なさい」
「うん!よしよし!いいこいいこ!」
ゆかを帰らせた後の診察室。
「さて」
みずきは、トンカチ達3人に目を向ける。
「蓮君、お手数をかけるけど彼女の話の裏を取ってもらえるかな?」
「へい。せやけど、もしかしたら俺のお得意さんが絡んでるかも知れへん」
「そうなのかい?」
「せやから時間は掛からないと思いますわ。任せてや」
片目を瞑る蓮。
「裏が取れ次第…動こう」
3人を見回す、みずき。頷く3人。
「あと…は」
携帯端末を操作する、みずき。
「あ、僕です。今、話をしてもいいかな?…うん、実はね」
経緯を説明すると、端末からは怒号にも似た声が漏れてくる。
「赤兄、声でかすぎや」
「せんせーの、お耳割れちゃうよぉ!」
「…怖い」
声の大きさに苦笑を浮かべながら、みずきは話を続けた。
「…赤座君は…お腹を空かせておいてね」
続いた言葉にトンカチ達は思わず顔を見合わせる。
「おおお」
「え、エグいわぁ…」
「………」
「じゃあ」
端末を切ると、みずきは立ち上がった。
そして、髪留めを外す。流れる長い髪。
「始めようか」
髪で表情は確認できなかったが、いつものみずきよりは低い声だった。
数日後。とある繁華街。
ホストクラブの前。
「ここやな」
蓮は鼻歌混じりに両手を店に翳す。
「さて、いっちょかまそか!」
両手のひらから暴風が繰り出される。風は店の入っているビルを大揺れに揺らす。
客が入る前の時間帯を狙った襲撃。店の入っているビルには他に店は無い。
店からは蟻の子の様に関係者が出て来る。
「ねえ?ゆかちゃん知ってる子いる?」
問い掛けるトンカチ。顔を見合わせ合う関係者。
だったが、金髪の男が走り出した。
「アイツか!」
「にっがさないよ〜」
トンカチは、右手を翳す。
「あるてぃめっとはんまー!」
右手は巨大なハンマーと化す。
それを振り下ろしたトンカチ。同時に地面には亀裂が入った。亀裂に足を取られて男は転倒する。
それでも、なんとか逃げようとする。
「…任せて」
狼が走り出す。走りながら巨大な黒狼へと変身する。素早く男に走り寄り首根っこを銜えた。
「しっかしまあ」
肩を竦める蓮。
「店ぐるみで、臓器売買やっとるなんて、えっげつないわ〜しかも法外な価格やとか無茶苦茶やん」
蓮の言葉に腰を抜かしていた店関係者は怯えた表情になる。
「なんだよ!お前ら!」
「警察か!」
「ポリさん?ちゃうな〜」
口の端を上げて蓮は嗤う。
「トンカチ達は〜おまわりさんより〜こっわいよ〜〜アハハ!!」
クルクル回りながらトンカチが笑った。
「ほな、さいなら〜」
両手を振ると、蓮の繰り出した風は小さな竜巻となる。吹き飛ばされた関係者と店は…正しく木っ端微塵となる。
「…そ、そんな」
怯える金髪の男。人型に戻った狼は
「…寝て」
呟くと男に当て身を食らわした。
金髪の男が目を醒ます。
「起きたかい」
長髪の男が近付いてきた。
「てめえは…」
ふと、自分の両腕が掲げられている事に気付く。そして、両手首を一纏めに握られてる事にも。
「ああ?何、先生に『てめえ』とかぬかしてやがる」
手首を掴んでいるスキンヘッドの大男が睨んできた。
「っ…」
「残念だったね」
笑顔を浮かべる長髪の青年。
「臓器を売り飛ばせそうなお客は囲う。出来ないお客からはお金を搾り取る、或いは…」
言いながら男は真顔になる。
「自分達の都合の良い様に使う」
「……んだよ!」
金髪の男は虚勢を貼る様に青年を睨みつけた。
「てめえが!あんなアホみたいに高い金で臓器買い取りなんかするから悪いんだろうが!」
「ほお。つまり店の客からの臓器抜き取り以外もしていたという事だね」
「そうだ!てめえのせいでこっちは商売上がったりだ!だから!」
「僕を…襲わせた…と」
呟くと、長髪の青年は笑い出す。
「そりゃあ、高いお金は出すさ!そうすれば良いモノが手に入る。あ、あと僕は買うだけで売らないし、君が吠える程には買っては無いつもりさ」
「え…」
どこか狂気じみた笑い方に金髪の男は黙り込む。
「良いモノを少しだけ。そうじゃなきゃ」
ゆっくりと自分の隣の大男を指差す。
「その子、お腹を壊してしまうよ」
「……え?」
同時に、バキバキと骨と肉が軋む音がした。
恐る恐る目を向ければ、視界には一面の銀色…長い銀色の髪。
大男は銀髪を靡かせ、先程より更に大きくなっている。そして頭部には
「つ、角??」
昔話などで見る赤鬼。正しくその姿だった。
長髪の男は再び楽しそうに笑う。そして金髪の男に近づいた。
「君や、君のお仲間のやり方…良くないね。特に、君は良くない」
「なっ!」
「せめて、自分で向かって来てくれてたらねぇ…」
パンッと両手を打つ。
「痛くて苦しい思いはしないで済んだのに。お仲間と同じく、瞬時に逝けて」
「!」
長髪の男は金髪の男の頬を撫でた。
「な、なんだ…よ!」
次の瞬間。金髪の男の全身の毛穴から血が噴き出す。
「いくら、踊り食いと言っても血抜きはしないと…ねえ?」
「ああああ!」
パニック状態になりながらも、金髪の男は睨みつけてくる。
「なんなんだよ!てめえら!なんなんだよ!」
「…そうだね。君は、もう死ぬから…教えてあげるよ」
「っ…」
いつの間にか茶色から水色へと変わっていた髪を靡かせ、青年は白衣の裾をあげお辞儀をした。
「僕の本名は【姫神みずき】」
「ひめ…がみ」
失血で失われつつある意識。だが、その名は…
「【姫神…大災厄…】」
この世界に置いて過去最大の異能力者が起こした事件。発端は姫神と呼ばれた一族から。
異能者が引き起こした事件として、最悪の災厄。
それを知らない者など居ない。男の様なチンピラ紛いの者であっても。
「うん」
頷くと男は言葉を続ける。
「あれは【起こした者】と【鎮めた者】がいた。僕は鎮めた者。そして…」
寂しげに目を伏せ、言葉を続けた。
「起こした者は…僕の…大事な人」
「…先生」
鬼が呟く。
「彼女は、その罪悪感の為に、本当は【さつき】なのに【殺姫】と名乗る様になった…」
悲しげに呟くも、次には笑顔で顔を上げた。
「僕も、それに倣うことにしたんだよ。彼女ばかりに…恐ろしい名前は名乗らせたくないから」
もう、意識は無くなる間近。それでも男の話は耳に入る。
「僕は【水鬼】水を操る、水の鬼だよ」
(水…それで…俺の…血を…操れたのか…)
「先生、どうせこいつ聞いちゃいねえし、俺が喰う前にくたばったら意味ないんじゃね?」
「だね。血抜きも出来たみたいだし…」
最後に男の耳に聞こえたのは、『召し上がれ』と言う男の声と噛み砕かれる自分の頭蓋骨の音だった。
後日。ノックされる病院のドア。
「はぁい!あ」
相手を見上げてトンカチは笑う。
「ゆかちゃん!」
「こんにちは」
診察室で、向き合うみずきとゆか。
「どうしました?」
「あの…」
躊躇いながらも顔を上げる。
「あのお店…潰れたんです」
「そうですか」
「経営が…じゃなくて、物理的に」
「なるほど」
「…………もしかして…」
言いかけたゆかだったが、みずきの顔を見て押し黙る。
みずきは笑顔のままだったが、目は…笑ってはいなかった。
「…鳴海さん?」
「は、はい」
「貴女を騙して…不当な借金を背負わせ、挙げ句の果てに僕を襲わせる。そんな店も店員も無くなった」
言葉を続ける。
「これからの貴女の人生は前途洋々。そうですよね?」
「え、ええ…」
「でしたら」
みずきは、ゆかに近づいた。
「藪を突いて蛇を出すような真似は、しない方がいいですよ」
冷ややかに告げる。
「…」
再び椅子に、みずきは戻った。
「お大事に」
優しげに微笑む。
「……は、はい!あの……やはり、有難う御座いました!」
ゆかは深々と頭を下げた。
夜。みずきの自宅兼、皆の住まいで夕食を取る4人。
「あの店な?やっぱ俺のお得意さん等も目えつけとったんやて」
「そなの?」
「ん。やり方がえげつないてな、来週辺り殴り込んだろ思ってたらしいで」
「お、お得意さん…怖い…」
怯える狼の頭を、蓮は撫でた。
「ハハッ!確かにお得意さんはヤーさんやけど、そないには怖ないで?」
「そ、そう…なんだ」
「ただいま〜」
赤座が部屋に入って来た。ヘルメットや作業服の入ったカバンを床に置く。
「あーちゃん、おつかれさま!」
「おお」
「ごはん……用意するね」
「あ、狼、座ってていいぞ」
立ち上がろうとした狼を手で制する。
「当分、飯は食わなくても大丈夫だわ」
鍛えられた腹を叩く。
「いや〜やっぱよう?若い奴の肉は良いよな!しかも全身だろ?モツや骨もめっちゃ腹に貯まるわ!先生!ありがとな!」
楽しそうに笑う赤座に反し、トンカチと蓮は眉を寄せ、狼は半泣きな顔になる。
「ん?どした?」
「…赤座君たら」
苦笑を浮かべて、みずきは首を振る。
「お食事中に、そういう話は良くないよ?」
「あ、悪っりい悪い!想像しちまったか」
「あーちゃんのバカちん!」
「赤兄!何追い討ちかけてるんや!うえ…あかん、気持ち悪…」
「うぅ……」
怒る3人に両手を合わせて謝る赤座。
そんな4人を、見つめるみずき。
(いつか…いつか、君にも彼等に会ってほしい…)
(そして、1日も早く…)
(君の望みを叶えたいよ。さっちゃん)
「せんせー?」
赤座によじ登り『おしおき!』と、スキンヘッドをパシパシと叩いていたトンカチが、みずきの方を向く。
「なんでもないよ」
皆に笑顔を向けた。
水鬼 ふじぽ @fujipo96
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