レコーディング・メモリーズ

 翌日。名残は深雪のいる教室を訪ねた。教室を見渡すと窓際の席に深雪の姿を見つける。名残は深雪の元へ駆け寄った。


「せ、先輩!」


 名残の声に驚いたのか深雪は肩をビクッと震わせる。


「な、なによ。わざわざ教室まで来て」


 深雪は怪しげな目つきで名残を見る。


「あの、今日の放課後お話があるので部室に来てくれませんか?」


 名残は不安そうな表情を浮かべる。


「部室?今じゃダメなの?」


 深雪は不機嫌そうに聞き返した。


「その、他の人に聞かれたくないので」

「わかったわよ。放課後行くから」


 渋々と了承してくれたことにホッとする。


「じゃあ約束ですよ!絶対来てくださいね!」


 名残は深雪に手を振ると自分の教室に戻っていった。


「昨日の子やっぱり深雪の知り合いだったんだー」


 晴氷はニヤリと笑う。


「部活の後輩。別に大したことじゃないわよ」


 深雪は呆れた様子でため息をつく。


「でもさ、いきなり告白とかされちゃったりしたらどうする?付き合っちゃうの?」


 晴氷は意地悪そうに尋ねた。


「あり得ないわよ。ってか昨日なんかあったの?」


 深雪は不思議そうに首を傾げる。


「ああ。なんか深雪に用がある感じだったけど」

「ふーん。まあいいわ」


 ***


 放課後、深雪は言われた通り部室に向かった。


「まったく。何話すんだか」


 部室のドアを開けると既に名残りがいた。


「先輩待ってました♪」


 満面の笑みで出迎える。


「で、なんで呼び出したわけ?」


 椅子に腰掛けると早速本題に入る。


「先輩最近元気がないです。だから私が癒してあげようと思って」


 名残は自分の胸をトンと叩く。


「あんたがあたしを?冗談きついわね」


 深雪は鼻で笑った。


「ああ!先輩!窓の向こう見てください!」


 名残が指差す先には、校庭で体育の授業を受ける女子生徒達の姿が見えた。


「何よ。ただの高校生の日常風景じゃん」


 深雪は窓から身を乗り出して、体操着姿の生徒を確認する。


 ガラガラ。カチャ。


 突如背後から音がした。振り向くとそこには名残の姿がなくなっていた。


「あれ?」


 深雪は慌てて扉を開けようとすると、鍵がかかっていた。


 ガチャ。ガチャ。


 何度か試すがやはり開かない。


「嘘でしょ!?ちょっと!開けなさいよ!!」


 ドンドンと扉を叩き叫ぶが全く反応はなかった。


「名残ぃぃぃ!!」


 ***


「先輩ごめんなさい。でも私にはやらなくちゃいけないことがあるんです」


 名残は走って学校を後にした。


「ここだ」


 辿り着いた先は深雪の自宅だった。名残は玄関のインターホンを鳴らす。ピンポーン。すると中からはーいと声が聞こえてきた。出てきたのは眼鏡をかけたロングヘアーの女性だった。


「あら?その制服……もしかしてふぶちゃんのお友達?」


 女性は笑顔で名残に話しかける。


(この人が先輩の新しいお姉さん……私より大きい……)


 名残は女性の大きな胸に視線が釘付けになる。


「え、えっと……その、はい。そうです」


 名残は我に帰ると慌てて返事をする。


「あれぇ〜?ふぶちゃんの友達来たのぉ?」


 すると奥からもう一人女性がやってきた。こちらはショートヘアでとても背が高い。そして豊満なバストの持ち主である。


(こっちも!?まさか二人共だなんて……これで誘惑して先輩を……)


 名残は嫉妬で気が狂いそうになる。


「ごめんね。ふぶちゃんまだ帰ってなくて」

「いいえ!」


 名残はブンブンと首を振る。


「今日はお二人に用があって来ました」


 ***


 一方その頃深雪は焦っていた。


「ちょっと名残!早く開けなさいよ!」


 何度も扉を叩いて呼びかけるが名残が出てくる気配はない。


「まったく。どういうつもりなの。いきなり閉じ込めるなんて」


 深雪はイラつきながら部室内を歩き回っていた。コンコン。不意に扉をノックする音が聞こえる。


「誰かいるんですか?」


 聞き覚えのない声だが名残ではないことだけは確かだった。


「閉じ込められてるんです!助けてください!」


 深雪は助けを求める。


「えぇ!急いで先生呼んできますぅ!」


 女子生徒の声が遠ざかっていく。


「ふぅ……これでひとまず安心ね」


 深雪は安堵のため息をつく。部室内を見渡すと、先程までは気付かなかったが、机の上にアルバムが一冊置いてある。深雪はそのアルバムを手に取るとページをめくった。


「なにこれ……あたしの写真ばっかりじゃないの」


 写真はどれも隠し撮りされたものばかりで、どのページにも深雪の姿があった。深雪は気味が悪くなり、すぐにアルバムを閉じる。


 するとアルバムの中から一枚の写真が落ちた。床に落ちた写真を拾うとそれはこの前撮った名残とのツーショットだった。


「名残……」


 ***


 名残は深雪の自宅に入れてもらい、リビングにある椅子に腰掛けた。


「私が冬花でこっちは霜歩。あなたのお名前は?」

「名残です。深雪先輩とは中学からの仲で」


 名残は緊張しながらも自己紹介をした。


「へーそうなんだ。よろしくね名残ちゃん」


 冬花はにっこりと微笑む。


「それでぇ?名残ちゃんは私達に何の用なのかなぁ?」


 霜歩はソファの上で足をパタつかせている。


「あの、実は深雪先輩のことなんですけど」


 名残は真剣な表情で話を切り出した。


「ふぶちゃん?」


 二人はキョトンとした顔で首を傾げる。


「お二人は深雪先輩のことどう思ってるんですか?」


 名残は二人の目を見て尋ねた。


「はい!大好きです!」

「私も大好きぃ」


 姉妹は即答した。


「そ……それはどういう意味で……すか?」


 名残は恐る恐る尋ねる。


「ねえ。名残ちゃん。どうしてそんなこと聞くの?」


 冬花の目がギラリと光る。


「あ、いえ……その!先輩は!先輩が……お二人と出会ってから何か変わってしまった気がして……」


 名残は必死で言葉を絞り出す。


「中学の時はいつも仲良く一緒に過ごしてて……高校に行ってからは私のことを避けてるのか部室にも来なくて……それなのに突然お姉さんができて……お姉さんは優しいし、美人だし、胸も大きくて魅力的で……でも、だから不安になって……先輩が奪われてしまうんじゃないかって」


 名残の目には涙が浮かぶ。


「そうだったのね。何も知らなくてごめんなさい。ふぶちゃんにこんな可愛い後輩がいることや部活に入ってることなんて聞いていなかったから」


 冬花は申し訳なさそうに謝る。


(私のことなんて誰にも話してなかった……やっぱり先輩は……)


 名残は泣き崩れる。


「ふぶちゃんはねぇ。恥ずかしがり屋さんなんだよぉ」


 すると霜歩が優しく頭を撫でた。


「えっ?」


 名残は驚いて顔を上げる。


「そうね。私達が出会ってからまだ日が浅いけれど、ふぶちゃんは優しくていい子よ。だから名残ちゃんを避けてるのは何か理由があるんじゃないかしら」

「そうだよぉ。きっとふぶちゃんも寂しいと思うよぉ」

「先輩も寂しかった?私が話しかけても冷たくあしらうだけだったのに」


 名残は不思議そうに呟く。


「名残ちゃん。ふぶちゃんのこと好きぃ?」


 霜歩は名残に問いかける。


「はい。もちろんです!大好きです!」


 名残は笑顔で答えた。


「だったら信じよう?ふぶちゃんもあなたと同じように寂しがっているはず」


 霜歩の言葉を聞いて名残はハッとする。


「わかりました。もう少しよく考えます」


 モニュ。


 背後から突然柔らかい感触が伝わる。振り向くとそこには冬花がいた。


「大丈夫よ。名残ちゃんもふぶちゃん好みのもの持ってるから」


 冬花は名残の胸に手を這わせる。


「んあ……そんな急に……」

「なぁに?お姉ちゃんたちに甘えたい?」


 冬花は名残の耳元で囁いた。


「ダメです!お姉様あぁ!」


 ***


「はぁ……ほんとひどい目にあったわ」


 深雪はため息をつきながら家路を歩く。


「それにしても名残は何がしたかったのかな」


 深雪は首を傾げながら考えた。家に着き、玄関を開けると目の前には見知らぬ靴があった。そのまま自分の部屋に向かおうとすると、リビングの方から声が聞こえてきた。


「ただいま。誰か来てる……の……」


 深雪はリビングの戸を開けると、そこには姉二人と名残の姿があった。


「ほぉら。名残ちゃん。あーん」

「お……お姉様……そんなに食べれないです……」

「あら、名残ちゃん。もっと大きくならないとお姉ちゃん達みたいになれないわよ」


 三人は仲睦まじい様子で食事をとっていた。深雪はその光景を見て立ち尽くす。すると冬花がこちらに気付く。


「あっ。おかえりなさい。ふぶちゃん」


 冬花が名残の口についたクリームを取ってあげる。


「なにしてんのよ……名残!!」


 深雪は大声で叫んだ。名残はビクッとして深雪を見る。


「深雪先輩!?どうしてここに?」

「あんたが閉じ込めたんでしょうが!」


 深雪は怒り心頭といった感じだ。


「あの、その……ごめんなさい」


 名残はシュンとした表情で謝った。


「まあまあ。ふぶちゃん落ち着いて」


 霜歩は深雪を宥める。


「落ち着けるわけ無いでしょ!どうして名残が家にいるのよ!」


 深雪は怒鳴りつける。


「それはぁ。名残ちゃんが相談したいことがあるっていうから」


 霜歩は名残の肩に手を置く。


「そうなんです。今日はお姉様達に用があって」


 名残は怯えながらも必死に訴えかける。


「今日という今日は絶対に許さないから!」


 深雪は名残に詰め寄ると襟首を掴んだ。


「ちょっと待って。ふぶちゃん。そのくらいにしましょう?」


 冬花は深雪の腕を掴む。


「冬花さん達には関係ないから……」

「関係なくはないわ。私達はふぶちゃんのお姉さんなんだから」


 冬花は優しく微笑んだ。


「うぅ……せんぱーい……ごめんなさい……」


 名残は泣き出してしまう。


「泣かないでよ……あたしが悪者みたいじゃない……」


 深雪は困ってしまう。


「ふぶちゃん。とりあえず名残ちゃんの話を聞いてあげて。ねっ」


 冬花は優しく諭すように言う。


「わかったわよ」


 深雪は名残を解放する。名残はその場にへたり込んでしまう。


「それで?話って何なの?」


 深雪はぶっきらぼうに尋ねた。


「その前に!ご飯にしましょう。名残ちゃんも今日は泊まっていきなさい」


 冬花は名残に笑いかけた。


「えっ?でも悪いですよ」


 名残は遠慮がちに答える。


「いいからぁ。ねっ?」


 霜歩はウインクをする。


「じゃあお言葉に甘えて」


 名残は立ち上がり、席に着く。そして姉妹達による夕食が始まった。


 ***


 夜になり、深雪と名残は寝ることになった。


(結局何も話せなかった……)


 名残は頭を抱えて悩む。


「名残はベッド使って。あたしは布団敷くから」


 深雪はテキパキと準備する。


「そんな!私が床で良いです!」


 名残は慌てて断る。


「だめ。風邪ひくわよ」


 深雪は有無を言わせず押し切った。二人は就寝の準備を終えると、電気を消して横になった。


 しばらく沈黙が続く。


 先に口を開いたのは深雪だった。


「名残……ごめんね」

「先輩!?なんで謝るんですか」


 突然の謝罪に名残は驚く。


「だってさっき酷いことしたじゃん……」

「あれはその……仕方ないというか……」


 名残もなんて言っていいかわからず言葉を濁らせる。


「ねえ……名残……」


 暗闇の中で深雪の声が響く。


「はい……」


 名残は返事をした。


「あたしがあんたを避けてたのは理由があるの」


 深雪はぽつりと語り始める。


「えっと……その……それはどういう意味でですか?」


 名残は恐る恐る尋ねる。


「あんたさぁ。中学の時から友達一人もいなかったじゃん」


 深雪の言葉に名残はドキッとする。


「はい。そうですけど」


 名残は俯きながら答えた。


「だから心配になってさ。あたしに依存しすぎて卒業したらまた寂しい思いさせるんんじゃないかなって」


 深雪は申し訳なさそうに話す。


「そんな……私は大丈夫です。先輩さえ側に居てくれるなら……」


 名残は暗い顔で言う。


「はぁ……そう言うと思ってた」

「先輩は忘れちゃったんですか?私達の思い出……」

「覚えてるよ。全部」

「じゃあどうして!?」


 深雪は起き上がって机の引き出しから一冊のアルバムを取り出すと、ベッドの上に座ってページを捲った。そこには中学の時に二人で撮った写真がいくつも貼られていた。


 名残は懐かしさに目を細める。


「恥ずかしかったのよ。あんたがあたしの写真ばかり撮るから」


 深雪は照れ臭そうに言った。


「先輩可愛いですもん」


 名残は笑顔で答える。


「大事に持ってたんですね」

「そりゃあね」


 深雪はアルバムを閉じる。


「あんたも持ってるの?その……ボタン……」


 深雪は顔を赤らめて名残を見る。


「もちろんですよ。大事に保管してます」

「そっかぁ。なんか恥ずかしいな」


 深雪は頭を掻いた。


「先輩!」


 名残は深雪の後ろから抱きついた。


「ちょっ!?急に飛びかかってこないでよ」


 深雪はよろけながらもなんとか耐える。


「今夜は一緒に寝たいです」


 名残は甘えた声でお願いする。


「別にいいけどさぁ」


 深雪は不機嫌そうな声で呟くと二人は布団の中に入った。


「あんまくっつかないでよ」


 深雪は名残に背を向ける。


「どうしてですか?」


 名残は不思議そうな表情を浮かべる。


「どうしてって。その……あたし達もう子供じゃないんだし」


 深雪はもじもじしながら言う。


「ふふ。やっぱり先輩は可愛いです」


 名残は深雪を抱き寄せた。


「ちょっと。やめなさいって。ズボン下ろすなぁ!」


 深雪は抵抗するが、名残はお構い無しだ。


「先輩の匂い好きぃ」

「嗅ぐなぁ!」


 深雪は必死に抵抗するが、力が入らないようだ。


(先輩は私のことを忘れてなかった!何も変わってなかったんだ!)


 名残は嬉しくて涙が出そうになる。


「うぅ。先輩大好き」


 名残は深雪の背中に頬擦りをする。


「ああ!もぅ。わかったから。今日だけなんだからね」


 その夜も二人にとって大切な思い出となったのだった。

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