異世界転生ストーリーはこうして誕生した

FZ100

脚本形式

○ 登場人物


三明航太郎みあけこうたろう(15)高校一年生。文芸部員

美作乙女みまさかおとめ(16)高校二年生。女子。文芸部員

・主人公(18)劇中劇の主人公。

       転生先の名前はマロ

・女神:死後の世界の管理者

・スズカ:「田村の草子」「鈴鹿の草子」の鈴鹿御前がモデル。

      劇中劇のヒロイン。

      主人公と互角の強さ

・姫:某国の姫。名はアスナ。

・姫騎士:女剣士。名はアガタ

・魔王

・モルグ:魔王の四天王の一人

・四天王その1

・四天王その2

・四天王その3

・コンビニ店員 男

・航太郎の母

・ギルドの受付嬢

・冒険者A

・料理人:異世界のコック

・二年一組の女子生徒


N:ナレーション

M:モノローグ


○ とある高校・文芸部・部室内

  三明航太郎(15)がパソコンに向かって、小説投稿サイトを閲覧している。

  航太郎の投稿した小説のページビューはたったの3件。

航太郎「はあ……ページビューたったの3件。新作なのに読まれないなあ」

  航太郎、マウスをクリックする。

航太郎「でも、連載を続ければ読んでくれる人もいるかもしれないし」

  航太郎、キーボードを打鍵して小説の続きを書く。

乙女N「昔、と言ってもスマートホンがあるか無かったかの頃のこと。とある高校の文芸部に所属する高校生がいた」

  航太郎、キーボードを打鍵する。

乙女N「この少年、とある小説投稿サイトに自作の小説をアップロードしていた」

航太郎「あーっ、くそっ。どうすれば読まれるんだよ?」


○ 高校・廊下~職員室

  廊下を生徒たちが行き交う。

  航太郎、職員室の前で立ち止まる。

  チャイムが鳴る。

航太郎「失礼します」

  航太郎、職員室に入ると、ボードに吊り下げられた文芸部室の鍵を手にとる。

航太郎「一年二組、三明航太郎、文芸部の鍵を借りまーす」

  航太郎、職員室から出て扉を閉める。

  その足で文芸部室へ向かう。

  航太郎の後ろ姿。


○ 高校・部室棟・文芸部

  航太郎、文芸部の前で立ち止まる。

  鍵を開けて、扉を開く。

航太郎「(予想外)え?」

  室内には美作乙女(16)が既にいる。

  乙女、微笑する。

乙女「こんにちは」

航太郎M「……鍵かかってたのに、この人どうやって入ったんだ?」

乙女「こんにちは」

航太郎「あ、ああ……こんにちは」

乙女「一年二組の三明航太郎君ですね?」

航太郎「どうして僕の名前を知ってるんですか?」

乙女「私は二年一組の美作乙女。転校生です」

航太郎「転校生……ということは」

乙女「はい、文芸部に入部希望です」

航太郎「本当ですか?」

乙女「もちろんです」

航太郎「部員、僕しかいなかったんですよ。やった」

  机の上にはパソコンが一台置かれている。

航太郎「って、パソコン一台しかないんですよ。どうしようかな」

乙女「私は読む専門ですからパソコンは不要です」

航太郎「そうですか」

  航太郎、パソコンの電源を入れる。

  パソコンが起動する。

  乙女が画面をのぞき込む。

乙女「三明君は小説を書くんですね?」

航太郎「実は……そうなんです」

乙女「どんな作品を書くんですか?」

航太郎「現代、ファンタジーかな?」

乙女「ぜひ読ませてください」

航太郎「人に読ませる出来じゃないですよ」

乙女「そんなことはありません」

航太郎「いやあ……」

  ブラウザを起動し、小説投稿サイトへ遷移する。

乙女「三明君はこの小説投稿サイトに投稿しているんですね?」

航太郎「はい、このアカウントがうちの文芸部のアカウントです」

乙女「成る程……。記憶しました」

航太郎「実はさっぱり読まれないんですよ」

乙女「小説投稿サイトではありがちな話です」

航太郎「ですよね」

乙女「人気作にはポイントがつくことで露出され更に読まれてポイントがつくという正の好循環が発生します」

航太郎「そうなるといいんですけどね」

乙女「三明君はどうですか?」

航太郎「いやあ、さっぱり読まれないというか、新作書いたんですけど3しかページビューがつかないんですよ」

乙女「それが小説投稿サイトの冷酷な現実です」

航太郎「どうしたら読まれる様になるんでしょうね」

乙女「それには面白い作品を書くことです」

航太郎「これでも自分じゃ面白い話を書いてるつもりなんですけど」

乙女「はい、面白いです」

航太郎「でも、これってセンスがないのかな」

乙女「そんなことはありません」

航太郎「いや、でも現実がこうだし」

乙女「コホン、三明君、ここで提案です」

航太郎「は? 提案?」

乙女「私、これでも小説投稿サイトのウェブ小説を読みまくってます」

航太郎「読み専門の読者ってことですか?」

乙女「そうです」

航太郎「まさか、自分に読み専の読者がつくなんて……」

乙女「私がついていれば百人力です」

航太郎「ははは」

乙女N「ちなみに読み専とは小説投稿サイトに投稿されたウェブ小説の中で面白い作品を発掘することに全精力を傾ける読者のことである」


○ 駅・ホーム(夕方)

  ホームに電車が入線する。

乙女「じゃあ、私は反対方向ですから」

  乙女、乗車する。

航太郎「失礼します」

乙女N「こうして私、美作乙女は三明航太郎君の小説指南役となった」


○ 翌日・高校・全景


○ 高校・文芸部室

  航太郎が執筆した小説を乙女に読ませている。

航太郎「こんな感じですけど」

乙女「うーん……、悪くはありませんが」

航太郎「ダメですか?」

乙女「そうではありません」

航太郎「ですか?」

乙女「三明君の書く作品は決して悪くありません」

航太郎「はあ」

乙女「でも、小説投稿サイトの需要から決定的に外れているのです」

航太郎「そんなもんですか」

乙女「読者の好みを知ることは大切ですよ」

航太郎「ですね」

乙女「三明君は他の作者の作品を読んでいますか?」

航太郎「実は……あんまりです」

乙女「でしょうね」

航太郎「書くのに精一杯で読んでる暇がないんですよ」

乙女「では、読者の需要は私が代弁しましょう」

航太郎「美作さん、読み専ですもんね」

乙女「この際、思いきって新作を書きましょう」

航太郎「新作ですか?」

乙女「完全オリジナル新作です」

航太郎「そうは言ってもネタをすぐに思いつかないんですけど」

乙女「素材は私が提供します」

航太郎「美作さんが?」

乙女「はい。読み専の私が提供します。ずばり異世界ファンタジーです」

航太郎「異世界ですか」

乙女「はい。剣と魔法の世界です」

航太郎「ああ、でも……自分、指輪物語って読んだことないんですよ」

乙女「指輪物語を読む必要はありません」

航太郎「そうですか? だってファンタジーの源流でしょう?」

乙女「ゲームの世界を描くのです」

航太郎「ゲーム? ロールプレイングゲームみたいな?」

乙女「そうです」

航太郎「でも、それで読者は納得するんですか?」

乙女「現代の読者はテレビゲームでファンタジーの世界に触れています」

航太郎「それはそうでしょうけれど」

乙女「そこで読者に馴染みのある世界観にするのです。馴染みのある世界観の方が読者に受け入れられやすいのです」

航太郎「出だしはどうするんです?」

乙女「異世界ファンタジーでは主人公が異世界に召喚されるという出だしが人気があります」

航太郎「ああ、そうですね」

乙女「そこで、それを一ひねりするのです」


○ 劇中劇・コンビニ・全景(深夜)


○ 劇中劇・コンビニ出入り口(深夜)

  主人公が買物を済ませてコンビニから出てくる。

コンビニ店員「ありがとうございましたー」

主人公「……はあ、引きこもりだけど深夜のコンビニには来れるんだよな」


○ 劇中劇・帰り道(深夜)

  主人公、道路沿いに歩道を歩いて帰っていく。

  交通量が多く車が行き交う。

主人公「帰ったらゲームの続きをするか」

  主人公の持ったレジ袋。


○ 本編・高校・文芸部室

  航太郎と乙女が向きあっている。

航太郎「引きこもりなんですか?」

乙女「引きこもりは大きな社会問題になっています」

航太郎「それはそうですけれど」

乙女「この厳しいご時世、誰がいつ引きこもりになってもおかしくありません」

航太郎「そんなもんでしょうか」

乙女「小説投稿サイトの読者を考えて下さい。中には引きこもりの少年もいるでしょう」

航太郎「いるかもしれませんね」

乙女「引きこもり主人公は読者の共感を呼びます」

航太郎「分かりません」

乙女「読み専の私が言うんです。信じてください」

航太郎「まあ、美作さんがそういうのなら」

乙女「主人公は何かを喪失した、言い換えると穴に落ちた状態ではじめるのです」

航太郎「穴から這い上がる物語にするんですか?」

乙女「有り体に言えばそうです」


○ 劇中劇・道路(深夜)

  主人公、歩道をひたひたと歩く。

主人公「ん?」

  主人公、子猫の鳴き声に気づく。

  見ると、道路にはみ出している。

主人公「子猫? 道路に出てる!」

  大型トラックが近づいてくる。

主人公「ひかれる!」

  トラック、急ブレーキを踏む。

  子猫を抱えた主人公、トラックに轢かれてしまう。


○ 本編・文芸部室

航太郎「いきなりトラックにひかれるんですか?」

乙女「そうです。これくらいインパクトが無いと読者の関心を引き寄せることができません」

航太郎「そう……ですか……」

  航太郎、キーボードを打鍵して文字入力する。


○ 劇中劇・死後の世界

  暗闇の中に独り主人公が佇んでいる。

  椅子に座った女神が見つめている。

主人公「……ここは?」

女神「ようこそ死後の世界へ」

主人公「へ?」

女神「あなたはたった今死にました」

主人公「死んだって、現にこうして……あれ、子猫の記憶から先がない」

女神「そうです。あなたは子猫を守ってトラックにひかれたのです」

主人公「うそ」

女神「現世でのあなたの人生はこれで終わりです」

主人公「死んだらどうなるんですか?」

女神「別の世界に転生してもらいます」

主人公「転……生……」

女神「剣と魔法の世界です。あなたはそこで別の人生を送ってもらいます」

主人公「もう元の世界には戻れないんですか?」

女神「戻れません」

主人公「そんな……まだゲームクリアしてないのに」

女神「さて、そこで相談です」

主人公「はあ」

女神「あなたはただの引きこもりですが」

主人公「うっ」

女神「ですが、子猫を助ける優しさを示しました」

主人公「自分が優しい、ですか?」

女神「はい。その勇気に免じてあなたの望みを一つだけ叶えてあげましょう」

主人公「どんな願いでも叶うんですか?」

女神「今までできなかったことはありません」

主人公「たとえば?」

女神「たとえば伝説の勇者に生まれ変わるとか最強の武器を手にしているとか」

主人公「勇者……」

女神「さあ、あなたの願いを一つだけ答えなさい」

主人公「なら、最初からレベルMAXでお願いします!」

女神「本当にそれでいいですか? 何があっても成長しませんよ?」

主人公「構いません」

女神「いいでしょう。では、これより転生の儀式を行います」


○ 本編・文芸部

航太郎「いきなり死んでしまうんですか?」

乙女「はい。これで主人公は現世との繋がりを剥奪されます」

航太郎「美作さん、異世界に召喚されるって言いましたよね?」

乙女「はい。これも召喚の一パターンです」

航太郎「トラックにひかれて死亡って……」

乙女「読者の意識を現世から異世界に強制的に向けさせるのです」

航太郎「それに、いきなりレベルって何ですか? ゲームの世界丸出しじゃないですか」

乙女「もちろんゲームの世界観です。ステータスを明示することで読者に分かり易く表現するのです」

航太郎「じゃあレベルMAXって」

乙女「有り体に言えば、チートです」

航太郎「チートってズルですよね?」

乙女「現代の読者はコツコツレベルアップする作業を嫌います」

航太郎「レベルアップする過程が面白いんじゃないんですか?」

乙女「現代の読者は努力・友情・勝利という王道に疑問を抱いているのです」

航太郎「漫画の熱い展開じゃないですか」

乙女「でも、心の底でこう思っているのです」

航太郎「こうって?」

乙女「努力する。でも主人公って持って生まれた才能があるよね」

航太郎「まあ、努力・覚醒・勝利とも言われますね」

乙女「読者の全てが才能ある人間とは限りません」

航太郎「そりゃそうですけど。僕だって小説のセンスないし」

乙女「だからこそチートなのです。読者は現実世界で疲れてるんです。空想の世界にまで努力を持ち込みたくないのです」

航太郎「それが読者の望む展開……なんですか?」

乙女「読み専の私が言うんです。信用してください」

航太郎「そんなもんかなあ」

  航太郎、キーボードを打鍵してマウスをクリックする。

航太郎「投稿完了」


○ 駅・ホーム(夕方)

  電車が入線し停まる。

  乙女、車両に乗り込む。

乙女「じゃあ、今日はこれで」

航太郎「失礼します」

  電車のドアが閉まる。

  電車、発進する。

  見送る航太郎。

航太郎「さてと」


○ 航太郎の家・全景(夜)


○ 航太郎の家・玄関(夜)

  玄関に航太郎が入ってくる。

航太郎「ただいま」

航太郎の母「おかえりなさい。今日は遅かったのね」

航太郎「部活が長引いて」


○ 航太郎の部屋(夜)

  航太郎、ノートパソコンを起動させる。

  ブラウザを起動し、小説投稿サイトに遷移する。

航太郎「これは……」

  航太郎の小説、ページビューが数百ついている。

航太郎「ページビューが激増してる! いやったーッ!」

  航太郎の母がドアを開ける。

航太郎の母「急に叫んでどうしたの?」

航太郎「い、いや、何でもないよ……」


○ 翌日・高校・文芸部

  チャイムが鳴る。

  航太郎と乙女が向きあっている。

航太郎「美作さん、見ました? 凄いページビュー数ですよ」

乙女「ね。私の言った通りでしょう?」

航太郎「はい!」


○ 劇中劇・ギルドの建物

  異世界転生した主人公がウロウロする。

  ギルドには大勢の冒険者が集っている。

主人公「まずはギルドで登録か」

受付嬢「いらっしゃいませ。新規登録ですか?」

主人公「はい」

受付嬢「では、まずステータスを計りますね」

  受付嬢、水晶で主人公のステータスを計測する。

受付嬢「こ、これは……」

主人公「どうかしました?」

受付嬢「全てのステータスが限界値です。こんなの見たことありません」

主人公「あ、やっぱりレベルMAXなんだ」

受付嬢「ああ……でも」

主人公「どうかしました?」

受付嬢「お客様、ここは初級の冒険者が集まる町です。あなたのレベルに見合ったパーティーを組む人材はここにはいません」

主人公「しまった。そういうことか!」


○ 本編・文芸部

航太郎「どうするんです? パーティー組めないじゃないですか?」

乙女「私に秘策があります」


○ 劇中劇・ギルドの建物

主人公「レベルはMAXだけど、金は無い……。稼がなくちゃ」

受付嬢「それでしたら、あちらの掲示板でクエストが募集されています」

  ボードに張り紙が並んでいる。

主人公「どれどれ? どれもあまり稼げないな。……ん? お姉さん、このクエスト本当ですか?」


○ 本編・文芸部

航太郎「どんなクエストなんです?」

乙女「ここで主人公のパートナーを登場させます」


○ 劇中劇・ギルドの建物

主人公「これこれ。魔の山の鬼女退治。十万ゴールド」

受付嬢「それですか。実は鬼女がいるとは言われているんですが、目に見えないらしく遭遇した者はいないという話です」

主人公「十万ゴールド、やります!」


○ 本編・文芸部

乙女「今回は鈴鹿御前をモチーフとしましょ

 う」

航太郎「和風ファンタジーだったんですか?」

乙女「異世界ですから何でもありです」

航太郎「鈴鹿御前って誰ですか?」

乙女「おとぎ草子で人気の作品です。鈴鹿御前と将軍・坂上田村麻呂。東北で人気があるんですよ」

航太郎「いや、ここ、東北じゃないし……」


○ 劇中劇・魔の山

  山中を歩いていた主人公、足を止める。

主人公「ふう。魔の山に来たのはいいが、もう三日目。目に見えないのは本当か?」

  気づくと、洞窟がある。

主人公「おや、こんなところに洞窟があったか? まあいい。入ってみよう」

  主人公、洞窟に入っていく。


○ 劇中劇・洞窟

  暗い洞窟内を進んでいくと、急に視界が開ける。

  広い空間に御殿が建っている。

主人公「洞窟の奥に御殿が。鬼女はここに住んでいるのか?」

  主人公、扉に手をやる。

主人公「中に入ってみるか」

  主人公、扉を開け、中に入る。

スズカの声「わらわの屋敷に勝手に入ってくる者は誰だ?」

  スズカ登場。

主人公「俺はマロ。冒険者だ。魔の山の鬼女だな?」

スズカ「確かにわらわは魔の山の鬼女」

主人公「早速だが、お命ちょうだいする!」

  主人公とスズカ、剣を抜いて戦いはじめる。互角の勝負で決着がつかない。

主人公「くっ、こいつ強い」

スズカ「ふふふ。お主なかなかやるな」

  ×  ×  ×

  疲れ果てた主人公、剣の構えを解く。

主人公「(荒く息をつく)まさか、レベルMAXの俺が倒せない奴がいるとは」

スズカ「わらわと互角に戦ったのはお前が初めてだ」

主人公「お前は誰だ?」

スズカ「人はわらわをスズカと呼ぶ。第六天の魔王の娘だ」

主人公「魔王の娘」

スズカ「そうだ。そこで、この世界の魔王に手紙を送ったのだが返事がない」

主人公「この世界にも魔王がいるのか」

スズカ「魔王がわらわになびかないなら、悪心を善心に転化しよう」

主人公「それは……」

スズカ「どうだ、わらわと組んで魔王を退治しないか?」

主人公M「……断ったら殺されるな」


○ 本編・文芸部室

航太郎「どうして魔王は返事を寄こさないんですか?」

乙女「それは、これから考えます!」

航太郎「えー」


○ 劇中劇・スズカの御殿

スズカ「いいか、マロ。お主に剣を一振りやろう」

  スズカ、一般の剣を差し出す。

主人公「それは?」

スズカ「大トウレンの剣だ」

主人公「鋼の剣か」

スズカ「私が持つのが小トウレンの剣だ」

主人公「大小あるのか」

スズカ「もう一つ、ケンミョウレンの剣がある」

主人公「それはどこに?」

スズカ「魔王が持ってる」

主人公「魔王が……」

スズカ「いいか、大トウレンの剣、小トウレンの剣、ケンミョウレンの剣、この三本の剣を集めた者は無敵の力を持つと言われている」

主人公「無敵の力……レベルMAXの俺にふさわしいじゃないか」

スズカ「そうとも」


○ 劇中劇・居酒屋

  異世界の居酒屋。

  冒険者たちで賑わっている。

冒険者A「ようマロ、そのべっぴんさんは誰だい?」

主人公「彼女はスズカ。俺のパートナーだ」

冒険者A「おっ、お前もいよいよパーティー組むのか」

主人公「そういうことだ」

冒険者A「まあ、飲めや」

スズカ「マロ、ここは少し騒がしくないか?」

主人公「そうか? なら場所を変えよう」


○ 本編・文芸部

乙女「三明君」

航太郎「はい?」

乙女「中世にジャガイモはありません」

航太郎「……いいじゃないですか。異世界なんだし」

乙女「三明君も言うようになりましたね」


○ 本編・高校(全景)


○ 文芸部・部室

  航太郎、腕組みして思案する。

航太郎「うーん、何と戦わせればいいんだろう?」

乙女「ファンタジーですから叙事詩を参考にしましょう」

航太郎「読んだことないんですけど」

乙女「中世の叙事詩ベオウルフは英雄が巨人やドラゴンと戦うお話です」

航太郎「まずは巨人ですか」


○ 劇中劇・魔の島・ダンジョン

  水中から主人公とスズカが顔を出す。

  水しぶきが飛ぶ。

主人公「ここが巨人の住処か」

スズカ「ずぶ濡れだ」

  陸上に上がる。

  ズシンとした足音が近づいてくる。

スズカ「マロ、来たぞ」

主人公「ああ」

  巨人が登場、咆哮する。

主人公「あれが巨人か」

スズカ「さすがにでかいな」

  巨人が近づいてくる。

スズカ「奴がこちらに気づいたぞ」

主人公「ここは俺に任せろ。後方支援を頼む」

スズカ「分かった」

  主人公、剣を抜く。

  巨人、こん棒を振り回して地面を打つ。

  床が破壊される。

スズカ「あのこん棒は危険だ。気をつけろ」

  主人公、ダッシュする。

主人公「うおおーッ!」

  主人公が剣を一閃する。

  一撃で巨人を倒す。

  巨人、悲しげに咆哮し、ドシンと倒れる。

主人公「やったぞ、スズカ」

スズカ「待て! まだ何かいる」

  別の巨人が近づいてくる。

  女の巨人。

スズカ「女の巨人だ」

主人公「さっきの奴よりでかいぞ」

  女巨人、うなり声をあげる。

スズカ「雷撃よ、敵を討て!」

  スズカの魔法で雷撃が巨人を討つ。

  女巨人の身体が揺らぐ。

スズカ「今だ!」

主人公「はっ!」

  主人公が剣を一閃すると、女巨人は悲鳴を上げて倒れる。

主人公「ふう……。これで魔の島の巨人を倒したぞ」


○ 本編・文芸部

  航太郎、キーボードを打鍵し終える。

航太郎「こんな感じですか?」

乙女「いいでしょう」

航太郎「あの、主人公たちが苦戦しないんですけど」

乙女「小説投稿サイトの読者はストレスがかかる展開を嫌います。一度ストレスがかかったらページから離脱してしまうのです」

航太郎「それでいいんですか?」

乙女「読み専の私が言うんだから、間違いありません!」

乙女N「それからも航太郎君の小説のページビューは伸びていった」

  イメージ画像でページビューのグラフを

  表示。急上昇している。

航太郎「美作さん、見てください。僕の小説月間ランキングに載りましたよ」

  航太郎の小説が月間ランキングのトップページに載っている。

乙女「第一関門は突破ですね。この調子でいきましょう」

航太郎「次の展開はどうしましょう?」

乙女「ドラゴン退治としましょう。悪龍退治は世界中で人気があります」

航太郎「定番ですね」

乙女「ここは定番を押さえ堅実にいきましょう」


○ 劇中劇・洞窟・ダンジョン

  巨大なドラゴンが咆哮、炎を吐く。

主人公「もの凄い炎だ。だが――」

  主人公が剣を一閃するとドラゴンを倒す。

  ドサリと倒れたドラゴンの巨体。

主人公「やった。ドラゴンを倒した」

スズカ「見事だ」

主人公「ドラゴンは何を守っていたんだ?

 お宝か?」

  主人公、洞窟の奥の扉の鍵を開ける

  扉を開けると、中には姫が幽閉されていた。

姫「あ……」

主人公「お姫さま?」

姫 「(声がうわずる)あなたは私を助けに来てくれたのですか?」

主人公「ドラゴンが守っていたお宝とはあなたのことだったんですか」

姫 「ありがとうございます。冒険者さま!」

  姫、主人公に抱きつく

スズカ「こら、抱きつくな!」


○ 本編・文芸部

乙女「姫は萌えさせましょう」

航太郎「萌えとかよく分かんないですけど」

乙女「(ポーズをとる)こうですよ!」

航太郎「こう?」

乙女「もっと、こう!」


○ 劇中劇・洞窟の一室

姫 「私はアスナと申します。三年前からここに閉じ込められていました」

主人公「とりあえず、お国までお送りしましょう」

姫 「私、実は回復魔法が得意です。パーティーに加えていただけませんか」

主人公「あ、そうですか? 助かるな」

スズカ「こら、照れるな! まったく私という者がありながら」


○ 本編・文芸部

  キーボードを打鍵する手が止まる。

航太郎「ここでハーレム展開ですか?」

乙女「主人公はモテまくることにしましょう」

航太郎「美作さんって女子ですよね。一夫多妻でいいんですか?」

乙女「女子もイケメン男子に囲まれる展開が大好きです」

航太郎「逆もまた真なり、ですか」

乙女「人気を獲得するのに背に腹は代えられません。好みのタイプを揃えましょう」

航太郎「まあ、僕はいいんですけど」

  チャイムの音がする。


○ 本編・文芸部

乙女「次は主人公の現代の知識を異世界で役立てましょう」

航太郎「そう言われてもすぐには思いつかないですね。どうしましょう?」


○ 劇中劇・居酒屋・厨房

  鍋が火にかけられ、お湯がグラグラと煮えている。

  主人公、昆布に似た海草を手にしている。

料理人「マロ、そんな海草を持ってきて、何をするつもりかね?」

マロ「海で拾ってきた。これで出汁をとる」

料理人「ダシって何かね?」

マロ「まあ、見てな」

  主人公、海草を鍋に入れる。

  出汁を味見する。

料理人「これは驚いた。海草をゆでたら、うっすらと味がついた」

マロ「これがうま味だ」

料理人「いやあ、お前さん凄いよ。これで、

 うちの料理も一段と美味くなる」


○ 本編・文芸部

航太郎「うま味って日本人の発見なんですよ」

乙女「なるほど」


○ 本編・文芸部

  チャイムの音が鳴る。

  小説投稿サイト、航太郎のユーザーページにコメントの着信を知らせるマークが付いている。

航太郎「美作さん、コメントがつきました」

乙女「どんな内容です?」

航太郎「展開が早くて、読んでいてストレスが溜まらないですって」

乙女「そうでしょう。狙った通りの反応です」

航太郎「美作さんってもしかして策士ですか?」

乙女「そういう訳ではありませんが、私は大量のウェブ小説を読み漁っています。読者の好みは百も承知です」

航太郎「なんて言うか、僕は小説指南書ってあまり読んだことはないですけれど、創作ってセオリーみたいなものがあるじゃないですか」

乙女「そうですね」

航太郎「それをこんなに外しまくっているのに人気が出るなんて不思議です」

乙女「それがウェブ小説です」

航太郎「そんなもんですか」

乙女「いいですか、三明君」

航太郎「はい?」

乙女「小説投稿サイトはポイント至上主義なのです」

航太郎「他にモノサシないですもんね」

乙女「漫画雑誌のアンケート至上主義より徹底しています」

航太郎「そうですか」

乙女「全ては読者の人気です。好意的なコメントがついたら必ずコメント返しすることです」

航太郎「でも、こんなのファンタジーじゃないって批判も凄いんですけど」

乙女「アンチは人気の裏返しです。気にしないことです」


○ 高校・二年一組

  「二年一組の表札。

  航太郎、二年一組のドアを開ける。

航太郎「あの……」

女生徒「何かしら?」

航太郎「美作さんに用があって来たんですが、美作さんいませんか?」

女生徒「美作って姓の生徒は一組にはいないわよ」

航太郎「え? いない? 美作乙女さんですよ?」

女生徒「本当だから。もういいかしら?」

航太郎M「いないって、どういうことだ?」


○ 商店街(夕方)

  帰り道。航太郎は商店街を歩いている。

  買物客で街は賑わっている。

  子供のはしゃぐ声がする。

航太郎M「あれから他のクラスでも聞いてみたけど、美作って生徒はいなかった」

  歩き続ける航太郎。

航太郎M「どういうことだろう?」

  道路を車が通り過ぎる。

航太郎M「うちの生徒じゃないってことか?」

  散歩中の小型犬が吠える。

航太郎M「でも制服はうちの高校だ。だとしたら制服だけ買って他所の学校から潜り込んで来てるのか?」

  自転車がチリンチリンとベルを鳴らしながら通り過ぎる。

航太郎M「もぐりの生徒? まさか」

  車が通り過ぎる。

航太郎M「だとしたら、何の目的で近づいて来た? 何のために小説指南してくれてるんだ?」


○ 翌日・高校・文芸部

  キーボードに手を置いたまま考え事をす

  る航太郎。窓の外を眺める。

航太郎「……」

乙女「三明君」

航太郎「……」

乙女「三明君?」

航太郎「あ、はい」

乙女「もう、考え事でもしてたの?」

航太郎「別に……。それより美作さん、とうとう年間ランキングに入りましたよ」

  年間ランキングのトップページに航太郎の小説がランクインしている。

乙女「よかったですね」

  航太郎が、投稿作品一覧を見ると、航太郎の作品に似たタイトルの小説が見つか

  る。

航太郎「ええ、ん……? この作品、僕の作品の展開パクってる。盗作ですよ、盗作!」

乙女「落ち着いてください」

航太郎「これが騒がずにいられましょうか」

乙女「いいですか? アイデアは著作権で保護されません。同じ展開を踏襲されても訴えることはできないのです」

航太郎「そんな」

乙女「こう考えてください。三明君の小説は異世界ファンタジーの新しいテンプレートとなったのです」

航太郎「テンプレですか」

乙女「そう。これから無数のフォロワーが三明君の作品を模倣するでしょう」

航太郎「そんなのうれしくないですよ」

乙女「いいですか、三明君。小説投稿サイトのオリジナリティはそんなものなんです」

航太郎「納得いきません!」

乙女「それがウェブ小説です」


○ 劇中劇・ダンジョン

  激しい爆発が起こって爆風が吹き抜ける。

姫騎士「うわっ」

  衝撃波で姫騎士がズサッと倒れる。

  姫騎士の剣が手元から離れ、クルクル回転しながら転がる。

  魔王の四天王の一人のモルグが高笑いする。

モルグ「勝負あったな」

姫騎士「くっ、殺すなら殺せ」

モルグ「貴様は簡単には殺さん。たっぷりと弄んでから殺してやるわ。イヒヒ」

姫騎士「くうっ」

  そこに主人公が現れ制止する。

主人公「待て、そこまでだ!」

モルグ「何やつ?」

主人公「俺はマロ。一介の冒険者だ」

モルグ「フハハ、冒険者風情が四天王の一人の俺様にたてつこうとは片腹痛い」

  主人公、剣を抜いて一閃する。

  一撃でモルグを倒す。

モルグ「ば、馬鹿な! 四天王の俺様が一撃でやられるとは!」

  絶命したモルグ、地面に倒れ伏す。

  主人公、姫騎士の傍らに駆け寄る。

主人公「大丈夫か?」

姫騎士「ああ、危なかったが命拾いした」

主人公「ん?」

姫騎士「誰かいる!」

  主人公、何かの気配に気づく。

  遠くから影が主人公たちを見ている。

  残りの四天王たち。

四天王その1「フフフ、モルグがやられたようだな」

四天王その2「奴は四天王最弱」

四天王その3「一撃でやられるとは四天王の恥さらしよ」

  残りの四天王の笑い声がこだまする。

主人公「消えた……」

姫騎士「とにかく助けてくれてありがとう。私はアガタ」

主人公「君の仲間たちは?」

姫騎士「四天王に全員やられた」

主人公「そうか、なら俺たちのパーティーに入らないか? 剣士が欲しかったところなんだ」

姫騎士「そういうことならそうしよう」

スズカ「マロ、またお前は色香に迷って」

主人公「え? そう? あはは」

スズカ「笑って誤魔化すな!」


○ 本編・文芸部

航太郎「パーティーは主人公以外は全員女性なんですね」

乙女「できるだけヒロインの数を増やしましょう」


○ 劇中劇・魔王の居城

  主人公、魔王の居城に攻め込んでいる。

主人公「このドアの向こうが魔王のいる玉座か」

  主人公、重い扉を開ける。

  扉がきしむ。

  主人公たち、中へと進む。

  玉座で魔王(女性)が待っていた。

魔王「よく来た。冒険者マロにスズカ」

主人公「魔王は女だったのか」

魔王「スズカ、女の私に恋文を送って無駄だったな」

スズカ「ちっ」

  スズカ、舌打ちする。

主人公「魔王、とにかく俺たちはこの世界にバランスをもたらす」

魔王「うむ。そこでものは相談だ」

主人公「相談?」

魔王「お前たちは私の四天王をことごとく葬り去った」

主人公「ああ」

魔王「そこでだ、私と組んでこの世界の半分を支配しないか?」

スズカ「マロ、乗るな」

姫騎士「ここまで来て、悪の手先になるなどできるか!」

姫 「そうですよ」

主人公「魔王、俺は――」


○ 本編・文芸部室

航太郎「いよいよクライマックスですね」

乙女「今回の作品はここで綺麗に締めましょう」

  航太郎、マウスをクリックする。

  画面遷移。

  航太郎の小説、年間ランキング、トップテン入りしている。

航太郎「やった、年間ランキングトップテンに入った!」


○ 劇中劇・帰り道

  歩いていたスズカがどさりと崩れ落ちる。

  スズカ、顔面蒼白。

主人公「スズカ、どうした?」

姫 「スズカ様、お加減悪いのですか?」

姫騎士「しっかりしろ」

スズカ「マロ、魔王を倒した今、私の使命は果たし終えた。ここで死ぬ」

主人公「馬鹿な。俺がいい医者を見つけてやる」

姫 「私、薬草の知識ならあります」

スズカ「無駄だ。この病は治らない」

主人公「スズカ……」

スズカ「三本の剣は揃った。これからはお前

 一人でこの世界を守るんだ」

主人公「スズカ?」

スズカ「……」

主人公「スズカ――――ッ」

  姫と姫騎士の泣き声がこだまする。

主人公「決めた」

姫騎士「決めた? 何を?」

主人公「スズカを取り返しに冥界へ行く。そして冥王と話をつける」

姫 「まさか、マロさままで死んでしまいます」

主人公「いや、今の俺は無敵の力を備えている。冥界も恐れるに足らず」

姫騎士「仕方ないな。マロがそこまで言うなら私も同行しよう」

姫 「私も行きます」

主人公「さあ、行こう」


○ 本編・文芸部

  航太郎のユーザーページにメッセージの着信がある。

航太郎「ん? 運営からメッセージが届いてる」

  航太郎、リンクをクリックしてメッセージを開く。

  「出版のご提案」とタイトルが。

航太郎「出版のご提案……。出版社からのオファーだ。どどどうしよう」

乙女「どうかしました?」

航太郎「どうもこうもないですよ。デビューの話が来たんですよ」

乙女「そうですか」

航太郎「あれ? うれしくないんですか?」

乙女「もちろん、うれしいですよ」

航太郎「だったら、もっと喜んで!」

乙女「いえ、お別れのときが来ました」

航太郎「え……?」

乙女「気づいていたんでしょう? 私がこの高校の生徒じゃないって」

航太郎「それですよ、それ。気にはなってたけど、いざとなると訊けなくて」

乙女「実は私はこの時代の人間ではありません」

航太郎「は? 何言ってるんですか?」

乙女「私は未来から来た未来人です」

航太郎「タイムトラベルして来たってことですか? まさか」

乙女「まさかではありません」

航太郎「冗談でしょう?」

乙女「冗談ではありません。いいですか、よく聞いてください」

  椅子に座っていた乙女、立ち上がる。

航太郎「……」

乙女「私は未来の小説投稿サイトに残されたあなたの作品を読みました」

航太郎「僕の読者だったってことですか?」

乙女「三明君の小説はとてもユニークで私はファンになりました。でも、あなたの小説はユニーク過ぎて一般受けするものではありませんでした」

航太郎「それって」

乙女「それで私は過去にやって来てあなたの小説指南をすることにしたのです」

航太郎「嘘だ……」

乙女「嘘ではありません。証拠をお見せしましょう。これでお別れです。さようなら」

  乙女の身体の周りを光が覆い、乙女の姿が光と共に消える。

航太郎「消えた……」

  航太郎、椅子から崩れ落ちる。

乙女N「それからの三明君は小説を書き続け無事商業デビューが決まった。出版社の編集さんからは学業に専念するようにと釘を差されたという」


○ 一ヶ月後・本編・文芸部

  航太郎、キーボードを打鍵する手を止め

  る。

航太郎「ふう、美作さんって本当に存在したんだろうか?」

  航太郎、小説の新規作成ボタンをクリックする。

航太郎「そうだ。だったら、未来の美作さんに向けて新作を書こう」

  航太郎、「美作乙女に捧ぐ」と書く。

乙女N「こうして、どうしてこれが流行るのか分からないと大勢に思わせた異世界転生ストーリーは誕生したのである」


                 (了)

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