2日目 パスポートが使えるのはこの世界だけなんて誰が決めた?
2日目のくせに何ヶ月も経っているじゃないか、とか言うなよ。
俺は交番の前にいた。補導じゃない、補導じゃないから。こっち見んな。
警察から電話がかかってきた時は心臓が飛び上がって大気圏を突破したが、心当たりもないので電話に出てみると、遺失物の持ち主が現れなかったから引き取れるよ、という内容のものだった。
実を言うと、すっかり忘れていた。
3ヶ月前、俺はどうやら落とし物を交番に届けたらしい。
何のことやらさっぱり状態だったが、いざ渡されたブツを見てみると記憶が蘇った。
あのときの手帳もどきだ。
俺はこれをどうしてやろうかと思いながら交番を後にした。
家に帰ると、玄関で猫が寝ていた。こいつはこんな感じでいつも自由奔放だから、よく脱走する。まあ、毎度毎度当たり前のように帰ってくるんだが。
椅子…と言ってもゴミ捨て場にあったやつを担いできたボロいやつだが、そこに座り同じく元ゴミの机に向かい、手帳みたいなものを調べてみる。
思えば拾った時、中身を見なかったんだな、俺。偉すぎるだろ。
警察が隅から隅まで調べたから無駄かもしれないが、一応持ち主の名前を探してみる。表紙にはそれらしい文字どころか、文字すらない。一体何のための手帳なんだろう。
満を辞して、ページをめくる。
そこに記してあったのは…
読めない。
俺は日本語以外の言語を知らない。中国語や韓国語を見たら何語で書かれているかは分かるが、これに関しては漢字もハングルも、アルファベットすら見当たらない。
ヒエログリフ?というものを昔聞いたことがある。確か、象形文字と言ったか。例えば現代日本ではトリのことを鳥と書くが、古代エジプトではそのまんま鳥の絵を使って表してたとか、そんな感じだった気がする。尤も、鳥という字も鳥の形から来てるんだろうけど。
ともかく書かれていた文字は、ところどころ絵のようなものを混ぜていたので、一切意味がわからないということはなかった。パラパラとページをめくってみる。
まず、これは明らかに「人」だろう、という文字を見つけた。棒人間だ。これが人じゃなかったらなんなんだ。
続いて、矢印を見つけた。矢印は全世界共通なのか。
そして人を表すであろう棒人間から伸びた矢印は…無数にあった。
よく見たら、俺が適当に開いたページには図が載っているらしい。
無数に伸びた矢印は、いろんな場所を目がけて飛んでいく。
城のようなもの、街のようなもの、いろんなところを指している。
左下に、変な文字、もとい、絵があった。
変というよりは…見覚えがあった。
思い出せない。頭が痛い。脳の中の鍵付きの引き出しを無理やり開けているような感覚だ。
その絵は船のような、月のような形を描いていた。単純な形だし、今までも何回か同じような形は目にしてきているはずなのに、これだけは何かが違う。何が違うんだ。俺はその絵を凝視する。
と。
世界が白くなった。
誇張ではない。光に包まれたのではなかったはずだ。眩しくも何ともなかった。しかし俺の暗い部屋は白に上書きされ、視界から色が消えた。
何が起こったのか分からず、俺は狼狽した。とりあえず地面に足をつけようとした。ここでもう既におかしい。地面がない。壁もないし天井もない。自分の体さえも視界に映らない。
俺、死んだのか?と本気で思ってしまうほどだった。
その時。
「異世界パスポートへようこそ!」
目の前に現れる、茶髪猫耳の小さな女。
…女!?
先述の通り、俺は女が苦手だ。嫌いではない。ただ面と向かってるだけで背筋が凍る。
「当社の商品のご利用は初めてですか?」
レストランみたいなことを聞いてくる。
俺がうろたえていると、
「あ、あの、見えてますか〜?聞こえてますか〜?」
見えない。聞こえない。俺は耳を塞いで目を閉じ、嵐が過ぎ去るのを待つ覚悟を固めた。早くあの部屋に戻してくれ。その一心で神様に願った。
同じ部屋(?)に女子と二人きりとは、身が爛れる思いだ。もう心が持たない。俺は空中でうずくまった。
「おっかしいな〜…バグかなあ…コール、コール。本社さん、お客様の回線状況を確認できますか?サポートナンバーE-515266…」
女は訳のわからないことを唱えているが、どうやら俺はお客様らしい。
「え、何も問題ない?そうですか…ありがとうございます…ふぅ。あ、あの〜、お客様?もしかして、耳が悪かったり…」
女が近づいてくる気配がする。ああ怖い。どっかに行ってくれ。
「…手話で通じるかな…」
手話でコミュニケーションを試みているらしい。だが、あいにく俺の五体は全て正常運転だ。
「無理か…じゃあしょうがないな〜…」
諦めてくれたのか。じゃあ早く俺を元の部屋に戻してくれ。
それにしてもこいつ…瞼の隙間から覗いてみると、近未来的な服装に、茶色のショートボブに癖っ毛、身長は140あるかないかくらい。
余談だが、俺は人の体型を見て体重を言い当てる能力がある。超能力ではないと思うが、だいたい勘で当たるのだ。それが生かされる場面に、今まで出会ったことはなかったが。
さて、こいつの体重は…うむ、大体4j
視界が白からまた白へと変化する。こんどは痛みを伴っていた。これで元の世界に戻れる…俺は即座にそう判断した。だが聞こえてきたのは罵声だった。
「なんで分かるのよ!最低!乙女の体重を計算して言い当てるとか、意味分かんない!」
こいつの拳のせいだった。何だこいつ、強い。
赤面してこちらを睨んでいる。何でこいつは、俺がこいつの体重のことを考えているって分かったんだ?
「読心術です!貴方が全然喋らないから使ったのに…そんなこと考えてたなんて…!」
読心術。そりゃ便利じゃないか。俺が喋らなくても済む。
「そういう問題じゃありません!読心術って集中するから疲れるんですよ!多用したくないです!」
へえ、ちゃんと疲れるのか…
…あれ?こいつは女なのに、俺は問題なく喋れてるように感じる。何でだろう。
「…ということはもしかして、女子が苦手とか…?」
そうだ。俺が面と向かってコミュニケーションを取れる異性は飼い猫だけ…
ちょっと待てよ。
こいつの髪の癖っ毛、自由そうな性格、猫耳…もしかして、お前…
異世界パスポートを手に入れたのでゲーム感覚で遊びに行ってみた 鷹井海志 @Taka_ar
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