君を甘やかして、駄目にしたい。

濱田ヤストラ

君を甘やかして、駄目にしたい。

「ハル、ねぇ、今日のわたしどんな感じ?」


 ふと名前を呼ばれた。

その質問の意味が解らず返答に困っていると、彼女……レイカはまた言葉を放つ。


「可愛いかどうか聞いてるの!」


 ……ああ、そういうことか。

レイカの言葉にうん、可愛いよ、と返すと彼女は満足げにくるりと円を描くように回った。

こけるよ、と言うと、そんなに運動音痴じゃないもん、と返って来る。

毎日のように、可愛いかと聞かれ、可愛いと返す。

本当は、どんな君も可愛く、愛おしいと伝えたい。彼女のためだったら、何だって出来る。それなのに、不器用過ぎて、何も言えない。そんな自分を悔やむ。

もう答えなんてここにあるのに、何故言えないのだろうか。

そんなことを考えていると、レイカはスキップするようにこちらへ近づいて来る。


「わたしね、ハルのこと大好きなの」


 その一言だけで、心臓が跳ね上がる。

彼女の感情表現は、いつも真っ直ぐ過ぎてたまに驚いたり、面食らうこともある。

それでもその眩しい笑顔に、全てを許してしまいそうになるのだ。

何もかも、彼女に勝るものはない。少なくとも、自分の中では。

 ふと、レイカが落ち着いた表情になる。


「……ねぇ、ハル」


 違和感を感じ、言葉を待つことにした。

いつも天真爛漫で、明るく振舞っている彼女が、こんなに真剣な表情を見せるなんて。

彼女は、聞いたことのないような真剣な声で言った。


「わたしはね、ハルのことが大好きだよ」


 その言葉は、先程聞いた言葉だ。

しかし、自分にとって一番幸せな言葉なので、反芻する。そして、より幸せを噛みしめる。

そして、レイカは続けた。


「ハルと結婚することは出来ないかもしれない」


 その言葉に頷く。

彼女は、言葉を続けた。


「でもね、一緒に住んで、何もかも一緒にすることは出来ると思う」


 その言葉が、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

そこまで考えてくれていたなんて。こんなにも大切に考えてくれていたなんて。

初めて、言葉を返した。


「いいの?わたしは女だよ?」


 そう言うと、レイカはにか、と笑った。

何も言わない。しかし、その笑顔が彼女の心情を表しているかのように思えた。

レイカが、認めてくれている。それだけで、嬉しかった。

頬を涙が伝うのが解る。レイカは、茶化したかのように泣かないでって、と言った。

しかし、涙は止まらなかった。いくら袖で拭いても溢れ出す。

レイカが近くに歩いて来て、自分の手を、わたしの輪郭に添えた。


「大丈夫。もう何も心配しないで」


 泣きながらあげた視線の先には、水に滲んだ、とんでもなく優しい笑顔のレイカがいた。

頬の温もりや、優しい笑顔や声、何もかもが本当に愛おしい。

そんな風に思っていると、彼女の口からこんな言葉が飛び出した。


「ハル……わたしはね、あなたを甘やかして駄目にしたい」


 その言葉の真意が解らず、顔を上げたわたしを、間近で真剣に見つめるレイカがいた。

そして、唇と唇を重ね合う。

絵の具と絵の具を混ぜ合わせるような口づけ。

唇を離した二人は少々息が荒くなっていたが、笑顔だった。


「わたしの出来ること全部、ハルにするんだ」


 そう言ってレイカは、また天真爛漫な笑顔を浮かべた。

伝えたいことを伝えるなんて、彼女にとっては容易だったのかもしれない。

……いや、彼女にとっても、とても勇気の要ることだったのかもしれない。

ならば、こちらもその勇気に応えるべきだ。

そう、思ったのだ。


「レイカ」


 彼女の名前を呼ぶ。

笑顔のまま、何、と聞いた彼女の腕を引っ張り、無理やり抱きしめた。

軽いレイカの体重を支え、そのまま、腕の力を強める。

彼女は突然のことに驚いたのか、きょとんとした表情を向けた。

そして、わたしが笑顔を向けると、レイカは恥ずかしそうな、温かい笑顔を向けて自分の胸に顔をうずめた。

彼女の温もりを感じられて嬉しかった。

なんだ、簡単じゃないか。

初めから、こうしていればよかったんだ。

こうすれば、彼女への愛情は十分過ぎるほど伝わったはずだ。

 大丈夫だよ、お互いに甘え合えばいいんだ。


 君を甘やかして、駄目にしたい。

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君を甘やかして、駄目にしたい。 濱田ヤストラ @shino_joker

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