魔物専門調理師 ハク

無名乃(活動停止)

切り身と野菜のオリーブオイル

「はい、ハクちゃん特製切り身と野菜のオリーブオイル。お好みでハーブ塩で食べてね」


 大きな丸太テーブルにドンッと置かれた平たいお皿に丁寧に載せられたサラダ。新鮮なマンドラゴラとマンドレイクの葉を贅沢に使った一品でその他にもレタスやスプラウトといくつか野菜が添えられている。その野菜の上には脂の乗ったサーモンやブリ、大振りマグロの切り身がオリーブオイルでキラキラと宝石のように輝く。


「ハクちゃんイチオシのサラダキタァァ!! めっちゃ食べたかったんだ。ありがとな」


「えへへっ。ほらほら、早く食べて出来立てが一番美味しいから」


 彼女の言葉に冒険者は、まずそのまま頂く。オリーブオイル魚の臭みが消え、さっぱりとしているがハクお勧めのハーブ塩を少々ふりかけ食べると塩のしょっぱさとハーブの爽やかさがお刺身の美味しさを引き立て野菜とのうま味も引き立てる。魚同士喧嘩はなく個々の味をしっかり楽しめ、シャキッシャキッとしたサラダ達が奏でる音がまた食欲をそそる。


 此処は見習い調理士が勤める調理師ギルド兼お食事どころ『ハピネス』。お客様を喜ばせ笑顔にさせるということから付いた名。

 見習い調理士のハクは此処で研修生とし働き、時々冒険者のサポートとして冒険に出向く修行中の女性調理士だ。小柄ながらも頑張り屋で辛くても笑顔を振り撒く姿が可愛いと冒険者の間で広がり、今では研修生ながらも看板娘。近々調理士ギルドの卒業試験を受けようと勉強中。


「ハクちゃん、こっちにもサラダ頂戴!!」


「はぁい」


 ハクのサラダにはHPが高まる力が宿っており、それを知った冒険者達の中で人気が高まりつつある料理。その他にコカトリスの卵を使ったフワフワスフレパンケーキ、温野菜蒸し、マンドラゴラの浅漬け、ワイバーンの尻尾の丸焼き、目型モンスターゲイザーの目玉スープ等、可愛いものからグロテスクなものまで幅広いメニュー。

 効果は料理によって違うがメニューにしっかり効果を記載しているため、好きに注文して戦闘に合わせたメニューが組めるように配慮されている。


「師匠」


 注文を受けたハクはキッチンに向かい、小柄なハクよりも大きくガタイのいい男性調理 師匠に注文用紙を渡す。


「スパイシートマトのパスタ(攻撃力アップ)ととろーり卵のカルボナーラ(防御アップ)とミニサラダです」


「分かった。順番に作るから待ってろ」


「はい!!」


 低い男らしい声の師匠を見てニヤニヤ。男前で背の高い師匠に憧れているハクは師匠を見ている時間がとても幸せで頬を赤く染め笑顔で待つ。が、「ミニサラダはお前でも作れるだろう。ドリンクはどうした? デザートの盛り付けは」と師匠らしい厳しい言葉に背筋を伸ばし駆け出す。


「はわわわわ。忘れてましたー」


 キッチンを駆け回り、白い丸いお皿に魔力アップ効果のある妖精の粉をふりかけ、その上にまん丸苺が乗っかったショートケーキを乗せる。落とさぬよう両手で持ち「お待たせしましたー」ともって行く。

 料理のバリエーションは幅広く、洋食、和食、中華と師匠が幅広く作れることから特に決まりはない。


“客が食べたいものを作る”


 それが師匠の教え。

 この店ではメニューが全てじゃないのだ。


 チン……と料理が出来たことを知らせるベルが鳴る。その音に小走りでキッチンに向かい、コカトリスのオムライスと一羽丸焼きを一つ一つ丁寧に運ぶ。

 オムライスのいい香りとこんがり焼けた肉の匂いに涎が出そうになるがグッと堪え「お待たせしましたー」と笑顔でテーブルへ。


「うわっ美味そう!!」


「うはーっやっぱり【ゲート】に行った後はここの店だよなぁ!!」


 ビールを片手にグラスをカンッと鳴らし、祝福する音が耳に入る。その音にハクは羨ましそうに耳を傾けると「ボサッとするな」と師匠がパスタを運ぶ姿に火照り駆け出す。


【ゲート】とは72ある通称ダンジョンみたいなモノ。それぞれに広大な遺跡がありモンスターが徘徊している。更に最奥にはその遺跡の主が居る。文献いわく、72のゲートの遺跡の主を倒し力を示した者は永遠の楽園に迎え入れられる、と記されており冒険者はそれを制覇するべくステータスを上げるために店を訪れ挑むのだ。


「おい」


 キッチンの隅でハクは過去を思い出し、小さく踞りしゃがんでいると思い詰めた表情に師匠が声かける。


「どうした。悔やんでるのか」


 換気扇の下でタバコを吸いながらサボっているハクを隠すように師匠が立つ。


「悔やんでなんかないもん」


「そうか? 俺には悔やんでるようにしか見えないがお前が大怪我をして死ぬ寸前なのを助けたのが昨日のように覚えてる。本当は羨ましいんだろ。戦える力がお前にはまだあるんだ。一人前になったら冒険者と手を組んでゲートに再挑戦するのも悪くないんじゃないか。それとも、俺とゲートでデートでもするか? こんな老いぼれと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る