第24話 拝命いたしましたっ!

 目の前には膝をついた神兵が一人いる。


 緊急の報告があると聞いて謁見を許可したのだ。


「森林監視隊の一人――49号が失踪いたしました」

「その情報は間違いないのか?」

「はい。もう四日も自宅に戻っておりません」


 神兵にはある程度の裁量権を渡しているが、二日に一度は自宅に戻れと命令している。神である俺の命令を無視することはできないので、不測の事態が発生して失踪したと考えるべきだろう。


 商業の神として都市を管理してから百年ほど経ったが、神兵が失踪したことはなかった。神々の戦争が終結してから初めての出来事である。


 過去の事例がないため、即座に適切な判断をすることは不可能である。

 まずは情報を集めておくべきだ。


「少し待て」


 手を横に振るうと、空中に私が支配している地域の地図が表示される。赤い点がいくつかあり、神兵たちの居場所を示していた。


 赤い点の多くは都市近辺にある。森の中にもいくつかあるが、常に動いていて巡回しているように見える。


「ふむ……」


 ぱっと見た限り異変はない。赤い点が減っていることもなく、私が把握している通りである。戦闘しているような細かな動きもなければ、他の神が侵入した痕跡もない。今までと変わらない……ん?


「第四川に、動かない神兵がいるな」


 あそこには、神兵の脅威になるようなキメラはいない。人ごときとは違って我々は休憩を必要としないので、これほど長く止まっていることは珍しいと言える。


 破損して止まっているのか?

 それとも何かを見つけて身を潜めているのか?


 可能性はいくつか考えられるが、どれもイレギュラーな要素だ。戻ってこない一体と仮定して様子を見に行かせた方が良いだろう。


 気になる赤い点を指さす。


「あそこにいる神兵は誰だ?」

「巡回コースではない場所で、不明でございます」

「調査してこい。もし49号が破損している状態であれば、神に逆らう愚か者がいることになる。徹底的に調査せよ」

「拝命いたしましたっ!」


 目の前にいた神兵が立ち去った。


 混沌の神が戯れで破壊しただけなのであれば良いのだが、別の原因であれば由々しき事態である。早急に原因を特定、排除しなければならない。


 商業の神になってから初めて感じる、不安という感情と付き合っていかなければならないようだ。


* * *


 商業の神からの任を受けて、神兵の代表である私――一号が、キメラの森を走っている。


 先ほど見せていただいた地図はすでに記憶しており、道に迷うことはない。場所は都市から少し離れているようで、到着まで一時間もかかってしまった。


 キメラの森にできた川辺を眺めてみる。49号がいるのであれば、するに声をかけてくるはずなのだが、そういった気配はない。寝ているのだろうか?


 いや、あいつは脳天気な性格をしていたが、仕事はちゃんとするタイプだった。サボっているはずがない。何かが起こったはず。


 敵がいる可能性も考慮して慎重に歩き、川辺をゆっくりと歩く。


 遠くから様子をうかがうゴリラが見えたが、近づいてくることはない。過去に何度も討伐をしてきたので、私たちを襲ってはいけないと学習しているのだ。


 寝ている間に襲われても撃退できるほど力の差はあるので、攻撃されても脅威にはならない。49号が失踪とは無関係だろう。


 時間をかけても見つからなかったので、川の中に入ってみる。

 胸のあたりまで水につかった。


 透明度は高いので中は見通せるけど、少し探しにくい。足を曲げて潜ることにした。


 誰も狩りをしないので多くの魚が泳いでいる。川底は石がいくつも転がっていて、所々に水草も生え、自然が豊かである。


 何もないと思っていたのだが、魚に足と腕が生えた魚人のキメラが近づいてきた。魚をベースにしているので、ゴリラより知能が低い。愚かな生物だ。


 魚人の手には銛があり、背中には……49号がいるっ!


 遠目からでも頭が破損していることはわかる。完全に機能停止をしているようだ。


 不意を突かれて魚人の銛につかれて死んだのか?

 神兵である私たちが、その程度で壊れるはずがない。49号を破壊した不届き者は別にいるはずだ。


 都合の良いことに、魚人が私に攻撃しようと、銛を突いてきた。


 水中ではあるが動きに支障はない。当たる直前に手で銛を掴み、引き寄せる。醜い魚人の顔が近づいたので、殴りつけた。


 顔がへこんで血によって水が濁る。銛を奪い取って首に突き刺して、トドメを刺す。


 49号が魚人から離れていったので、体を掴んで川から出ることにした。


 川辺に横たわらせると、破損の大きい頭を調査する。


「完全に破壊されていて、記憶のサルベージは不可能。何が起こったかは想像するしかない、か」


 偶然だと思うけど、唯一、替えの効かない部品を破壊されてしまったので、修復して元に戻すことも、記憶を取り出すこともできない。設備の整った都市に戻っても、鋭利な刃物によって破壊された以上の情報は、手に入らないだろう。


 神兵を破壊した敵はどこにいる?


 49号が破壊された場所を特定したいので、上流の方を探すために探索を再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る