第8話 マスター。ここにいらしたのですね

 作業部屋には大きなテーブルがあり、機械ゴーレムの素体が横たわっている。


 素体をうつ伏せにすると背中の蓋を開けてから、心臓代わりになる小箱を入れ、配線済みのGOケーブルにつなげていく。


 GOケーブルや素体の作成に長い時間はかかるが、組み立てだけであればすぐに終わる。配線さえ間違えなければ誰がやっても同じ結果になるのだ。その分、素体に使っている素材やベースになった人間の脳によって、性能に差はでる仕組みとなっていた。ちなみに、上級機械ゴーレムは頭の良い人間を素材にしていたらしい。


 今回俺が選んだ脳は、事故によって脳死した奴隷の少女を買い取り、使っている。身分は低かったが戦いのセンスは高かったらしいので、戦闘機械ゴーレムとして期待している。


 素体の頭部を開いてケースごと脳をはめ込み、閉めると、組み立ては完了だ。最後に小箱へ魔力を流していく。


 最初に受け入れた魔力波動を覚え、マスターとして認識するようになるので、次に目覚めたときは俺の命令に従う機械ゴーレムになってくれることだろう。


 ナータを起動した際の失敗を繰り返さないため、休憩を挟んで魔力を二回注いでいく。機械ゴーレムの全身に魔力が渡ったのを確認すると、背中のふたを閉めて素体に魔力を流し込む。うなじにあったスイッチが消えたので、メンテナンスモードは終了だ。


 起動するまで少し待とう。

 作業部屋の隅にある粗末な椅子に座って休むことにした。


 名前は何にしようか。ナータと同じく三文字にしようかな。呼びやすいし。すると候補は――。


「マスター。ここにいらしたのですね」


 ドアが開いてナータが入ってきた。メイド服は綺麗なままだが、頬に血が付いているので、半機械化手術をしてきたばかりなのだろう。


「仕事は終わったみたいだな」

「はい。無事に半機械ゴーレム化は完了いたしました」

「生身はどのぐらい残っている?」

「10%ほどしか残っていません」


 恐らく脳と、いくつかの重要器官だけを残して、後は機械ゴーレム化したという感じだな。生身がほとんど残らないほど、毒は体を侵食していたのだろう。


 機械部分が90%も絞めているのであれば、機械ゴーレムと言っても過言ではない。現代風に言うなら、ニクシーたちは生き残るために神兵になったのだ。


「二人とも何をしている?」

「今は治療所のベッドで寝ております」


 であれば、あとは目覚めるのを待てば良い。急ぎの仕事は終わったな。


「よくやった」


 立ち上がると近くに転がっていた布を手に取り、ナータの頬に押しつけて血を拭い取った。


「マスター、報告が一つ漏れていました」


 まだ何かあるのかと、眉間にシワが寄ってしまう。


「ニクシーが"首輪を外さないで"と、涙を流しながら寝言をいっておりました。首に毒針の刺さった跡があることから……」

「奴隷、いやヤツらの流儀にあわせるのであれば、家畜を管理する首輪をつけさせていたんだろうな」

「恐らくその通りかと。私が地上に出ていた頃にはなかったので、比較的、最近になって導入されたんだと思います」


 機械ゴーレムより人間の方が多いなかで効率よく管理するなら、監視用の魔道具を付ける方法が正確で早い。


 進入禁止エリアに入ったら首輪から電撃を流す、暴動を起こしたら毒物を流して殺す、なんて使い方はやっているだろうな。他にも監視の首輪を外そうとしたら、毒針が出る仕掛けを導入しているのであれば、二人が死にかけていた理由も納得できる。


 外に捨ててから、キメラに遊ばせて殺すなんて、非合理的に思えるかもしれないが、視点を変えれば別だ。


 神に見放された人間の末路をショーとして見せつけている。なんて考えれば、上級機械ゴーレムが実行する可能性は充分にあるのだ。処刑が一種のエンターテインメント、なんて時代もあったのだから、俺の考えは完全に的外れ、ってわけでははないだろう。


「他に不審な点はあったか?」

「念のため体の隅々まで調べましたが、魔道具が埋め込まれている形跡は、ありませんでした」

「人間ごとき、首輪で充分か。完全に舐めているな」


 だからこそ、人間を完璧に管理していると思い込み、俺という存在には気づけない。間抜けな上級機械ゴーレムが時間を浪費している間に、俺は戦力を整えさせてもらう。


 機械ゴーレムごときが人間を管理している事実は正直気分良くないが、だからといって「人類を解放してやる!」なんて正義感は持ってない。俺に危害が及ばないので有れば無視してもいい。そうすればお互い平和に過ごせる。


 もし敵対するのであれば、機械ゴーレムは道具でしかなく人間に使われる側だというのを思い出させる必要があるだろう。徹底的に壊してやる。


「さて、二人の話は終わったことだし、俺たちの話を再開しよう。シェルターにあったことを教えてくれ」


 ナータの話は途中で止まっていたからな。まずは寝ている間のことを全て知っておきたい。


「マスターが目覚める十年ほど前に、戦闘機械ゴーレムの一軍がシェルターを発見して侵入してきました」

「目的は?」

「不明ですが、誰かが入り口を見つけて、調査のために入ったんだと思います」


 俺の存在に気づいて攻めに来たのではなく、偶然見つけたのか?

 これについてナータの失点はない。運がなかったと諦めるべきだな。


「その後はどうした?」

「緊急用の出口を使ってシェルターから脱出し、外で待機している機械ゴーレムを破壊。シェルターに再突入して侵入者を全て破壊しました。戦闘で全魔力を使い切った私は、ポッドの近くで起動停止し、今に至ります」


 目撃者を全て排除するため、外から攻めたのか。時間はかかってしまったから、一番安全なポッドの付近まで攻め込まれたと。

 ナータが嘘をつくとは思わないが、別視点からの情報は欲しいな。


 できることなら襲ってきた機械ゴーレムの頭脳をスキャンして、記憶をサルベージしたいのだが、破壊から時間が経ちすぎているので不可能だろう。諦めるか。


 無事なパーツだけを回収して素材として使うぐらいしか、利用価値はなさそうである。

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