第27話 初めてのアルバイト 後編
このカフェには、裏側から
休憩室(仮)から厨房、厨房からレジのあるカウンター、そして客席。面倒なルートを経てフロアへ出ると、珠希さんは説明を始めた。
「まずは席の番号を覚えてね」
席はコの字に配置されている。
穴のある部分が出入口で、向かって左手にある二人席が一番。そこから時計回りに番号が増えて、最後の座席が二十六番となるらしい。
「オープンの時はざっと掃除するよ。ほい、これ持ってね」
俺は先輩からモップを受け取った。
現在、全ての座席に椅子が乗っている。
閉店後は机を拭いた後で椅子を上げて、開店前には床を掃除してから椅子を下げ、もう一度、机を拭くようだ。
「あたし右側やるから、君は左側よろしく」
「はい、分かりました」
「おやおや良いのかな? 右側ほぼレジだから、左側の方が大変だぞ」
「平気です。新入りなので、これくらいは」
「おぉ後輩っぽい。お姉さん感動しちゃう」
その後、俺は淡々と掃除をした。
それだけのことが、とても新鮮に感じた。
だって、店が閉まってる間に掃除してるんだぜ? そりゃ考えてみれば当たり前だけど、客の目線だと掃除シーンなんて想像しない。
逆に言えば、俺は、こんな当たり前のことでも感動するようなガキなんだなって思う。だけど、そう思った分だけ大人になれたような気がして、少し嬉しい。
「楽しそうに掃除するね」
「……綺麗好きなんで」
「いいねいいね。ポイント高いよ」
かくして俺は謎のポイントを稼ぎながら掃除を続けた。
掃除の後は基本的な接客の練習。
そんなに面倒な客は来ないということで、最低限のマナーだけ教わった。
当然直ぐに本番を任されることはない。
最初は研修ということで珠希さんの後ろに立って仕事姿を見ながら学ぶことになった。
開店後。
想像よりも遥かに忙しかった。
基本的には同じことの繰り返し。
お客さんが入ったら席に案内する。注文を受けたら手書きでメモを作り厨房に伝える。商品が用意できたら客席へ運ぶ。お客さんが帰る時には会計をして、その後は机の上を片付ける。
どこかアナログな肉体労働。
それをひたすら繰り返していたら、あっという間に時間が過ぎ去った。
「終わり~! つっかれた~!」
最後のお客さんが帰った後、先輩が近場の椅子に座りながら言った。
「三杉くん、足大丈夫?」
「はい、平気です」
「え~? 一日中歩きっぱなしだったのに?」
「サッカー部だったので。これくらいなら」
「お~、サッカー部! それでプリティなお尻をしているわけだ」
どういうお尻なのだろう。
「引き締まってて良い感じ」
説明して欲しかったわけじゃない。
「でも、こういう時は話を合わせて疲れたって言う方がポイント高いぞ」
「……そういうものですか?」
「うむ。私は君の意見を求めているわけじゃなくて、今この瞬間の感情を共有したいだけなのだ」
「参考になります」
「あはは、真面目過ぎ~」
先輩は腹に手を当てて笑った。
それからパンと手を叩き、グッと足を蹴り出して立ち上がった。
「クローズやるよ。椅子上げるから手伝って」
「はい!」
返事をして、今日だけでスッカリ見慣れた店内を回りながら椅子を上げる。その後はモップを使って朝と同じように床を拭き、そのついでに忘れ物や落し物が無いか確かめる。
「ねぇ、なんか面白い話して~」
その間、先輩から無茶振りを受けた。
「先輩の趣味とか教えていただければ」
「え~、なになに? 先輩の趣味を知ってどうするの? 口説いちゃう?」
「恋バナなら、ひとつネタがありますよ」
「わ、スルーされちゃった。でも気になる。教えて教えて」
「同じクラスの男女で、二人は幼馴染です」
「お さ な な じ み」
先輩は妙にスタッカートな口調で言った。
こんなこと口が裂けても言えないが、こういうテンションの人に恋愛相談とか絶対に嫌だなと思った。
「お互い素直になれないようで、よく口喧嘩しています」
「それからそれから?」
「昨夜、男子の方からラインが来ました」
「どんな?」
「仲良くしたいらしいです」
「ふぅぅぅ!」
リアクション芸人かよ。面白なこの人。
「それで、後輩くんはどういう返事をしたの?」
「遊びにでも誘ったらどうかと」
「あちゃ~、それはちょっとハードルが高いでしょ」
「はい。なので、共通の友人である俺のバイトを口実にしたらどうだと言いました」
「……えっ!? そのうち来る感じ!?」
「明日です」
「何それ最初に言ってよ! ちょっとパパ! こっち来て! ラブコメだよ!」
その後、先輩は店長と愉快な話を始めた。
俺はスッカリ帰るタイミングを失ってしまったのだが、午後十時になったところで店長に帰れと言われた。午後十時からは深夜という扱いになり、高校生を労働させるのは法律で禁止されているらしい。知らなかった。
こうして初めてのアルバイトが終わった。
俺は少し冷たい夜風を浴びながら、心の中で呟く。
戸塚智成くん。ごめんなさい。
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