恋中さんとの休日1

第26話 初めてのアルバイト 前編

 土曜日の午前十時。

 俺は裏口からカフェに入店した。


 気分はちょっとした冒険だ。

 今日が初バイトで浮かれているのか、些細なことでもドキドキする。


 だが、少し気が楽でもある。

 バイトの間は、恋中さんが居ないからだ。


 あの四人で昼休みを過ごした日から、もっと距離が近くなった。


 だから何だと思う人もいるかもしれない。

 しかし考えて欲しい。理性のゲージが赤色なのに、さらに距離が近くなるのだ。


 いつ限界を迎えても不思議ではない。

 そういうわけで、今日はとても気が楽だ。


「おー。時間通りに来たね」


 裏口のドアを開け、厨房の隣にある従業員向けの休憩所みたいなところに入ると、そこに座っていた珠希さんに声をかけられた。


「はい、今日からよろしくお願いします」


「あはは、初々しいなぁ」


 俺が運動部のノリで頭を下げると、彼女は穏やかに笑った。

 

 やっぱり、大人っぽい印象を受ける。

 少し長い髪が後ろに一本で束ねられており、彼女が動く度に揺れる。髪色は黒で、ピアスやネイルはしていない。小柄で身長は俺より低いけれど、ピンと伸びた背筋と余裕を感じられる落ち着いた態度は、同級生から感じられないものだ。

 

「じゃ、まずは着替えてね」


 彼女は机の上にある制服をトンと叩いて言った。


「更衣室とかありますか?」


「無いよ。だから、今この場でね」


「……マジですか?」


「冗談。そこのカーテンの奥だよ」


「分かりました」


 俺はニコニコしている先輩から制服を受け取り、部屋の隅にあるカーテンへ向かった。


 さっきのは、からかわれたのだろうか?

 バイトとは無関係だが、これはこれで新鮮だ。


 俺はカーテンを開ける。

 その先には、上半身裸の店長が立っていた。


「きゃ~!」


 店長が真顔で言った。

 俺は、どういう反応をすれば良いのだろう。


 助けを求め、珠希さんに目を向ける。

 彼女は俺を見て大笑いした。


 俺は察した。

 この親子は、どうやらイタズラが好きらしい。


「大和くん」


「はい」


 店長に呼ばれ、振り返る。

 彼は上裸のまま俺を見ていた。やっぱり全然恥ずかしくないみたいだ。


「歓迎するよ。長く続けてくれたら時給も上げるから、よろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


 握手をする。

 店長は満足そうに頷くと、ササッと服を着てから厨房へ向かった。


「……着替えるか」


 そんなこんなで制服を着た。

 上はグレーのカッターシャツ。下はスーツっぽい黒いズボン。それからベージュのエプロンを重ねたデザインだった。


「お~、似合ってる似合ってる。いいね」


「……ありがとうございます」


 カーテンを開けると、珠希さんがグッと親指を立てて言った。


「いやぁ、お姉さんイケメンが来てくれて嬉しいよ」


「……どうも」


「欲を言えば、あと十センチくらい欲しいかな」


「……まだ成長期なので、再来年くらいには」


「おー、それは期待しちゃうな。SNS映えしそう。因みにお姉さん下は150まで恋愛対象だぞ」


「……そっすか」


「あはは、緊張してるなぁ。かわいいかわいい」


 俺はケラケラ笑う先輩から目を逸らし、首の裏側に手を当てた。

 なんというか、小学生だった頃の母さんを思い出す。スキンシップが無いところが違うところだが、高校生になってこの扱いを受けるのは微妙な気分だ。


 しかし、可愛がってくれているのは良い傾向だと思う。バイト先の人間関係が良好になるなら、これくらいは問題ない。


「早速ですけど、何からやればいいですか?」


「お、真面目だねぇ。そういうところポイント高いぞ」


 先輩はパンと手を合わせて、


「まずは掃除かな。こっち来て」

 


 


ーーーあとがき

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