恋中さんとの学校生活1

第9話 恋中さんと特別感

 月曜日になった。

 昨日は恋中さんと会っていない。急な仕事が入ったとかで、朝に一度連絡をくれただけだった。


「あ、おはよう」


 部屋を出た直後、挨拶された。

 彼女は自室のドアの前に立ち、眠そうな顔をして俺を見ていた。


 相変わらず、息を呑むような美少女だ。

 当然だけど服装は制服で、手にはふたつのスクールバッグを持っている。


 俺は部屋の鍵を閉めた後、挨拶を返した。


「おはよう。仕事、大丈夫だった?」


「もちろん。私を誰だと思ってるの?」


 口調が違う。雰囲気も、かなり。

 土曜日の時は常にふわふわした敬語だったが、今は最初に会った時と同じで大人っぽい感じだ。仕事の後は、こうなるのだろうか?


「仕事って、どんなことしてるの?」


「残念だけど守秘義務があるの」


「そっか、ごめん」


「べつに謝ることではないわよ」


 彼女は澄ました表情で言うと、口元を手で隠して欠伸をした。


「寝てないのか?」


「……大丈夫。行きましょう」


 俺は「誰この人」という気分だった。

 確かに最初はこんな感じだったが、一昨日の印象が強過ぎて混乱する。


 ……当然のように一緒に登校するんだな。


 もちろん、同じマンションから同じ教室へ向かうのだから、不自然ではない。


 だが、全く意識するなというのは、難しい話である。


「ねぇ、お話しましょうよ」


 ちょうどマンションを出たところで彼女が言った。


「良いよ。何を話そうか」


「君が決めて。なんでも聞くから」


 彼女は大人びた微笑を浮かべた。

 本当に土曜日とは雰囲気が違う。同一人物とは思えないくらいだ。

 

「恋中さん、ひょっとして仕事の時は性格が変わるタイプだったりする?」


 悩んでも仕方がないからストレートに質問してみた。彼女は軽く首を傾げて言う。


「分からないわ。比べたことが無いから。どうしてそう思ったの?」


「それはほら、一昨日と全然違うから」


「……そう?」


 まさかとは思うけど無自覚なのか?

 俺がこっそり恐怖を感じていると、不意に彼女が足を止める。それから穏やかな笑みを浮かべて言った。


「君の傍は安心するから、気が抜けていたのかも」


 一瞬、時間が止まったような気がした。


「……そっか」


 ヘタクソな言葉で曖昧にして、先に歩く。

 彼女は少し駆け足で隣に並んで、どこか楽しそうに言った。


「言われてみれば、普段は気を張っているかもしれないわね」


 言葉が出ない。

 返事を探していると彼女は続けて言った。


「人前では強そうなイメージをして喋っているから、その影響が出ているのかも」


「……それ、強そうなイメージなんだ」


「ええ、そうなのよ」


 その後も恋中さんは途切れることなく話続けた。俺は「へー」とか「そっか」みたいに雑な返事をしてしまった。


 理由は単純。

 別のことを考えていたからだ。


 ……安心、か。


 我ながら、どうかしている。

 彼女は友達として接している。距離感がバグってるだけで、そういう意図は全く無い。俺も無理に関係を変えたいとは思わない。


 だから忘れろ。勘違いだ。

 自分に言い聞かせていたら、あっという間に教室だった。


 恋中さんの席は窓際の最後列。

 一方で俺の席は廊下側の前から二番目。


 教室に入ったら自然とお別れ。

 多分、普通にしていたら会話する機会は無かった。


 たたし俺の席周辺は騒がしい。

 どうやら同じ中学の連中が集まっているようで、高校初日から賑やかだった。


 それは休み時間も変わらない。

 だから俺は妙に遠慮してしまって、いつも教室の後ろまで移動している。そういう時は決まって彼女が隣に立ち、声をかけてくる。


 というのが、先週までの話だった。


 昼休み直前。

 俺は彼女を誘うかどうか悩んでいた。


 友達と昼食を取るなんて普通のことだが、それが男女二人であれば特別な意味が生まれる。


 もちろん、周囲に見られるのが恥ずかしいという古びた感性は持っていないし、同級生も茶化したりしないだろう。


 しかし、誘う理由が分からない。

 俺は高校生になってから昼食の時間を一人で過ごしているし、べつにそれで問題は無いと思っている。


 だけど、ふと彼女のことが気になった。

 仮に彼女が一人で昼を過ごしているのなら、誘うべきではないだろうか。


 きっと喜ぶ。

 だけど俺が声をかけることで、他の誰かに声をかけられる機会を奪ってしまうかもしれない。


 とても悩ましい。

 授業中、俺は初老の男性教師が喋るカタコトな英語を聞きながら、恋中さんを誘うか否か、そればかりを考えていた。


 そして、チャイムが鳴った。

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