短編『或る魔法使いの話』
森岡幸一郎
『或る魔法使いの話』2020.09/29執筆
時は戦乱。
世の権力者はこぞって【神々ノ土地】の派遣を巡って闘争を繰り返してきた。
祖父が死に、父が死に、子が死んで、孫の孫が死んでも尚、終戦の気配はない。
「そんな世で、今世間を騒がせているニュースが三つある」
一つは、大戦前から犬猿の仲である公国と共和国の王子と姫とが、近隣の宗教国家に亡命した事。
これにより、北方での戦線は一夜にして崩壊。
それまでは唯の椅子取りゲームだった戦争が、近隣国家同士の足の引っ張り合いという場外乱闘に変貌し、戦争はますます複雑怪奇な物に成り果てた。
そもそも王子と姫は、宗教国家に助力を乞い、母国に同盟を結ばせ、三国家による連合軍でもって【神々ノ土地】を勝ち取り、この永きに渡る戦争を終戦へと導くのが目的であった。
がしかし、連合軍どころか、今まで全くの無干渉だった宗教国家までをも巻き込み、この愚かな戦争をより混迷化させただけだった。
二つ目は、今まで空想上の産物だとされていた人物が、現実の存在であると世界中に公開された事。
その人物とは、「世界最古にして最先端の魔法使い」と言われる一族の末裔で、その者たちは世界中のどの文献のどの時代にも必ず登場し、人類の歴史に大きな影響を与えてきた。
その正体は長らく謎とされてきたのだが、遂に帝国はその人物とコンタクトがとれたという。
三つ目のニュースは、その人物を世界最大の軍事帝国が「特別魔導顧問」として軍に雇い入れ、戦線に投入すると世界中に宣言した事。
「・・・つまりは、アタイの就職が決まったって話☆」
眼下に軍の出立パレードを眺めながら、朝のカフェで新聞片手に、優雅にモーニングを食べる少女がいた。
向かいの空いた椅子には魔法の杖が立て掛けられ、そこに魔法のローブとトンガリ帽子がかけられている。
「中佐殿!やっと見つけましたよ。ヘックス中佐、もう出発の時間はとうに過ぎております。速やかに御仕度を」
テーブルをかき分け、息を切らした若い兵士が魔女に駆け寄る。
「ふぇ?御仕度?ああ、朝ご飯の事ね。もう食べ終わるから、すぐ食べるから。もちっと待って」
そう言ってベーコンエッグをかきこむ魔女。
「少尉、君も食べたら?ここのモーニングはなかなかイケるよ。あ!お姉さんもう珈琲持ってきて」
宙に浮かした皿から手を離して、指をひょいっとひねると、立て掛けてあった杖や衣装が空を飛んで、若い兵士に席を空けた。
「いえ、自分はもう済ませてきましたから結構です。それより、早くしてくださいよぉ!」
「まあ、待て。直に食後の珈琲が来る・・・・・・ああ、ほら来た来た、あんがとお姉さん」
グッと一気に飲み干し「苦ぇ‼」と舌を出す。
「さあ!」と勢いよく珈琲カップを皿に置き「お仕事に行きますか!」と息巻く魔女。
「んで少尉、今の状況は?」
「現在、中佐殿の第一次試験魔導部隊が出立パレードを行っており、指揮官であられる中佐殿が先頭におられないので、一番ノリノリだった皇帝陛下がブチギレておりました」
「マヂで?ヤバあ」
魔女は慌てて(対面上)帽子と杖を取ってローブを羽織り、
「ああ、お勘定」
とカップの中に銀貨を二枚落とし込んで、ウエイトレスに、
「また来るよ!」
と言って急いで階段を駆け下りる。
「はあぁ。恋のキューピットの次は、世界征服ですか。ああ忙しい、忙しい。」
そう言って魔女はニヤニヤしながらため息をついた。
短編『或る魔法使いの話』 森岡幸一郎 @yamori966
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