第15話 美波、両親との再開。
八回目の夏休みも中盤に差し掛かったある日、ツイッターのDMを確認していて思考が一瞬停止した。
『突然のメッセージで失礼致します、私、星野純子と申します。いつも楽しく動画を拝見して――』
心臓の鼓動が速くなる、書斎で仕事中の海斗くんの部屋に飛び込んだ。
「ママからメッセージがきた」
機械音痴でスマホの操作もろくに出来ないママがどうやって動画を見たり、SNSにメッセージを送ったり出来たのかは不明だった。
「え、まじ?」
「あっちゃだめかな」
メッセージには誠に勝手ながら、他界した娘に自分が似ている事、無理だと分かりながら一度お目にかかりたい旨が丁寧に書かれている。
「そりゃさすがに、動画なら似たような女の子で済むけど会ったらバレるんじゃないか」
「うん……」
「まあ、でもいっか別に」
バレたところでリスクはない、親が幽霊になった娘を晒し者にするとも思えない。
「でも、成仏させようとするかも」
「なるほど、それは困る」
海斗くんは、顎に手を当てて考え込んでいる。
「よし、あくまでそっくりさん、それが通せるなら行っても良いと思うよ」
『メッセージありがとうございます、娘さんのことお悔やみ申し上げます、もし私に出来ることがあれば協力させて頂きます。お住まいはどちらでしょうか』
ダイレクトメッセージに送信するとしばらくして感謝の意と住所、連絡先が送られてきた、それは確かに実家の住所で、もしかしたら悪戯かも知れないという考えは払拭された。コチラから伺う旨を返信すると、お願いしている私共が伺いますと連絡が来る。何度かやり取りを繰り返し、結局は美波が自宅に伺うという事で話はまとまった。
「海斗くんも付いてきてよ」
一人だとボロが出るかも知れない。
「いや、構わないけど、去年お母さんに会ってるからバレないかな」
そうだった、海斗くんが美波にお線香をあげに行ったのを忘れていた、しかしちょいと変装すればバレないだろう、お母さんは昔から人の顔を全然覚えない。
「大丈夫、大丈夫、メガネ掛けちゃえばバレないよきっと」
「本当かよ」
二日後、約束の時間に実家に向かった、久しぶりの赤羽駅は少しだけ綺麗になっていたが相変わらず駅前には売れそうにないミュージシャンや、理由は不明だが窓を開けたまま音楽を爆音で聞いているワンボックス、昼間からワンカップを飲んで地べたに座っているホームレスで賑わっていた。きっと海斗くんはこの街が嫌いだろうな。
「暑いなあー」
「スーツなんて着てくるからだよ」
美波の親御さんに合うのにラフな格好では失礼だと言って、仕事でも着ないスーツに袖を通していた、かっちりと髪を固めてメガネを掛けると凄腕の弁護士みたいでカッコよかった。
「タクシー乗ろうよ」
「だーめ、歩いて直ぐなんだから」
海斗くんは少し運動不足気味だから歩かせたほうが良いだろう。
「はーい」
しかしまてよ、これはまるで結婚報告に向う婚約者みたいではないか、そう考えると緊張感がワクワクに変わった、冗談でも良いから「美波さんを僕にください」なんて言ってくれないかなぁ。
「なにニヤけてるんだよ」
「べーつにー」
商店街を抜けて一軒家が多い住宅地に入る、ここから先の景色は八年前と殆ど変わっていない、そう安々と一軒家が建て替えられる事はないのだろう。しかし景色が変わらないというのはどこか安心する、時が止まったままの自分の様に、この街もまた時間が停止したように変わらない風景を保っている。
鉄棒と砂場、ブランコだけの公園を通り過ぎると三階建ての茶色い一軒家が現れた、家の前には白い車が停車している。
「なんか、緊張するね」
「ああ、緊張してきた」
約束の時間、五分前にインターホンを押した、バタバタと階段を降りてくる足音が外まで聞こえてきた。玄関の扉が開く。
「いらっしゃいませ、遠い所ありが――、あ、ごめんなさい、さあ暑いでしょう、中に入ってくださいな」
八年ぶりに聞いたママの声はまるで変わっていなかった、絵本を読んでくれた優しい声、ママの声を聞くと安心する。
「お邪魔します」
一階のリビングもまるで変わっていない、まあそれは毎年初日に忍び込んでいるので知っていたが。
部屋はキンキンに冷やされていて汗が一気に引いていった、ダイニングテーブルに案内されると海斗くんと並んで椅子に腰掛けた。パパはソファに腰掛けたまま微動だにしない、人見知りなだけで決して怒っているわけではないことは知っている。
「暑かったでしょう、本当にわざわざありがとうね」
グラスに入った麦茶が置かれた、海斗くんはそれを一気に飲み干した。
「いえ、それほど遠くないんですよ」
空になったグラスに麦茶を注ぐと目の前にママが座った、パパは所在無げに新聞の一点を凝視している。
「ほら、お父さんもコッチいらっしゃい」
「ん、ああ」
ママとパパが並んで座った、パパは視線があうと目を見開いて驚いている。
「本日はお誘いいただきましてありがとうございます、星崎美奈子と申します、こっちの無愛想なのは兄の海斗です」
ホシミナのニックネームが付くような名前を偽証した、海斗くんは面倒だから本名で。
「お礼を言うのはこちらの方ですよ、星野純子と申します、こっちは勝利です、ほらお父さん挨拶して」
無愛想なパパがペコリと頭を下げた、誰かに似ている、そうだ隣りにいる男に似ている、そうだったのか、海斗くんはパパに似ているんだ、見た目は全然似てないけど醸し出す雰囲気というかふてぶてしい態度というか、なるほどなるほどと勝手に一人で納得した。
「でも、本当びっくり、まるで瓜二つ、ねえお父さん」
パパが曖昧に頷いている。ちょっと待っててね、といって席を外すとすぐにアルバムを抱えて戻ってきた、おそらく予め用意しておいたのだろう。
「うちの娘でね、美波っていうの、ほらこの子、髪型なんかは違うけど顔はそっくりでしょ」
一番新しいアルバム、高校時代の美波の写真が几帳面に貼られている、このデジタル時代にアルバムを作ったのはもちろん美波ではない、ママがデータで保存なんて味気ないと言ってスマホで撮影した写真をわざわざ現像して保管しているのだ。
「ほんとうだ、私に似てすごい美人ですね」
「自分でいってらあ」
「なに?」
海斗くんを睨みつける。
「いえ、なんでもありません」
ママは美波が生まれた頃のアルバムから娘が成長していく姿を写真を見せながら説明してくれた。
「幼稚園に行きたくなくて、いつも押入れに隠れていたのよ」
「へー」
「そのくせに好きな男の子ができたら急におめかしして行くようになったの、ませてるでしょ」
「ふふふ」
「小学生になったらピアノをやらせたかったのにね、いきなり野球をやるとか言い出して、この人の入れ知恵」
パパの方を睨みつけた。
「それでそれで」
いつの間にか海斗くんが身を乗り出して聞いている。ママはそれから二時間、美波との思い出を喋り続けた。海斗くんもパパも飽きる様子もなく話に耳を傾けている。
「素敵な娘さんだったんですね、とても愛していたんですね」
その気持ちが今更ながら伝わってきた。
「ええ、親っていうのは子供のためなら死んでも平気なの、それだけ大切なのよ、それなのに私達は……親失格ね」
「そんなことない」
パパとママの責任じゃない、自分が弱かっただけ、これだけ愛してくれる人達が側にいたのに。
「え」
「そんなこと……ないと思います」
涙が零れ落ちそうになるのを必死でこらえた。
「うん、ありがとうね」
二人は玄関まで見送ってくれると名残惜しそうに美波を見つめている。
「あの、抱きしめてもらえませんか二人で」
急になにを言い出す美波、落ち着け。
「え?」
「私、両親がいなくて、その」
何を言っているのだろう。
「おいで」
ママが広げている両手の中に収まった。
「パパも……」
パパは無言で美波とママを覆うように二人を抱きしめた。
「パパ、ママ、ごめん、ごめんね……」
我慢していたのに決壊が崩れたダムのように涙腺が崩壊した、嗚咽を漏らしながら泣き続ける美波を二人はずっと抱きしめていてくれた、パパの大きな手が頭をポンポンと優しく撫でる、二人の懐かしい匂いを忘れないように。もう少しだけそのままでいさせて貰った。
「バレたかな?」
終始無言の帰り道にやっと出てきた言葉だった。
「良いんじゃないか、それに二人とも一目で気がついたと思うよ」
「え、うそ」
「一度も美波の事を美奈子って呼ばなかっただろ」
そういえば、でも偶然じゃ。
「俺のことは海斗くんって呼んでたし、あれだけ長い時間いて一度も名前を呼ばないのは不自然だろ」
「それに美波の過去を何も聞いてこなかったろ、それも不自然だ、普通娘と同じスポーツをやっていたら触れるだろう、なのに質問は近況ばかり」
確かに何を食べているの、よく寝れてるなど、まるで一人暮らしの娘が帰省した時の質問だ。
娘が成仏できていないと知ったら、二人はどう思うのだろうか、悲しむだろうか。八年前にあれだけ悲しませてしまった。美波はまた二人が悲しむ道を歩いているのだろうか、このままで良いのか自信がなくなってきたのもちょうど夏休み中盤のこの頃だった。
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