第11話 復讐者

「お電話変わりました、校長の須崎です」


「週間現代スクープの斉藤と申します」


「どういったご要件でしょうか」


 相手に緊張感が走るのが電話越しにも伝わってくる、近年では体罰問題や教師の不祥事、少子化により生徒が少なくなっているにも関わらず教育現場での問題が相次いでいる、週刊現代のようなゴシップ誌からの取材が自校において明るいニュースではない事くらいは全教諭が認識しているのだろう。


「七年前の星野美波さん殺人事件についてお聞きしたいのですが」


「なにを言っているのですか、あれは自殺です、殺人なんて人聞きが悪いことを言わないで頂きたい」


 声が急にデカくなったと思ったら尻すぼみで小さくなり最後の方は掠れるような声だった、校長室で電話を受けているのだろうが廊下まで聞こえてしまう為に自重したのだろう。


「おたくの生徒、浅間陽子が知り合いの男に指示をして強姦、動画を撮影して脅した上に、その動画を学校中にバラマキ相手を失意のどん底に突き落とした末に自殺させた、裁判所がなんて言おうがこれは殺人ですよ校長」


「とにかく、とにかくその事件はもう終わった話です、当校とはもう関係ありません」


「ええ、なにも私も昔の事件を混ぜっ返そうって訳じゃないんですよ、ところが主犯の浅間陽子がまた事件を起こしましてね」


「は?」


「まだ、何処にも記事になっていないのでオフレコでお願いしますね、浅間陽子は覚醒取締法違反の疑いで明日にも逮捕されます」


「覚醒剤……」 


 当然デタラメの話だが校長には効いたようだ。


「ええ、それで彼女の住所と連絡先を教えて頂きたいと思いまして、もちろん個人情報の開示が難しい事は承知の上ですが」 


「だったら――」 


 言い終わる前に被せる。


「取引をしましょう、彼女の情報を頂ければ弊社としては当校との過去についてはいっさい記事にしないと誓いましょう」


「と、言いますと」 


 もう一息だ、完全に及び腰になっている。


「普通であれば覚醒剤で逮捕された女が昔、人を殺していた、おっと失礼、いたいけな女子高生を自殺に追い込んだという話はキラーコンテンツとして是非とも世に出したい所ですが、今回に関しては故人を悼む意味でも関係性を出しません」


「本当ですか?」 


「ええ、約束は守ります」 


 その後電話が保留にされると、十分程待たされた、六年以上前に卒業した生徒の連絡先を保存しているかどうかは疑問だったが。紙ベースで保管していた時代とは違いデータベースでパソコンに管理されていれば残っている可能性は十分にあった。


「よろしいですか」


「ええ」


 校長が発した電話番号と住所をメモする、練馬区という住所を眺めながら今でも実家に住んでいることを期待した、もっとも実家を出ていたとしても地の果てまでも追いかけて後悔させてやると決めていたが。 


「くれぐれも、私から聞いたとは」 


「もちろん情報源は漏らしません、我々もプロですから、では」 


「記事の――」 


 記事の方もお願いします、とでも言いたかったのだろうがその前に通話は切れた、安心してくれ、そんな記事が出ることはない。代わりに浅間陽子の死亡記事が出るかも知れないが――。


 美波が消えてから一ヶ月、彼女は本当に姿を現さなくなった、来年の七月二十日まで待たなければ本当に戻ってくるかも分からない、その前にどうしてもケジメを付ける人間がいる、美波を自殺に追い込んだ張本人、浅間だけは自分の手で制裁を加えてやらなければ気がすまない、殺すつもりはないが遭ってしまったらどういった行動に出るか自分でも予測できなかった。




「はいもしもし、浅間です」


 校長から聞き出した連絡先にさっそく電話すると中年女性の声が通話口から聞こえてきた、恐らく陽子の母親だろう。


「もしもし、斉藤と申しますが陽子さんはご在宅でしょうか」


「陽子は仕事に出ていますが、どういったご要件でしょうか」 


 よし、実家暮らし確定。


「あのですね、こちら消費者金融のアデルと申しますが、陽子さんのお支払いが滞っていましてね、大変困っているという訳です、何時頃にお帰りになりますか?」


「いつも、二十時くらいですが、しょ、消費者金融ですか」


 実家に住んでいる事と帰宅時間が分かったのだから、すぐに電話を切っても良かったのだがせっかくだから馬鹿を産んだ親にも少しお灸をすえる事にした。


「すでに三ヶ月の滞納になっていまして、当社としましても強硬手段に出ざるを得ない状況です、失礼ですがお母様でしょうか」


「はい、そうです、あの、強硬手段とは」


「ええ、弊社なんですが普通の金融機関とは少し違っていまして、まあ有り体に言えば闇金です、ですので裁判などの正攻法で返済を迫ることはできません、逆に捕まってしまいますから」


「やみきん……」


 母親は絶句しているようだ、そりゃ自分の娘が闇金に手を出していたら言葉もなくなるだろう。


「いくらなんですか?」 


「五百万です」


 練馬在住の一般家庭じゃ五百万は大金だろう、しかし用意できない程の額ではないはずだ、さてどう出るか。


「でも、闇金とかは返済しなくてもいいって……」 


 中々知識はあるようだ、まあ今日日ワイドショーでもこの程度の事はやっているから情報として持っているのだろう。


「もちろんです、闇金は犯罪ですから、しかし我々としてもそれは分かった上で商売している訳ですね、陽子さんにも当然了承して頂いています、つまりコレは法律を超えた約束、人間同士の信頼で成り立っているのですよ」 


「でも……」 


「お母さん、約束を破った人間を私共の世界ではどうするかご存知ですか」 


「……」


「ご想像にお任せします、では」


 暇つぶしにもならなかったが幾分気分はスッとした、会社員と言うことは夜には家に帰って来るだろう、スマートフォンに映し出された浅間陽子を見て画面に唾を吐きかけたくなった。


 頻繁に更新されているSNSはどれもブランド品の自慢やランチの写真で埋めつくされていた、精一杯加工を施した自撮りの写真でもブスなのが確認できる。こんなブスがアップした情報が一体何の役に立つのか不明だったが、それなりにフォロワーが付いている事に驚愕した。


 人形町から池袋まで出ると西武線に乗り換えて練馬駅を目指した、取り敢えず浅間陽子の実家を目指す、練馬駅は路線の多さの割には田舎臭い駅舎だった、駅の周りもあまり発展しているとは言い難くチェーン店と個人の居酒屋が乱立した統一性のない町並みだった、まあ自分が住むことは絶対にないだろう。


 スマートフォンの地図アプリを起動して校長から聞き出した住所を入力する、北口から徒歩で十分、大股で歩きだすと目当ての一軒家にはすぐに到着した。木造二階建て、築三十年といった所か。典型的な中流家庭が作り出す平凡な雰囲気が建物全体から滲み出ていた、しかしここには天使を自殺に追い込んだ悪魔が住んでいる、この家庭さえなければ美波は現在二十四歳になって仲間に囲まれ、幸せな人生を送っている筈だった。想像するとこの平凡な家が急に歪んで見えた、悪魔の住処に相応しい禍々しいオーラを放っている、できれば今すぐガソリンをぶちまけて火を放ちたい所だ。


 駅前に戻り喫茶店で時間を潰すと十九時を過ぎた所で席をたった、再び浅間の実家に歩を進める、途中に狭い公園があるのでそこで待ち伏せする事にした、練馬駅から自宅に帰るならばこの公園の前を通るしかない、住宅街で人気もないが、一体これから何をするかまでは考えていない、無計画だ、ともかく一目見てやろうと思った。


 すると三十分ほどした所で公園を女が横切った、白いシャツに薄いピンクのフレアスカート、女子アナのような出で立ちだったが顔を見て確信した、豚の様に上を向いた鼻、離れた目。


 公園を出て浅間の後を追う、こいつを目視した瞬間頭に血が登っていた、美波はもう夏休みしか現世に帰ってこられない、それもいつまで続くかわからない、なのに自殺に追い込んだ張本人がいけしゃあしゃあと街を闊歩している。怒りはすぐに沸点に達した、小走りで女を追いかけていくと、足音に気が付いたのか浅間がこちらを振り向いた。


 振り向きざまに顔面に拳を叩き込んだ、鼻が折れる感触が伝わり女は後方に弾け飛んだ。仰向けに倒れた浅間陽子の顔面を無造作に掴んで力を込める、ミシミシと頭蓋骨が軋む音が聞こえてきた、このまま思い切り力を入れたら砕けるかもしれない、女はすでに気絶している、糞尿を垂れ流しているのか酷い悪臭が鼻をついた。


「海斗くん、だめ」 


 何処からともなく美波の声が聞こえた、ような気がした、力を緩めてその場に立ち尽くす、既に事切れてしまったかと思ったが辛うじて息はあるようだ。


 浅間をそのまま放っておくと、静かにその場を立ち去った。

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