旅と君と魔導銃
翡翠
矛盾する願いと気持ち
薄暗い森の中を誰かに追われているように、見つからないように歩みを進める青年の姿があった。彼の表情は重い。今の苦痛を乗り越えても、結末が決して良いものではない事を知っているかのように。
「はぁ……、ここに潜入して結構長いけれど、さすがにそろそろまずいかも……」
そう呟きながら暫く歩いていると、微かに水の音が聴こえた。彼の表情が少しだけ明るくなる。最大限の注意を払いつつ、音が聴こえる方向へ歩む。行きついた先には綺麗な水が細々と流れる小川があった。好都合な事にあまり周囲も開けておらず、少し休息が取れそうだと考えた。
鳥の声と小川のせせらぎ、木漏れ日が先ほどまでの張りつめていた緊張を解してくれるのを感じた。
少し大きめな溜息をついて、水を一口含む。顔も洗い、爽快感で満たされる。
バキッ――
彼がとっさに振り向いた時には手遅れだった。自身の2倍の大きさがあるであろう獣が、すでにこちらへ飛びかかっていたのだから。
***
白いローブを身に纏った男女が、目を瞑りながらも高らかに、威厳があふれ神々しさを感じさせるような歌声を響かせる建物の中。
「名誉な事だぞ、エド」
胸に沢山の勲章を付け、屈強な身体をした高官が微笑ながら語り掛ける。
エドの腕には小さな魔法陣が刻まれていた。それを見て感激する女が居た。
「あぁ……、やはり貴方は選ばれた人なのだわ!」
母さん……、そう言いながら声の主の方向を見る。周囲にいる人間も両手を組み、エドに対し祈りを捧げているかのようだった。
「でも、僕が役目を果たしたら……僕は」
「あぁ! 戦争も終わり世界に平和がもたらされるのだ!」
「貴方しかいないのよ、エド!」
エドはその言葉に静かに涙を浮かべていた。
***
――あの時から僕はエドという人間から、劇団員が役を演じている時のように、周囲からの見られ方が変わってしまったと思った。
「あ、気が付いた?」
聞きなれない声とぼやける視界、そしてその問いに答える思考力もろくに戻ってきていない中、エドは精一杯返事をしようとするも、うめき声のようなものをあげてしまう。
「大丈夫かな? 無理しなくても良いよ」
よく見ると空が暗く、パチパチと音が聞こえる。木々を照らす光は焚火なのだろう。独特の匂いが漂ってくる。
少し周囲を把握できたところで、エドは少しずつ声が聞こえた方に顔を向けると、そこには小柄な女の子がいた。日の光のような色をした明るい髪色と、整った顔立ちである事が伺える横顔があった。
「君は……」
一呼吸おいた後に、その女の子はこう答えた。
「私はウィン。あなたは?」
その問いに答えようとするも、エドは言葉に詰まった。彼女が誰であれ、名乗る事も危険をはらみ、どういう経緯で、どういう目的で……と聞かれると答える事が難しい。
――お前の使命は、帝国を亡ぼし平和をもたらす事。
エドの脳裏に嫌な言葉が思い出される。
そして今彼が居る場所は、まさにその帝国の領土だった。彼女が帝国の民である可能性は十分に考えられる為、出す情報は最低限に留めたいとエドは考えた。
「えーと、エド……」
何も答えない事はかえって怪しいと考え、ひとまず名だけを伝える。
「エドって言うのね、よろしく。貴方、獣に引きずられていたんだよ?」
水を口にして油断したところを大型の獣に襲われ、巣に向かっていたところを助けてくれたのだろう。そのまま連れていかれていたら、どうなっていた事か。
「ありがとう、油断していたんだ。命の恩人だよ」
そう答えると、少し得意気な表情を浮かべるウィン。そしてこちらが予想していた通りの問いかけが投げられた。
「そういえば、なんでこんな場所をうろついていたの?」
エドは悩んだ。この地については本当に何も知らない。知っているのは、自分が”役目”を果たす場所である事、そして敵国である事。嘘をついても勘が良ければ、すぐにばれてしまう。一時的に彼女を動けなくする、逃走するなども脳裏をよぎったが身体の状態からして難しい。何より良心も痛む。
暫く悩んでいると、ウィンは想定外の言葉を発した。
「言いにくい事? それなら仕方がないね。実は私もなんでここにいるのか……、って言えないから」
あっけに取られたエドの表情を見て、ウィンは笑う。
「そんな顔することないじゃん、お互い様なんだし! ……でも、エドが悪い人じゃないって事はわかるよ」
「僕は……」
エドは自身の目的と、ウィンの”悪い人じゃない”という言葉に対して、再び言葉を詰まらせる。それとはお構いなしに、彼女は続けてこう言う。
「エド自身は、ね」
その言葉に少し動揺しそうになるエドだったが、きっとその言葉は”エドの役割や目的”ではなく”エド自身”の事を指して言ってくれた、そう思う事にした。その様子を少し笑いながら、ウィンは話し続ける。
「さっき命の恩人って言ったよね」
えっ、という表情をエドがしている間に被せるように彼女は続ける。
「じゃあ一つお願いがあるの」
次から次へと出て来る彼女の言葉に、理解が追い付かないエドはとっさに言う。
「た、確かに恩人には礼を払うって言うけど――」
「私の旅に暫くついてきて欲しい」
先ほどまでの勢いと、その言葉のトーンのギャップが一瞬の静寂を生んだ。凄く落ち着いた声で、お願いなのにこちらではなく焚火のほうに目を向けている。しかし焦点は、決して焚火には合わせていない。
「明日だけでも、数日だけでも良い。役割なんて忘れてさ、旅をしようよ」
彼女は少し切ないような表情を浮かべる。
エドには目的があったが、この土地については知らない事だらけだった。その旅についていくことで、目的を達成するための材料とする事も出来る。そんな打算的な考えと共に、ただただ単純に、寂しげな眼をしている恩人の願いを聴き入れたいとも考えていた。
しかしそんな事は建て前で、自分の役割について考える時間が欲しいという事、彼女の発した”役割”という言葉も気になっていた。もしかして、彼女も何か”役割”に捕らわれているのではないだろうか、エドはそう考えた後に答える。
「……、分かったよ。ついていく」
そう言うと彼女は先ほどまでの表情が嘘のように、良い笑顔を浮かべながら大きな声で口にする。
「ありがとう!!」
そんなひょんな事から、目的を達成するために敵国に侵入したエドと、旅の目的を明かさない恩人であるウィンの、奇妙な旅路が始まった。
彼女の目的は分からないけれど、自分を信用してくれた分だけ付いていこうと思いつつ、エドは再び眠りについた。
***
――初めて見た飛行船は、私の心を突き動かした。けれど世界は、違う方向へ私を押し戻そうとした。
「ウィン、そんな機械を触っていてはいけない。お前は令嬢としての教養を何よりも身に着け、民に見せねばならない」
令嬢と言う役割が、私の足をずっと掴んで離さない。
「お嬢様! そんなに機械油でお手を汚されて!!」
私はもっと色んな世界の景色、いろんな機械を見て触れていたいと願った。毎日似たような食事、習い事、表面上の交流や作り笑い。何一つとして、楽しくなんかなかった。
***
眠りから覚め、勢いよく上半身を起こすウィン。呼吸が少し早い事が自身でもわかる。2呼吸ほどおき、少し落ち着いたところで大きなため息をつく。
「大丈夫か……?」
聞きなれない声が聞こえた事に驚き、ウィンは素早く傍に置いてあった機械仕掛けの何かを手に持ち構える。
「うわぁぁぁ!?」
突然の事に驚くエド、思わず両手をあげる。機械仕掛けの何かを突き付けたウィンも、エドを昨日助けた事を思い出し、あっと声が出た。数秒間のおかしな静寂の後に、両手を合わせてエドに謝る。
一騒動あったのちに、携帯食をウィンから分けてもらい二人で食べ始める。
「ほんとびっくりしたよ……、なんかよく分からないやつ突きつけられるし」
しおれた表情をしながら、携帯食を口にするウィンは”なんかよく分からないやつ”が何かを聞かれた瞬間、急に元気になりだし答え始める。
「これは魔導銃って言うの! まぁ私が勝手に名付けたのだけどね」
そこから彼女の魔導銃講座のようなものが開かれた。聞きなれない単語が沢山出て来る中、エドは出来る限り要約する。
「えーと、つまり魔力を使う事なく、その機械を通じて魔法を放てるってこと?」
自信に満ちた表情でウィンは頷く。
「凄い……、国や人種によって魔法を扱えるかどうかが左右されるけれど、その機械があればそんな理由に左右されずに利用できるって事か」
でもね、と言葉を遮るようにウィンは言う。
「まだまだ途中なの。最終的には機械自体が、魔法を放つ為に必要な様々な要素を吸収できるようにしたいのだけど」
――ダァン!!
乾いた銃声が響き、驚いた野鳥たちが空へと羽ばたく。銃口の先にあった樹木の幹は大きく欠けるように凹んでいた。
「だから、今はまだただの物理的な能力しかない銃なの。この銃に魔力を直接注ぎ込むなんて事が出来れば、話は別なのだろうけれど……。」
彼女の目的の中には、この魔導銃を完成させるという事も含まれているのだろうか。エドはそう考えながら、携帯食を再び含み始める。
魔導銃をしまった彼女は、さて……という声と共にエドの前に地図を広げた。
「とりあえず次に向かう場所を説明するね」
現在は帝国領の最西部にある、未開拓の森の中にいるとの事だった。周囲にはいくつかの村が点在しており、主に薬草の取り扱いで生計を立てているようで、他に目立った事はないとウィンは説明する。
「人の事言えないけれど、お互いにかなり不自然な場所にいるよね」
ウィンは無邪気に笑っているが、エドは少しおかしな汗をかきながら苦笑いした。素でお互いの状況に対して笑っているのか、それとも何か鎌をかけられているのか、どちらか予想できないからだ。
「で、ひとまず村に立ち寄りながらこの最西部を北に抜けて、港町シーズを目指すよ」
エドは自身が役割を果たす場所は最東部であるが、現在地を考えると、どのようなルートを通っても大きな違いはない。何よりも全く土地勘も情報もない以上、下手に突っ切らないほうが良いとエドは判断し、彼女の案に頷く。
ルートが決まったところで、荷造りを始めて二人は腰をあげる。
それと同時にエドは思い出したかのように、ウィンに問う。
「なぁ、ウィン」
んー? と振り向きながら返事をするウィンに、先ほど弾丸が命中した樹を見ながら彼は続ける。
「寝起きの時、場合によっては僕も、あの樹みたくなっていたんだよね……」
「ごめんって!!」
***
夕刻前まで歩みを進めると、小さな村が見えてきた。
小規模ながらも、周囲の草花はしっかりと手入れが施されており、薬草園らしきものも見受けられた。
「あー、やっぱり良い匂いする」
ウィンが言うように、少し心が落ち着くような香りが薬草園から風にのってきていた。村に立ち入ると、入り口近くで薬草を干している女性が会釈とあわせ、二人に声をかけた。
「あら、商人さんか旅人さん?」
突然の質問に少し動揺するエドを他所に、ウィンは回復薬に使う薬草の研究だ、と返した。その流暢に質問に応える姿を見てエドは、彼女がこれまで沢山の場所を旅して来た事を感じ取った。
先ほどの女性に宿の場所を教えてもらい、歩みを進める。すれ違う人や軒並みを見ると、決して裕福とは言えないが、安定した生活とゆっくりとした時間が流れている事がわかる。
この様子を見て、エドは自国との差に驚いていた。自国では、帝国領は力を欲するあまりに、民から搾取を繰り返し大地がやせ細っており、弾圧を受けているとまで教え込まれていた。
村の通りを吹き抜ける優しい風が頬を撫で、それをかき消していった。
「と言うことで、今日はここにお世話になります!!」
エドが顔をあげると、両手を広げて少し決まり顔をしながら言うウィンの姿があった。
「ふふっ」
と少しエドが笑うと、何いまの笑い! とウィンがつっかかる。それを無理やりなだめながら建物の中へと入る。
中に入ると片目に眼帯を装着し、まさに筋骨隆々という言葉が似合う日焼けした大男がカウンターで仁王立ちしていた。その光景を見てウィンは悪びれもせず
「あれ、お店間違えたかな?」
とエドに言う。エドは大男に聞こえてはいけないという考えから、ウィンの口を慌てて塞ぐ。
「んんーーっ!」
そんなやり取りをしていると、背後からまた別の声が聞こえた。
「あら、お客さん?」
エドとウィンが振り返ると、同じ年齢くらいの女の子が洗濯物を抱えて立っていた。ウィンはエドの手を振り払って女の子に聞く。
「ねぇ、ここって宿屋さんで合っているのよね?」
その言葉を聞いた女の子は笑いながら肯定した。
「そうよ、あそこに立っている怖い人は私のお父さんみたいな人、危ない場所でもないし危ない人でもないから安心してね」
エドはこの宿に入ってからというもの、自身の冷や汗のかきっぷりに苦笑いしながら、その言葉を聞いて胸を撫でおろしていた。ウィンは悪気なく時折、思った事を口に出してしまうのだろうと、この短時間で感じた。
ウィンと女の子が雑談らしき事を始めた。女の子同士は本当に仲良くなるのが速い……、そう思っているとまたしても聞きなれない声がエドにかけられた。
「随分と可愛いお客様ですね、お泊りでよろしいですか」
綺麗な敬語に思わず振り向きながら、はいとエドは応える。
目の前にさっきの大男が立っていた。
「うわぁぁあああ!?」
エドは思わず尻もちをついてしまう。それを見て大笑いするウィン。
「あぁ、申し訳ございません、驚かせてしまいました」
大男が似合わない微笑を浮かべながら、エドに手を差し伸べる。
エドは外見と内面と差に少し動揺しながらも、差し伸べられた手を握り体制を立て直す。
「お父さん、いきなり後ろに立ったらお客さんびっくりするよ」
女の子が大男に向かって注意すると、大男は申し訳なさそうに手を頭にあてながら苦笑いした。
「あぁ、申し遅れました。私がこの宿の店主をしていますキニ、そこにいるのが娘とローテです。本日はようこそいらっしゃいました」
「来てくれてありがとう、ゆっくり休んで行ってね。何かあれば声かけてね」
エドとウィンは二人の歓迎に安心し、部屋を取る事にした。ウィンがキニとやり取りをしている最中、エドはある事に気が付きそっとウィンに話しかける。
「あの……、申し訳ないのだけど……」
その出だしで彼女は何かを察したのか、何の問題でもないように答える。
「あ、宿代? 大丈夫だよ、ついてきてって言っているのに取らないよ!」
そう笑いながら、エドに親指を立てる。
とはいえ、いくらついていっている立場でも流石に気まずいので、いつか返そう……とエドは申し訳なく決心する。
宿のカギを渡され、部屋の前まで移動する。
「それじゃ荷物とか身支度整えたら、宿の入り口に集合ね。……、エドは荷物ないけど」
そう言いながら、手馴れた感じでウィンは自分の部屋に入っていく。エドも慣れない手つきで部屋の鍵を開け、中に入る。
部屋に入ると、とにかく静かだった。窓から入る日の光、よく整えられたベッドと机。本当に必要な物しかなく、一人だけの空間。
役割を与えられてからは勿論だが、与えられる前からも暫くは戦争で静寂さや、一人の時間とは無縁だったエドからすると、忘れかけていた感覚だった。意味もなく背中からベッドに倒れる。ベッドの柔らかさが優しく体を受け止める。一度深呼吸をした後、意味の無く天井を見つめる。最近の事が次々と脳裏を過る。
「本当に、これで平和に……」
エドがぼそっとつぶやいたところで、ドアがノックされた後、声が聞こえる。
「エド―! 寝てないよね!?」
ウィンが痺れを切らしたのか、来てくれたようだった。
「ごめん! 今いく!」
ドアを開けると部屋の様子を見たウィンは、すぐに察したようで、
「ははーん、ベッドに倒れてぼーっとしていたでしょ」
とエドをからかう。あっさりと当てられてしまったエドは、少しばつが悪そうな表情をする。
「用事終わったら今日は早く寝よう、疲れているでしょ」
無料で宿に泊まる事ができ、しかもこうも気遣われる事に対して益々エドは申し訳ない気持ちが募っていった。
気を取り直して村を散策すると、露店で何かが売られていた。それを見たウィンは一目散に駆け出す。エドもまた必死に追いかける。何やら商品を食い入るように見ている彼女に、後ろから少し息を切らしつつ何事なのか聞こうとする。そんな事を他所に彼女はエドの目の前にバッと衣類を突き出しながら言う。
「うん、似合いそう。これください。あとはー……これとこれも」
エドが状況を飲み込んでいない事はお構いなしに、ウィンは露店の商人とどんどん話を進めていく。何やら沢山何か買い込んでいる様子だ。
暫くすると何かが沢山入った大きなカバンを持って、ウィンが戻って来た。
「ウィン、それは一体……」
彼女はまた、少し得意気な表情をしながら、宿に帰ってからのお楽しみ! とエドに言う。
ひとまずその大きなカバンをエドが背負い、村の散策を進める事にした。
少し歩くと、村人数人が薬草園の一角に集まっていた。2人は様子が気になり、駆け寄ってみる事とした。
様子を見ると、薬草園が何者かに荒らされているようだった。
「あ、ウィン。それにエドも」
その集まりにローテも来ているようだった。詳しい事を聞くと、どうやらここ一か月ほど前から度々薬草園に、こうした荒らしによる被害が起こっているようだった、人的なものではなく、恐らく獣による行いで不定期の為、食い止める事も出来ていないと言う。
「……、薬草による商売で生計を立てているこの村にとって、かなり深刻ね。今はまだ小規模な被害だけど、長期かつ範囲が広がれば影響が出ちゃう」
ウィンは真剣な表情で、荒らされた薬草園を見ながら口にする。
「そうなんです、人口も多くないですし若い人も多いとは言えないので、この村だけでの対応も難しいみたいで」
エドは今までの話を聞いて、少し違和感を感じるところがあった。獣の仕業を疑っていたものの、獣はこの手のハーブ系は独特の香りや苦みから、苦手としている事が多い。周囲に自然が少ない場合、人里に降りて餌を漁りに来るという話を聞いた事もあるが、周囲は自然に囲まれ整っている。しかもいくら人口の少ない村とはいえ、一か月も前から被害が出ている中で一度も目撃されていない。
「ローテ、今まで荒らされた場所は勿論ここだけじゃないんだよね?」
「うん、えーとね…」
ローテに連れられ、今まで荒らされていた場所を巡った。
「少し……、賢い気がする」
エドが不思議な表情をしながら言う。ウィンとローテは理由を問う。
「今まで荒らされて来た場所は、どこも人目に付きにくいところなんだ。獣も確かに人目を避けるけど、もう少し適当と言うか…荒らす場所に粗があっても良いけど、どこも本当に綺麗に狙っている気がする」
そう口にした瞬間、先ほど人が集まっていた場所から悲鳴が聞こえた。3人は顔を見合わせ、一目散に駆け出した。
その場には、脚が6本生えた獣が村人を威嚇していた。駆け付けた3人に気が付き、その獣は正面をこちらに向ける。
「目も三つある……、という事はあれは」
エドが言うとウィンは確信をもって言葉を発する。
「魔物よ! ローテは下がって!!」
それに合わせ魔物は全速力でこちらに突進して来た。背丈は大人ほどだが、見ただけで分かる固そうな表皮と地面から伝わる揺れから、相当な重量がありまともに食らえば、ひとたまりもない。
エドとウィンは要領よく左右に分かれ、突進を回避する。突進が不発に終わった魔物は、再び二人の方向に進路を変えるかと思われた。
「ローテ!!」
魔物は二人のどちらかではなく、逃げ遅れていたローテに向かって進路を切り突進を始めた。ウィンも迷う事なくローテに向かって全速力で駆け寄り、彼女の前に立つ。
「利くか分からないけど!」
彼女は腰から魔導銃を抜き、先端を魔物に向ける。一瞬の静寂の後、乾いた銃声が村に響き、魔物の歩みが止まった。
「やった…!?」
ウィンの言葉を遮るようにエドは叫ぶ。
「トラップだ!! また倒れていない!!」
銃弾は無力にも地面に力なく落ちていき、魔物は再び突進を始める。二人の前で前の4本脚で地面を蹴り上半身を浮かし、押しつぶす構えと取った。不意を突かれたからか、その場から動く事が出来ない2人。エドもようやく傍に駆け付ける事が出来たが、もう倒れかかって来る直前だった。
「何か出来ることは」
不意にウィンの魔導銃が手に当たった。その時、ある言葉を思い出した。
「まだまだ途中なの。最終的には機械自体が、魔法を放つ為に必要な様々な要素を吸収できるようにしたいのだけど」
エドはウィンの魔導銃を両手で握り、魔物の胴体目がけ構える。
「ウィン!! 撃て!!!!」
突然の事に動揺する中、ウィンは魔導銃の引き金を引く。
するとエドの手から赤い光が漏れ出し、魔導銃自体も光を持ち始め一瞬にして先端に光が集中した。次の瞬間、熱風と閃光が目の前に広がった。
魔物の身体は、3人に倒れる事なく背中側に反り返るように倒れた。その身体は大きな穴を開け、穴の周囲は焼かれたかのように焦げていた。
空白の時間が流れていたが、感情が溢れたローテの泣き声でエドとウィンは状況を少しずつ理解し始めた。
「勝った……!?」
エドは震えながら言う。手は汗ばみ、自身の心臓の鼓動が嫌と言うほど聞こえる。
「怖かった、怖かった……」
傍にいたウィンは少し涙を浮かべていた。無理もなかった。一人勇敢に魔物から庇おうとして、もう少しで命の危機だったのだから。
「ウィン、皆無事でよかった」
そう声をかけると彼女は、まだほんのりと赤い光を纏った魔導銃を地面に落としながら、泣き出した。
「ありが……とう……」
エドはその言葉をかけられた瞬間、なんとも言えない気持ちが湧きだして来た。素直に嬉しいと思う気持ち、自分の役目に対して、今の状況がそれと正反対である結果に繋がっている事……、なんならもっと人の役に立ちたいと思う気持ち、多すぎる矛盾。青空を漂う雲を見ながら、ふとそんな事が脳裏を過る。
その日、二人の戦いは村中に広まり、結局休まる事は無かった。
旅と君と魔導銃 翡翠 @jade15
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。旅と君と魔導銃の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます