第56話

屋上には音の小さい大型のヘリがいつの間にか着陸しており、それに乗り込んだ。


「…で、どちらに向かうんだ?」

「長崎と佐賀だ。組織の別の支部がそちらにある。長崎支部では熊本と同じ規模で、佐賀支部は少し大きく売買をやっているはずだ」

「支部? 本部には行かないのか?」


本部を直接叩いてしまえばいいのに。


「…おまえ、本当に神々廻から聞いてたのか?」


ヘリの中で何か空気がおかしくなった。

変なことを言ってしまったかも。


「あー。いやちょっと見習いで、あまり教えてもらえなくって。ハハハ」

「…本部の福岡には隠しダンジョンがあるという話だ。調査では5級」


第5級…。


「つまり、レベル50付近の敵がごろごろいる可能性が高いと」

「そうだ。そちらはうちの本隊が向かっている。おまえのパーティメンバーもその支援要員として参加しているはずだ」


なるほど。そういうことか。


「支援か」


支援ならちょっと安心だ。

あれだけのレベルなら早々死なないだろうし、俺が心配することでもないだろうが。


「さすがに一般のダイバーに強襲本隊を任せないさ」


それもそうか。






佐賀の襲撃は一瞬で終わった。

熊本にあった誘拐施設と同じような形で入り、それで終了だ。


…だが死体には慣れなかった。


正直、いきなり入ってきた俺がとやかく言う話ではないし、殺された構成員も殺人を結構やっているそうなのでそのままにしている。


俺だけは不殺を貫こう。俺の心のために。

別に殺しをやりたい訳じゃないしな。


そして今は長崎に向かっている。


「長崎の敵支部はどこにあるんだ?」

「港近くにある。そこで売買をしているはずだ」



俺たちは倉庫を改装した支部に向かう。

周辺一帯を買い占めているらしく、その一角で売買を行っていた。


売買している場所の屋上にひっそりと張り付く。


倉庫の中には多くの人がいて、誘拐された女性を見て声を上げていた。


おそらく女性たちの売買をしているのだろう。

だがその様相はオークションなんていう上品なものではなかった。



「あれ、競りをしているのか?」

「そうだ。ここから国外に運ばれるんだ」

「まじかよ…」


しばらくその光景を見ていた。


「国外とはね…。何でわざわざ日本から?」

「おとなしい奴が多いのもあるが、それ以上に言葉が話せなくて逃げられないってのが重要視しているんだと」

「…なるほどね」


なんか嫌なものを見てしまったなぁ…。


「需要があるのは分かったけど、何で供給する側の人間もいるんだ? ダイバーならまじめに働けば大層稼げるだろうに」

「そんなモンスターよりも先に世界中にあふれていた言葉を言われてもな。すねに傷のある奴ばかりなんだろうよ」

「…そうか」


俺?

俺はお金のある牢獄よりも、お金のない自由を選んだ誇り高き民だよ。


すねに傷なんてないしな。

あっても擬態すればなくせる。






しばらくして、部隊から連絡が入った。


「隊長、準備整いました」

「わかった。ということで、コノカには囮になってもらおう」

「…何が『ということで』だよ?」


囮って死にやすいだろ。

真っ先に一般人をそんな役に任命するなよ。


「君は大層堅いじゃないか。だから敵に攻撃されても大して問題にはならない。ほら囮にぴったりだ。君が攻撃されている間、我々は誘拐された人たちを救出して、その後に殲滅にかかる」


「…いや理屈の上ではそうかもしれないけど、普通俺におとりを任せるか?」


「神々廻の人間なら人助けの為には最大効率を選ぶと思ったがな」


ニマニマと笑っているのが分かる。

俺はジト目で見返した。


人助けなのは間違いない。

間違いないが…。


「あんた独身だろ」

「あ?」


ヒィ!


「…い、いきます」

「…」


そして作戦が実行された。





「死ねやこら!」

「なにが育毛剤セール中だ! まだはえとるわ!」

「おまえの髪の毛で、カツラ作ってやるよ!」


男達が短い怒髪天とつきながら追っかけてくる。


いかん。煽りすぎたか。

後ろから魔法攻撃がめちゃくちゃ飛んでいる。


たまにバチッときたり、火球が飛んできたり、足下が滑るがステータスで何とかしている。

ステータス イズ パワー。


この隙に彼らが誘拐された人たちを救出できているだろう。

囮としての役目は十分に果たせているかな。


「しっかし、俺ってこんな役ばっかだな…」


追いかけ回されてばっかだ。

これがモテ期か。いやむさ苦しい男にもてたくない。



そんなこんなで倒した。

幸いこちら側と誘拐された人たちに死者なしだ。


あちら側は…、とやかくいうまい。


「結果をみれば余裕だったな」


一息つく。

リュミエハーツは大丈夫だろうか。

福岡に向かっているんだっけか。


いや、俺が心配することじゃないな。

彼女達は俺より慣れているのだから大丈夫だろう。


むしろ俺自身の今後を心配すべきだろう。

なんかあの那須って人の目つきが獲物をみるようで怖いんだが。


俺、今は女だけどあの人レズなのか?


そのときスマホからアラートがなった。

これは、不吉な音だ。


「Dアラート? どこだ…」


スマホをのぞいて、思わず目を見開いた。


福岡市でスタンピードが発生した。

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