第30話

生きていたのか。この男。

あれをどうやって…。


いや、それよりもこの男、私たちよりも火力がある。

あのふざけたハンマーで砲塔にヒビを出し、持ち上げた。


間違いない。

現状、明らかにこの男が一番強い。


異常なまでのステータス。


だが…。

おそらく、この変態男がこのイレギュラーなボスの原因でしょう。

追及してもどうせ認めないでしょうが。


そしてこれらの事実はこの男と協力しなければ、あのボスには勝てない可能性を示唆している。

ボスは基本挑戦者と同等なのだから。



瑞樹をあんな目に合わせた原因。

左腕が吹き飛んだ光景が目に浮かぶ。


元々は瑞樹を攻撃したのはボスだ。あの男じゃない。

それに外では法整備はされているとはいえ、ダンジョン内は基本自己責任。


それはわかっている。わかって、いる。


息が微妙に荒くなる。怒りが湧いてきた。

だが、勝つためには必要。


深呼吸を一つ。


アイテム袋から予備のインカムを渡す。


「そこの変態男、こちらを右耳に」


「え?」











俺がイヤホンにインカムをつけると、話しかけた。


「これ、聞こえてるのか」

「お嬢様! なぜこの男に!」


俺が声を出すと、咎めるような声が聞こえた。


「私たちの中で一番火力があります。この状況を乗り切るのに必要です」


これは変態女の声だ。


「とりあえずあなたはボスから突かず離れずで走り回ってください」


「そんな犬みたい… やべ!」


遠距離についた蜘蛛ボスが再び、マシンガンを放った。

俺はすぐに走って逃げる。


先ほど女性二人はすでにこの場にいなかった。


俺は走り回る。


変態女の言う通り、突かず離れずに回るように走る。

近づかなければ、ボスの攻撃はある程度余裕をもって回避できた。




「あともう一手という感じだったけど?」


この声は先ほど負傷した女の子に近づくときに咎めた声だ。

言外に俺はいらないといっているよな、これ。


「おそらく第2形態があります。」

「…わかりました」


「…」


沈黙が流れる。


なんか、すげー距離感。

当たり前か…。

知らん奴といきなり仲良くなれるわけがない。



とはいえ、これで勝てるのかといわれると…。

客観的に無理だろう。


これ途中で後ろから撃たれないよな?

このモード、フレンドリーファイアありなんだけど。



少なくとも協力できるほどに仲良くならないとまずい。

相手は裏ボスなんだし。


とはいえ、走りながら考えられることも少ない。

気の利いた一発芸でもする? 滑ったら殺される?


どうする、どうする、と考えた結果、口に出たのが俺を守ったあの子のことだった。



「あの子は無事か? あの子のおかげで助かった」

「…あのボスはあなたが?」


あの子のことを聞けば、ボスのことを聞かれた。


嘘を言うか。本当のことを言うか。

命の代償の誠実さに答えるのはどちらか。



「…おそらくそうだ。あんなのが出るとは完全に想定外だったが」

「あのボスは何故出たのです」

「…すぐに説明することは難しい。だが故意じゃない」


裏ボスが出た条件を言えば、いろんなことを説明することになる。

魔王種討伐者の説明をすれば、どうやって、いつを説明することになる。


朝、仕事に行って魔王種をひき殺しましたという説明は余計に混乱する。



「…杏菜。瑞樹は無事?」

「はい。命に別状はありません。腕もつながりました。ただし今回の戦闘復帰は難しいかと」

「わかりました」

「…そうか。よかった」


そうか。命の恩人が死ななくてよかった。


「瑞樹は私の、私たちの命を守りました」


彼女は俺のために命を張ったわけじゃない。

それはわかっている。


「それでも無事なのはいいことだ」

「…そうですね」



「あんなのに巻き込んでしまって悪かった」

「想定外と言っていましたが?」

「そうだ」

「…私たちは自分たちの意思でボスの間に来ました」

「…そうか」


ダンジョン内は自己責任。よく言われる言葉だ。

それはそうなのだろう。


だが、だからといって、その言葉ですべて飲み込める訳じゃないだろう。



「あなた、名前は?」

「旭だ」

「遥です。よろしくお願いしますね」


正しい選択肢だったようだ。

よかった。

好感度プラス1か?


「よろしく。ああ、あと悪かったな。裸をのぞい」

「黙りなさい! この変態男!」


好感度下がったよ。

誠実な謝罪だったのに。


遥はため息の後、口を開いた。


「…あともう少しです。行きましょう」

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