大人が機械になる国

野山ネコ

機械になる国


大人になると機械になる国があった。

そこは、小さな頃は無垢な人間の子供でありながら大人になると当たり前のように機械になることを良しとする不思議な国だった。

大人たちは皆、鈍色の肌を皮膚で隠し、虹彩と見間違うほどに正確なカメラで物を見て、喉のスピーカーで話す。

 それが僕らの普通で、常識。


「君は大人になったら何になりたいんだい?」


世界を渡り歩く旅人が僕に問いかける。僕は機械になることが大人になるという証だから、当たり前のようにそう答えた。旅人は少し困ったような顔をして少し考えた後、再び質問をしてくる。


「君は機械になる以外、大人になったら何になりたい?」


その質問の答えを僕は持っていない。途端に気まずい空気が流れる。機械になりたい以外で大人になれるなんてないはずなのに、何を言っているんだろうか。

 質問を変えよう、と旅人は再び口を開く。僕は先ほどの質問の意味などわからないまま、ぼんやりと旅人を見つめた。


「君に僕は何に見える?」


もちろん僕は旅人だと答えた。再び困ったような顔をする旅人に、何か間違った答えを出してしまったかと不安になる。そして、再び旅人は質問を少し変えて僕に再び聞いてきた。


「君には僕が子どもに見える?大人に見える?」


僕は大人の人だと答える。僕よりもはるかに高い背とハキハキとしたテノールの声、長い手足が僕には他の機械の大人たちと同じように見えた。その答えに旅人は満足そうに頷く。


「そうだね、でもここの国の人とは違う」

「僕は機械じゃないんだ」

「心臓という器官が血を身体中に送って呼吸をして食事を摂り、糞をする」

「今の君と同じさ」


そう言われて、衝撃が走ったように驚いた。僕は、僕のまま大人になれるのだろうか?あの同じ表情で無機質な声で硬い体に変わらなくても大きくなれるのだろうか?思わず僕は続け様に旅人に聞く。旅人は嬉しそうにもちろん、と答えた。


「少しばかり時間はかかるけど、君も僕も同じ人間であるならいろいろなものを吸収して大人になることができるよ」


僕の頭に機械の大人たちとは違う、暖かくて柔らかい手が乗る。その感触が僕に酷く安心感を覚えさせた。そして、旅人にいろいろとは何かどんなものを吸収したらいいのかを質問ばかりを投げかけた。旅人はそれに苦など無いように一つ一つ丁寧に答えていってくれる。この時間が、永遠に続けばいいのにな、とすら思ったほど。


『国家反逆としてあなたを逮捕します』


それは、いくつもの質問と彼の旅の話を聞いて、一週間ほど経った頃のことだった。一人のアンドロイドが僕らに近づいてきたかと思うと、旅人にそう伝える。

 旅人は驚いたように目を見開いた後、剣呑な雰囲気を纏い僕を捉えた。


「僕を捕まえてこの国の間違いを消そうというのか」

『国家反逆としてあなたを逮捕します』


アンドロイドは壊れた録音機のように、繰り返してそう言うだけだった。旅人は乗ってきた愛車に僕を乗せて急いで跨ると、エンジンを蒸す。アンドロイドは重い体のせいか、鈍い金属音を立てて僕らを追いかけてくる。愛車を飛ばして逃げ出せたのはいいものの、あたりにいる大人の機械たちが僕らを捕まえようと襲いかかってくる。


「君だけでもいい、こいつに乗って早くここから逃げるんだ!」


旅人がそう叫ぶ。数多のアンドロイドに国から出ることは叶わないと、悟ったからなのかもしれない。僕はそれにただ頷くしかできなかった。後ろを振り返らず、前だけを見て旅人の愛車を飛ばす。アンドロイド達が追ってくることはなかった。


「ええ!?じゃあ、その旅人さんは!?」


 ――僕の話を遮って聞いてくる目の前の少女に僕は首を静かに横に振った。

あれからどれだけの時間が経っただろう、もう僕はすっかり身長も体躯もあのときの旅人さんくらい大きくなってあの人と同じ真似事のようにあらゆる国を旅している。

国を回ることは喜ばしいことも悲しく辛いことも背負うことだと、この度を通して学べたように思う。

あの人は助かったのか、はたまた脱獄不可能と言われるあの牢獄を僕も思い付かないような機転と閃きによって脱獄したのか、していないのか、生きているのか、死んでいるのか。全てが謎のままである。


「旅人さんのきっかけって不思議なのね」


機械だらけだった国、そこで出会った溌剌とした女性がそう告げる。

 もう機械の大人なんて存在しないこの国では自然に老いることが良しとされるようになっていた。のどかで緑豊かな風景が心地いい。


「もっと旅人さんのお話が聞きたいわ!他にはどんな国を回ったの?」


まるで寝る前の絵本の続きを催促する少女のように彼女はそう聞いてきた。さて、次はどこの国の話をしようかと、僕は用意してくれたコーヒーを口に運んだ。

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