第51話 お母さん

 ―――正吾君のご両親と四人で「喫茶希乃音」に出かけた。


 私は心花さんと並んで歩いていた。ちょっと離れて前を正吾君と大吾さんが歩いている。


「丹菜ちゃん、いつも正吾の事ありがとうね。あの子何も出来ないまま一人暮らしさせたから心配だったんだけど……たまに連絡は来てたから生きてるのは分かってたんだけどね」


 生きてるって……必要最小限な状況しか分かってなかったって事かな? 一応、詳細を報告しておこうかな。私にはその義務がある!


「まぁ……確かに初めて部屋に上がった時はゴミ屋敷でしたし料理も出来ませんでした。でも、今は部屋の掃除も料理もするようになったんですよ……あ、写真見ます?」


「見たい見たい♪」


 私は先日送られて来た料理の写真を心花さんに見せた。


「これ、先週なんですけど、私が親戚の家に行ってた間、正吾君、自分で作った料理を毎回私に送信してたんです。」


「へぇー、正吾が料理をねー。」


 心花さんと盛り上がっていると、正吾君、私達の話に気付いたらしく、


「おい。丹菜、何見せてんだよ!」


「正吾君が作った料理の写真ですが何か?」


「バカ! 余計な物見せんな。今すぐ削除しろ!」


「いいじゃ無いですか。減るもんじゃ無いですし、それに正吾君の成長記録です。私はお母さんに報告する義務があります」


「———うっ」


「はっはっは、何だ正吾、丹菜ちゃんの尻にしっかり敷かれてるな。これならお前にどうこう言う必要もなさそうだ。丹菜ちゃんさえ良ければいつでもコイツもらってやってくれ」


「え、———はい、頂きます」


 思わず変な返事をしてしまった。ご両親はニコニコしている。正吾君は照れながらも満更では無い顔だ。

 御前家の皆さんに歓迎されてるようで凄く嬉しい。


 ・

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 ―――喫茶希乃音に着いた。


“カラン♩コロン♫カラン♪……”


「―――いらっしゃ……大吾! それに心花ちゃんも! 久しぶりだな」


「よっ」


「久しぶり―」


 ご両親とマスター、凄く嬉しそう。 


「正吾君も一緒か……それに丹菜ちゃんも」


「マスターこんにちは」


「―――こんにちは」


 奥から陽葵が顔を出した。


「あ、丹菜に正吾君いらっしゃい……あれ? えっと……」


「親父とお袋」


「え―――! 以前、良く見かけてたお客さん……正吾君のお父さんとお母さんだったんだ」


 大吾さん、優しい顔で陽葵に話しかけた。


「久しぶりって言った方がいいのかな?」


 そう言いながら、大吾さんはカウンターに座った。それに習って私達もカウンターに座った。大悟さんと心花さん、マスターとゆっくりお話したいよね。

 陽葵は大悟さんと話しの続きをしている。


「はい。お久しぶりです。ビックリです」


「俺もビックリだよ、まさか俺らの子供達でバンド組んでたなんて思いもしなかったよ」


 大悟さんは陽葵にそう言うと、今度はマスターに話しかけた。


「息子に聞いたが陸も元気らしいな」


「ああ、全然変わってないよ……って、まだ一年も経ってないぞ。そういや、子供達がバンド組んであいつ、またバンド熱が上がって復活言い始めたぞ」


「いいな……だが残念。来週からまた向こうに行かないとイケないんだよ」


「そっか、残念だな。ところでご注文は?」


「皆、カツサンドでいいな?」


 大悟さんは私達にカツサンド一択で確認してきたが、答えは「はい」か「イエス」だ。全員、迷う事無くカツサンドを注文した。


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「ご馳走様。いやー、相変わらず美味いな」


「親父よ、今まで何故俺をここに連れてこなかった」


「あ? そりゃお前……この店の雰囲気見てみろ、お前が来ていいような場所じゃないだろ」


「―――確かに」


 正吾君は納得したようだ。確かにこの喫茶店は高校生が来るような場所じゃ無い。

 大吾さんとマスターは話し込んでいた。


「ところで『瑠衣』、どうしてるか分るか?」


「さあな……一度、皆で子供達連れて集まって以来、会ってないからな……音沙汰も無いし……」


 「ルイ」……さっきもマンションで心花さんからこの名前が出たけど……どうも気になる……まさか……。


 私は思いきって大吾さんに聞いてみた。


「あの……心花さんも話してましたが、その『ルイ』さんの苗字って……」


「ん? どうした?」


「すみません。ちょっと気になって……」


「そうか、結婚前は『七瀬』だったな。結婚してから……」


 ―――え? 「七瀬」……私はスマホに保存していた写真を表示した黙って大悟さんとマスターの前にスマホを差し出した。


「―――ん? どうした丹菜ちゃん……あれ? 瑠衣だ……え?」


「『七瀬瑠衣』。私の母です」


「―――!」


 大吾さんの顔が険しくなって私を凝視した。まるで私の事情を知っているかのようだ。多分、ここに来るまでに正吾君が大吾さんに教えたんだろう。


 私は気持ちの居所が無くなってしまった。どう振舞っていいか分らない。


 それを察したのか、正吾君が先に行動してくれた。


「親父……先帰ってるわ」


「分かった」


「くれぐれも……」


「分かってる」


 そう言って、私の手を取り二人で店を出た。店を出るとき振り返ると陽葵が心配そうな顔をしていた。


 ・

 ・

 ・


 ―――帰り道。


「すまない、親父には丹菜の両親のこと話した」


「―――それは……別に大丈夫です。いずれ話さなきゃなりませんし、まして一人暮らしの女子高生が男の人と半同棲な生活してる時点で不自然ですから。でも、話しててくれて良かったです。もしそのこと教えず、あのままあそこに居たら多分、色々聞かれて、私、お店に迷惑が掛かるくらいに泣いてたと思います」


 多分、大吾さんが私の両親が亡くなっている事を知らずに母の話しになったら、「今元気か?」って絶対聞かれる。そうすれば、亡くなった事を話さなくてはならない。そうすると「なんで死んだ」となる。そして私はあの時の話しをすると……自分でもどうなるか分からない。多分号泣だけじゃ済まなくなる。あの時の話しをすれば———











 ———目の前で 血を沢山流して倒れていた父と母の姿 を嫌でも思い出す———











「―――そう言って貰えると助かるよ。親父には丹菜が一人暮らしって事は陽葵しか知らないって事は話してるし、さっき念を押したから、大宮さんに瑠衣さんが丹菜のお母さんってことは伏せて亡くなった事を説明してると思う」


 私は正吾君に手を取られ真っ直ぐマンションへ戻った―――。

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