新橋 洋一の場合

洋一と萌絵が必死に逃げ惑うことになる

ーーその数か月間前ーー


「何かの間違いでしょう!俺が救世主だなんて」

洋一は叫んでいた。


アークデンキ新宿駅前店。

店内にはプリンターのインクや電池などの商品がところ狭しと並んでいる。

明るいBGMが繰り返し流れていた。


(行こう~行こう~家電のアーク♪きっと満足もっと満足♪)


洋一はこの店の販売員だった。

大学を出て、アークデンキに就職。

この春で入社2年目となる。


背の低い中年男が洋一の前に立っていた。

その中年男の背後には、数人の屈強な体つきをした黒服の男が仁王立ちしている。


黒服たちは洋一が逃げ出さないように、逃げ道を塞いでいるのだ。


(これは、きっと悪夢に違いない、早くさめろ、早くさめろ)


平日なので、店内の客足はまばらだった。

だが店員を含めた全員が、洋一に注目していた。


「嘘だよね?新橋さんが救世主に?」

大学生アルバイトの女の子が不安そうに口走った。


「そんな。彼ってどう見ても弱そうなのに?」

パートの女性も驚いている。


「ママー、あれが救世主なの?救世主があんな人で、ぼくたち大丈夫?」

家電を買いに来ていた客の子どもが、洋一を指差す。

「しっ」

母親が慌てて子どもの口を塞ぐ。


中年男はきっぱりと言った。


「東京都が次の標的に選ばれたのはご存知ですよね?新橋さんは救世主に選ばれました。これは間違いのない事実なのです」


「でもっ。俺は今、勤務中でして。ホラッ、シフトとかあるでしょう?急に抜けると会社に迷惑がかかりますし」


洋一は断りたい一心で中年男に懇願する。


中年男は洋一の言葉を聞いて

「なるほど」

とうなずく。


そして、急にキョロキョロと周囲を見回し始めた。

「店長?ここの店長は?」

と叫んだ。


「は、はい。店長の板橋で御座います」

店長は揉み手をしながら、中腰で現れた。


「ここにある電化製品で売れなくて困っているのは何です?」

「へっ??はぁ~~、まぁ、テレビの型落ちで売れないのが20台くらいありますが」

「それをキャッシュで全部買おう。だから新橋さんを我々に貸して欲しい」


黒服の一人が持っていたアタッシュケースの中身を見せる。

札束がぎっしりと並んでいた。


「はぁ~!?へぇ~っ」


店長はしばらく札束から目が離せなかった。


「では~、ついでに、家電アドベンチャーアンケートと新製品ご案内、メルマガ登録もしてもらえると!」

店長は満面の笑みで答えたのだ。


「店長!?」

洋一は叫ぶ。


(店長は売れ残りのテレビ20台と交換に、俺を政府に売り渡した!)


持て余しているテレビ20台の売上とともにアンケートやメルマガ登録も、彼の成績になる。

店長はあくまで商売人だった。


中年男は、黒服2人にアゴで合図して、アンケートとメルマガ登録をさせる。

屈強そうな男二人が、アンケートにちまちまと書き込む姿は、どこか滑稽だった。


「新橋ぃ~。しばらく有給にしといてやるからな~」

店長が明るく洋一に声をかける。


洋一は、首をうなだれて、政府の人間に連行されたのであった。


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洋一は、ヒョロヒョロと痩せていて、青白いメガネ姿が印象的な男だった。

ひと目見て誰もが思うだろう。


「彼が救世主!?」

......と。


店長は、青白くてメガネだから

「オタクっぽいし、パソコン売り場な」

と安易な決め方で、彼をパソコンコーナーに配属していた。


彼はとくに販売の成績が良いわけでも、仕事が早いわけでもない。

至って平凡な社員。

そしてなんの取り柄もない25歳の男だった。

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