地獄巡り 改訂版
あきかん
いつきと夢魔
第1話
チッ、と舌打ちの音がした。窓の外を眺めている短髪の男、火車は苛立っていた。いつもの事だ。
俺はそれをただ聴いている。電車に揺られ、席の隣に座って、触れない程度に隙間を開けて。
山から吹き降ろされる風で電車がガタガタと揺れる。窓の外は引き込まれるような青空が広がっていた。
「あぁ、海に行きてえな」
短髪の男は呟いた。
「これから行くのは山ですよ。火車さん」
チッ!と、ひときわ大きい舌打ちが響く。電車はそれを無視して進んでいく。ただ、目的地へと向かっていく。
「終点、喰違谷。終点、喰違谷。」
アナウンスと共に火車は電車を降りて駅を出る。俺は慌てて後に着いていく。
かつて宿場町であったこの土地には土産屋が立ち並び、温泉の匂いが鼻をくすぐる。目的地の宿は町外れの山奥にある。だいぶ歩きそうだ。
「今夜は泊まります」
と、俺は言った。
「個室だろうな」
と、火車は言う。
「当然、相部屋です」
そう答えたら、火車は持っていたアタッシュケースを手放して俺の腰まで伸びた髪をわしづかみにし、俺の顔を電柱へと叩きつけた。
グチャっと鼻が潰れる音が頭に響く。キーン臭が鼻を満たす。錆びた鉄のような血の臭い。激痛と共にそれは訪れる。血の味が口に広がる。血の味は嫌いだ。吐き気がする。
「これでも痛みは感じるのですよ。何度も言っているけど」
俺は火車に向かって言った。チッ!と大きな舌打ちが響いた。
宿へとついても鼻血は止まらない。仕方なくポケットティッシュを鼻に詰めた。
「予約していた月神と火車です。」
出迎えに来た旅館の主にそう告げた。彼は訝しげな顔を一瞬見せるも、平静を取り戻し部屋へと案内してくれた。仕方ない。鼻血で汚れたワイシャツの男を見て、何も反応するな、という方が無理がある。
「それで、お客が消える部屋というのはこの部屋だけなのですか」
と、俺は尋ねた。
「そうです。もう3年近く前からになりますか。最初は料金の踏み倒しかと思ったのですが、昨年、この部屋からいなくなった方々の死体が見つかりまして。警察の捜査も一向に進まずじまい。それでツテを頼ってあなた方に依頼したと言うわけです」
3年前か。俺達が閉じ込められていた施設が壊されたのが5年前。それから少し時間が経っている。
「わかりました。とりあえず、今夜は泊まってみて、何も無ければ調査に向かいます」
俺が答えると主は部屋から立ち去った。火車と2人っきりだ。
「あいつは美味そうだな」
火車は独り言を呟き俺を睨む。その目には憤怒の焔が灯っていた。
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