ピンナップガール

マコンデ中佐

第1話

 裏通りの路地に面した半地下の部屋は、タバコの煙で白く煙っている。


 壁の上にある隙間のような窓を開けても、入ってくるのは排気ガスだと思えば換気をする気にもならない。


 スチールのドアが無遠慮にノックされた。居留守を決め込むこちらの思惑を無視して、女が入ってきた。


「あたしをこの街から逃して」


 テーブルの上には吸い殻が山になった灰皿。


 そこからな一本を取り出して火を強請ねだる女に、オイルライターを放ってやる。


 その無遠慮な客は、モルタル剥き出しの壁に貼られたピンナップと同じ顔だった。


 ポスターの中で媚びた笑みを浮かべるブロンド女が、俺の目の前で下品に煙を吹き出している。


 その視線に気がついた女は壁に目をやり、ふぅーんという顔をする。


「あたしのファンなんだ?」


 気紛きまぐれに買った雑誌の、折り目のついたポスター。


 そんな女にファンなどいない。俺の言葉に女はケラケラと嗤った。


 ショービジネスの世界に憧れ、夢破れた。客を取らされる生活に飽き飽きして、事務所を飛び出した。


 たかが女の一人や二人。しかし見せしめは必要。女は追手を掛けられた。


 その手の仕事はやり慣れている。れた紙幣を輪ゴムで括った札束で、俺は依頼を引き受けた。





 翌朝、部屋へ荷物を取りに行ったまま、女は戻って来なかった。


 さらに翌朝、港に浮いた身元不明の女の記事。


 俺は、部屋の隅で埃を被った冷蔵庫を開く。


 久しく使っていない拳銃グロックをそこから取り出し、女が置いていった札束を握り、壁のピンナップを捨てて部屋を出る。


 馴染みのガンショップに寄り、ショットガンと拳銃用のスペアマグを二本買う。


 微粒子ほどの愛想もない、ずんぐりむっくりの店主に似て、やはり愛想の無いバセットハウンドに見送られ、女がいたという事務所へ向かった。


 ピンナップと同じポーズをしておどけた女が、ベッドの中で叫んだ「愛してる」という譫言うわごとは、ティッシュ数枚分の価値しかない。


 すえた匂いのするシーツの上でのピロートークは、いかにも学が無い女がするような、在り来りな身の上話。


 逃げたらどうするのかと聞いてみれば、心底嬉しそうに語るのは退屈な夢物語。


 ティッシュ数枚分の軽い命を投げ出して、ティッシュ数枚分の愛に報いる。


 まったくつまらない死に様だが、俺には多分それが似合っている。


 馬鹿な女たちの夢の上に建った、純白のビルが目の前にある。


 ヤニ臭い唾をアスファルトに吐き出して、俺はドアを蹴り開けた。





 また死に損なった。


 腰抜けの用心棒を片付けてた後は、鴨撃ちダックハントだった。


 壁に掛かった某の名画が、赤い絵の具で塗り潰された。壁に並んだ酒瓶が、悪党の巻き添えで砕け散った。生き残った一本を手に持って、静まり返った事務所を出た。


 帰り道、路上のスタンドでポルノを買う。新しいピンナップを壁に貼った。


 一昨日と同じに無遠慮なノックが響く。ドアが開くとカバンを下げた女が笑う。


 部屋に戻る途中で補導されたと女は笑い、一晩警察の厄介になったと言ってまた笑う。


 テーブルの上には吸い殻が山になった灰皿。


 そこからな一本を取り出して火を強請ねだる女に、オイルライターを投げつける。


「テメーマジふざけんな」


 大喧嘩の末に女を鳴かせた後、俺たちは揃って街を出た。

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ピンナップガール マコンデ中佐 @Nichol

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