116話 魔女の願い②
「──ふっざけンなッ! あの日、俺は見たんだ! 今更そんな言い訳が通るとでも思ってんのかよ!!!」
予想外すぎる言葉にアルベルトは激昂する。無理もない。間接的にしか知らないが、俺だってそれを鵜呑みには出来ない。しかし、メーデイアが死の間際で嘘をつく理由もない。
「アルベルト、抑えろ。全て聞いてから、その時に判断して駄目ならお前がトドメをさせ。今は、聞くんだ」
「〜ッ! クソ!」
アルベルトは地団駄を踏み怒りの放出をなんとか抑えてくれた。
「ごめんね。信じられないのは当たり前だよね。もっと言うと僕とルルは親友だったんだ……あの子は霊体を見る特異な眼を持っていた。僕の身体はカイロスに封印されてる。なんとか魂だけその呪縛から抜け出してさ迷っている所、あの子と出会った」
霊感とかそう言った類いだろうか。日本にいる時は胡散臭いと思い信じてすらなかったが、何でもありのこの世界に来ると、それすら信じざるを得ない。
「……」
「僕とルルはすぐに仲良くなったよ。嬉し、かったなあ……魔女だなんだと迫害されてきた僕の人生で、あの子は初めての友達だった。……がはっ! ああ、もう時間も少ないんだね……少し急ごうか。あの日、君が大会に出て言ってすぐ、村をある連中が襲いかかってきた」
吐血し、血液を垂れ流しながらもメーデイアはアルベルトに真相を伝えることを優先した。アルベルトもそれを見て少しは気が落ち着いたのか、表情がすこしだけ柔らかくなっている
「ある連中?」
「
「なんだと?」
驚いた。まさかこんな所で狂信者の名前聞くとは思わなかった。オシリスを討伐して以降、アイツらの出てくるダンジョンはなかった。
それにしても、まさか狂信者もこの世界の住人だっとは……一体どうなってるんだか。
「狂信者は各地の村を襲って生贄を準備していたんだ。別の世界に繋げる為に。僕があの村の人達の死を冒涜したのは事実だけど、それでも僕は殺ってない。禁忌魔法を使ってあの子の身体を借り、ゲートをダンジョンに繋げたんだ」
「なんの為にだ。妹の身体を使ってまで……」
「あの子の……ルルの魂を救う為に。でも、僕には成しえなかった。遅かったんだ……ねぇおにーさん、なんで僕がここで戦ったのか、わかる?」
うっすらと涙を浮かべながら問いかける。そこまでルルという子の事を思いながら、アルベルトを含む俺達を足止めした理由か。
普通、アルベルトが居るのなら協力して進むものじゃないのか? それをメーデイアは態々邪魔しにきた。
──メーデイアの話を全て事実と仮定しよう。俺達の目的はダンジョンのクリア。メーデイア自身、先に王手を掛けていたはず。だがコイツは願いを叶える事はせずに、俺達を妨害しに来た。それに、遅かったと言っていたな……
「まさか──」
「あは、出来ればおにーさん達は僕を恨んで死んで欲しかった。そう、もう願いは既に受諾されていたんだ。狂信者達のね。知って欲しくなかった。ここに来るまで、相当な苦労をしてきたんでしょ? 最後の最後に絶望するよりも、それを知らないで逝く方が幸せじゃない? それもこれも全部、僕のエゴなんだけどね」
「おい、まて。そんな訳……」
言いかけて理解してしまった。メーデイアの表情を見て、それが本当の事なのだと。
もう俺の願いは……元の世界へは帰れない。そんな馬鹿な話があるか。
──嘘、だろ……? 一体どれだけの死線をくぐり抜けてここまで来たと思ってんだ! どれだけの事を犠牲にしてきたと思ってんだ!!!!!!
「げふっ……でもおにーさん。1つだけ、たった1つだけ希望はあるかもしれないよ」
「──なんだ!? 言え!! 教えてくれッ」
何でもいい。元々ダンジョンの踏破だって望みは薄いんだ。例えば1パーセントに満たなくても、可能性があるのなら何でもいい。
メーデイアの肩を掴み、藁にもすがる思いで問う。
「い、痛いよおにーさん……死にかけの女の子には優しくしないと……ってそんな事気にもしないって顔だね。狂信者を追いかけるといい。彼らはニフェルタリアを捨て、別の世界に行こうとしてる。それは多分、彼らの崇拝する悪魔に関係してるんだと思う」
「追いかけるったって──」
俺達はこのダンジョンから出られない。もし仮に支援施設へと帰還出来たとして、どの道外に出る事は出来ない。
「この先に……異界に繋がるゲートがある。でも、それがどこの世界に繋がっているかは分からないんだ」
「上等だ。どこだって構いやしねぇよ」
ここから出られない以上、別の世界に行く選択肢を拒否する事は出来ない。それに、仮に元の世界じゃなかったとしても、このクソッタレな世界にいるよりは幾分マシだ。
「あは、そう言うと思ったよ……あ、お兄ちゃん。僕ね、ルルとお兄ちゃんの事ずっと見てたんだ。だからいつの間にか、本当のお兄ちゃんみたいに思ってた。ごめんね、ルルの事救えなくて」
メーデイアは涙を流し、アルベルトの頬にそっと触れた。コイツはコイツで辛かったのかもしれない。敵なのか味方なのかよく分からないやつだが、不器用なだけでもしかしたら悪い奴じゃないのかもな。
「ルルは……もう、この世界のどこにも、いないのか」
アルベルトは独り言のように問いかける。
「うん……ごめんね」
「お前は……メーデイアはルルの親友だったのか……?」
「僕はそのつもりだよ。孤独だった僕を……あの子は救ってくれたんだ」
「そう、か。俺は一体なんの為に……」
崩れ落ちるアルベルト。たった1人の家族を救う為に戦ってきたのに、救うべき相手はもういない。その心境は想像する事すらできない。
「ルルはね、いつもお兄ちゃんのことを話してたよ。自慢のお兄ちゃんだって。優しくて頑張り屋さんで、ちょっとお馬鹿さんだけど、どんな時でも前を向いてるんだって。僕も、そう思うよ……だから理不尽に負けないで。挫けないで。僕にとってもたった1人の自慢の……お兄、ちゃん──」
アルベルトの頬に添えていた手が、ゆっくりと落ちた。それが何を意味するのかは俺も、アルベルトも理解していた。
「ルル……ルルぅ……うっ……ちきしょう……ああああァァァ──ッ!!!!!」
アルベルトはみっともないくらいに大きな声で泣いた。
妹の身体を抱き、その親友の魂を悼み、これでもかというくらい泣き続けた。
この日、メーデイアという不死の魔女は死んだ。
魔女と言うには不器用で、一途で優しすぎた。メーデイアもまた、アルベルトと同じようにたった1人を救う為に戦ってきたのだ。
結果はどうでもいい。俺はたった1人で戦い続けてきたこの魔女に敬意を表する。
それから暫く、俺は泣き続けるアルベルトに声を掛けることが出来なかった。
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