20話 指輪とコーヒー


赤色の魔法陣と、それに重なるように黒い魔法陣。

火属性と闇属性をあわせ持つウルならではの魔法だろう。


魔法使いというのはやはり強力で、スキルがなくても比較的高い火力をだせる。ただその分MPの消費も激しく、MP補正のついた装備やそれを回復するアイテムがない状態では、早い段階でMP切れを起こす可能性も高い。


ウルもそれは同じで、レベルもまだまだ低く装備もゴミに近いのでこの戦いで撃てるのは、これが最後になるだろうな。


オークは既に瀕死で片膝を着いたまま動けずにいる。ただ俺達を睨み、威嚇の叫びをあげているだけで、回避行動を取れるとも思えない。

拙いがよく連携のとれた俺達にとって、4階層のフロアボスとはいえそこまでの脅威にはならなかったな。


「――地獄の業火に焼かれるがいい!なのじゃ!」


2つの魔法陣が一際大きく輝き、黒炎が放たれる。

直径2メートル程の球状のそれは、大気を燃やし、轟音を響かせ対象へと迫る。


――さっきの魔法の比じゃねぇな。十分下がったつもりだが、ここでも熱気で火傷しそうだ。


オークはなすすべも無く炎球を受け入れると、振動にも似た爆音ともに螺旋状の黒い火柱を形成する。

オークを中心に衝撃波が襲い、高温の熱風が吹き荒れる。周りの木々達にすら引火し、辺りを黒炎が支配する。


肉の焼ける臭いと共に、オークの断末魔とも呼べる叫びが響く。

火柱の中で、想像を絶する痛みに悶え、暴れ回る影が見える。冷静に観察すると中々むごい光景だ。


「はっはっは! ワシの魔法の威力をみたか! 」


オークの絶命を確信したウルは、今までにないくらいご機嫌だった。

高笑いし、ニヤついたドヤ顔でこっちを見ているが、ここで反応すると調子に乗りるだろう。

敢えて聞こえないふりをして、再びオークに目をやると既に暴れ回る体力も尽きて、横たわる影が見える。


一方、黒炎のその勢いは未だ増していてボス部屋の中は砂漠の様に暑かった。居るだけで体力を消耗してしまうので、長居は出来ない。


【オークを討伐しました。30秒後に帰還します】

【経験値75を獲得しました】

【銀貨×1500 MPの種×1 資質の葉×5 スキルの書(低級)×1 を獲得しました】


【パーティの熟練度が一定になりました。現在のメンバーでパーティを組んだ場合ステータスがアップします】


オークのHPが完全にゼロになり、ウィンドウが4階層攻略完了を告知した。


「クロードさん、なんですか今の」


近くにいたリリアはマヌケな顔で首を傾げるが、それよりも煤で真っ黒になっている事に目がいった。

よく見ると俺含めほとんどのメンバーが、煤が付着し必要以上に汚れている。


ほとんど、と言ったのは術者であるウルは、汚れ一つなく清潔さを保っていて、クラッドとカミルを相手にはしゃいでるみたいだ。


はしゃぐのは構わないが、アイツだけ汚れていないのは腹立たしい。


「ああ、さっきの告知は恐らくパーティバフだろう。一定回数同じメンバーでダンジョン攻略を続けるとステータスがアップするんだ。まあ上昇率はたかが知れてるけどな」


「やっぱりクロードさんは、なんでも知ってるんですね!」


「なんでもじゃねぇよ。それより後でお前に渡したい物がある。解散したあと俺の部屋に来い」


リリアはキョトンとした顔で返事をした。


ここまではかなり順調に進めてるな。

だが、次の5階層は一種の関門だ。レベルも跳ね上がり、雑魚モンスターでさえジェネラル級がうじゃうじゃいやがる。


少しレベル上げをしてから挑むべきか?

次をクリアすればクリア報酬で、ガチャが回せるはず。それに新機能も解放される事を考慮すると悩ましいな。


そんな事を1人考えていると、視界が変わり支援施設へと帰還した。


帰還してからは各々自由の時間とし、そのまま解散。トレーニングするもよし、休むもよし、複数人でなら3階層までは許可した。

帰還したのと入れ替わりるように、オリバー達がレベルの上げのため2階層へ挑戦するところで、オリバー達は4人パーティという事もあり俺は手伝いを申し出た。


「俺が手伝うことも出来るが、どうする?」


疲労はあるが、気にする程でも無い。

それに2階層ともなれば、その気になれば2分もかからない。

しかし、オリバーは首を横に振り、


「おいおい冗談はよしてくれ。 クロード、お前達は帰ってきたばかりだろ? なら部屋に戻ってママのオートミールを食べてるのがお似合いだぜ」


大袈裟なジェスチャーでそう言うと、アルタートに頼み、そのまま2階層へ行ってしまった。

オリバーは悪い奴じゃないが、今後話し方を矯正してもらわないとその内、手が出てしまいそうな気がする。


俺は特にやることも無いので一旦自室に戻り、リリアを待つ事にした。先程言った渡したいものとは、ハイツが装備していた指輪の事だ。

リリアを特別視している訳では無いが、他のメンバーが装備を渡しているのを見たら、嫉妬心が芽ばえるかもしれない。

衝突の芽は潰せるなら潰しておいた方がいい。


暫くすると、ドアをノックする音が部屋に響き、それを開けると――。


「遅い。いつまで待たせる気だ」


「シャワー浴びてたんです! 髪乾かしたり色々してると女の子は時間がかかるんですぅ! 全く、気が短い人ですねぇ! それで、渡したいものってなんですか?」


子供のように頬をふくらませ、ずかずかと部屋に入り込み「座りますね」と言って、ベッドへ腰掛ける。

先にこっちに寄ってから入ればいいと思うのは、間違いだろうか。


「ああ、その件だが――これをお前にやる。付けとけ」


そう言って、予め取り出しておいた金色に輝く『貴族の指輪』をポケットからだし、リリアに見せると、


「――ッ! こ、これって……あれ、嘘っ…… ちょ、ちょっと待ってください! いきなり婚約なんて……でもずっと一緒にいるし……あの……そ、その……まずはお付き合いからでも……」


顔を真っ赤にてゆでダコのようになったリリアは、指輪を見た途端テンパリ始め、枕を抱いてチラリとこちらを見て、やれ婚約だのお付き合いだの、訳の分からないことをほざいている。


――まさかこいつ、婚約指輪だとでも思ってるのか? だとしたらマヌケにも程があるだろ。確かに婚姻システムはあるが、あんなもの大してステータスは上がらないし、やろうとも思わない。


「おい、何勘違いしてやがる。これはMP補正のある指輪だ。回復要員のお前がつけるべきだろ。くだらない事考えてないでさっさと受け取れ」


大きくため息をつき、リリアに指輪を投げ渡した。

リリアはそれを聞いて、恥ずかしくなったのか、ベッドで布団にくるまり、なにやら暴れている。

こもった声で俺に対しての暴言が聞こえる気がするが、気のせいではないだろう。


そして、布団の中に俺の枕が引き込まれ、ボスボスと殴るような音も聞こえてくる。


「おい、いい加減に――」


「そうだ私これからトレーニングするつもりだったんだ。じゃあそういう事なので行きますね。指輪ありがとうございます」


「ドアくらい閉めやがれ」


俺が言いかけたタイミングで、勢いよく布団をめくり、赤い顔のまま早口でまくし立てたかと思うと、そのまま部屋を飛び出していってしまった。

シャワーを浴びた後にトレーニングする馬鹿がどこにいる。


リリアが飛び出した直後「クロードさんのばかぁぁぁっ」と言う、何ともマヌケな叫びが廊下に響いた。

馬鹿は自分だろうに。恥ずかしいやつだ。


1人になると、今日は紅茶ではなくコーヒーを注いだ。

寝るにはまだ早い。俺も後でトレーニングでもして、汗を流してから寝る事にしよう。


明日は5階層だ。それまでに出来ることはしておかないとな

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