1-7 クイズ対決

「エルフとドワーフは対立しているんですよね?」


「基本的にはそうだね」


 ロレーナの質問に、ユイトは頷いていた。


 あるがままの自然を愛するエルフと、金属や鉱物の加工を好むドワーフとは、なかなか相容れないところがあるのだ。


「そのエルフの女は特に差別感情が強くて、日頃からドワーフをやりこめる機会を探していた。馬車で嘔吐物を吐きかけられたことで、思う存分ドワーフの女に頭を下げさせられると思ったので笑った……というのはどうですか?」


「残念ながら、そういう暗い感情で笑ったわけじゃないね」


 そもそも今回のクイズは発想の柔軟さが求められるものである。その意味で、ロレーナの解答はひねりがなさ過ぎる。


「それでは、例外的にドワーフに寛容だったから、エルフの女は笑って許してあげたというのは?」


「いや、そのエルフの女性はむしろドワーフのことを嫌っていたよ」


 また彼女が浮かべたのは、あくまでも心からの笑顔だった。負の感情による笑顔や相手を思いやった作り笑顔などではない。


「実は吐きかけられたエルフと笑ったエルフは別人だった。二人は仲が悪かったので、一方がひどい目に遭ったのをもう一方が笑った……というのは?」


「面白い発想だね。でも、吐かれたのも笑ったのも同一人物だよ」


 今度のロレーナの答えも、負の感情による笑顔に該当してしまっていた。その方向には正解はないにもかかわらず、である。


「ちょっと考え方がずれてるからヒントをあげよう。実は吐かれた直後はエルフも怒っていたんだけど、ドワーフがあることを言った瞬間に笑ったんだ」


 今回もロレーナは種族に関する基本的な質問から回答に入った。


「ドワーフは採掘や鍛冶が得意なんでしたよね?」


「その通りだよ」


「そのドワーフの女は大量のきんを発掘した資産家だったんです。それで慰謝料を払うと言ったので、エルフの女は笑ったんです」


「うーん、違うなぁ」


 一応成立はしているが、別のシチュエーションでも成立しそうな答えである。このクイズならではの答えとは言いがたい。


 自覚はあったのか、ロレーナも今度はシチュエーションを考慮に入れてきた。


「吐いたのは馬車のせいではなかったというのはどうですか?」


「うんうん。そうやって固定観念を疑うのは大事だね」


 水平思考パズルやウミガメのスープの解法は、頭を柔らかくして考えることである。


「それで?」


「ドワーフはお酒が好きだと言いますよね? ドワーフが吐いたのは二日酔いのせいだったんですよ」


「……それで?」


「どこか嗅ぎ慣れた嘔吐物のにおいに、エルフの女は飲んだ酒の銘柄を確認しました。すると、やはりそのエルフが作った酒だったことが判明しました。つまり、エルフが笑ったのは、酒豪のドワーフが二日酔いになるくらい自分の酒を気に入ってくれたからだったんです」


「悪くない答えだね。正解にしてもいいくらいだ」


 ユイトがそう言うと、ロレーナは目を見開いた。ズボンの外に出していたら、尻尾を振るのが見られたかもしれない。


「惜しいんですか?」


「いや、僕が居合わせた状況とは全然違うんだけど」


「はぁ……」


 手の平を返すように全否定されて、ロレーナは呆気に取られたような溜息をつくような声を漏らしていた。


 ただユイトが「正解にしてもいい」と言ったのは慰めからではなかった。実際にあってもおかしくないシチュエーションだから、別解として認めてもいいと思ったのだ。


「ドワーフには他にどんな特徴がありますか?」


「体型がずんぐりむっくり。女性にもひげが生える。属性魔法より強化魔法の方が得意。属性魔法では火や土に適性がある…… こんなところかな」


 問題文に出てきたのはドワーフの女である。ロレーナはまずその点に注目していた。


「ドワーフだから、女性なのにひげに嘔吐物がついて……」


「ついて?」


「いえ、違いますね」


『ひげに嘔吐物がついた姿をエルフの女は笑った』というのも、負の感情による笑顔に該当すると気づいたのだろう。彼女は自分からボツにしていた。


「もしかして、エルフの女の方に何かが……」


 自然を愛する。属性魔法が得意。強化魔法は苦手。寿命が長い。金属でアレルギー反応を起こす…… そういったエルフの特徴を、ロレーナは思い出しているようだった。


 しかし、なかなか解答には繋がらなかった。


「どうする? 降参する?」


「もう少し考えてみます」


 そうは言ったものの、ロレーナは黙って考え込むようなことはしなかった。


 自分が答えあぐねたせいで、『勇者様』を退屈させてしまうことを憂慮したのだろう。こんな提案をしてきたのだった。


「私からもクイズを出してよろしいですか?」


「いいね。受けて立つよ」


 ここまで二問とも、ユイトが出題者でロレーナが解答者だった。一度立場を入れ替えてみるのも面白いだろう。


「私の子供の頃の話なんですけどね」


 そう前置きしてから、ロレーナは出題を始めるのだった。


「友達の家でみんなと遊んでから、自宅に帰ったあとのことでした。その友達の親が家に怒鳴り込んできたんです。『娘のバッグが盗まれた』と。

 ところが、全員の家を探してもバッグは見つかりませんでした。一体、バッグはどこに消えたんでしょうか?」


 帰宅後に発覚したと聞いて、ユイトは真っ先にその可能性を疑った。


「帰り道でどこかに隠してから家に帰ったとか」


「いいえ、親たちが調べ回ったけれど、どこにもなかったようです」


「そんなに目立つデザインだったの?」


「薄茶色で渋い感じでしたよ。でも、子供の行動範囲なんてたかが知れてますからね」


 ロレーナら容疑者たちの足取りは、被害者の家→帰り道→各々の自宅というシンプルなものだった。しかも、後ろの二つはすでに候補から消えている。


「犯人が被害者の家のどこかに隠していたっていうのは?」


「違いますね。親が自宅も調べたそうなので」


 ロレーナはすぐにそう否定した。クイズとして出すくらいだから、やはり常識的に思いつくような単純な答えではないようだ。


 ユイトは解答するのを一旦やめて、質問によって答えを絞り込んでいくことにする。


「この話、登場人物がウェアウルフというのは重要?」


「そうですね。他にも成り立つ種族はいるでしょうけど」


 ウェアウルフの特徴といえば、強化魔法が得意なこと。ニンニクや銀などに弱いこと。変身魔法で狼の姿になれること。変身前から狼風の耳や牙、尻尾が生えていること……


「もしかして、犯人の目的はバッグを盗むことじゃなかった?」


「ええ、そうです」


「ただバッグがなくなりさえすればよかった?」


「ええ」


 ロレーナは二度続けて頷く。これは大きなヒントだろう。


「それなら、。バッグのある場所は、犯人の体の中だったんだ」


 ユイトは確信を持ってそう答えた。


「バッグは薄茶色の総革のものだった。だから、犯人の子はバッグを隠したんじゃなくて食べたんだ。異世界にも遭難中に革靴を煮て食べたなんて話があったけど、ウェアウルフの顎と牙ならそのままでもいけるだろうからね」


「さすがですね。正解です」


 すぐに当てられてしまったにもかかわらず、ロレーナは大して悔しがっていなかった。むしろ、その逆のようにさえ見えた。


「硬さよりも味の方が辛かったみたいですね。なめすのに植物由来の薬を使ってあるせいか、肉というよりも木というか、ウイスキーコルクみたいな味がしたそうで」


「へー」


 見た目からなんとなくジャーキーのような味をイメージしていた。しかし、実際にはまったく違ったようだ。


「でも、なんで犯人の子はそんなことをしたの? その友達への嫌がらせ?」


「食べたのは本人ですよ」


 その可能性は想定していなかったから、ユイトは驚きに目を見張る。


「店で見た時は欲しくて仕方なかったけれど、あとでプレゼントしてもらった時にはもう熱が冷めていたようなんです。ただ高いものだったから使わないと親に怒られる。かといって、捨てたり失くしたりしたことにしたらやっぱり怒られる。

 だから、友達に盗まれたことにして、バッグを食べて処分したそうです。まさか親がそこまで本格的に犯人捜しをするとは思ってなかったみたいですね」


 ロレーナは苦笑を浮かべながらそう解説した。


 容疑者の一人として、彼女も疑われたのだろう。友人の親はもちろん、自分の親にも信じてもらえなかったのかもしれない。だから、窃盗事件が苦い思い出になってしまっているのではないか。


「もしかして、このことがきっかけで憲兵になったの?」


「……どうでしょう。関係あるような、ないような」


 曖昧な答え方は、本当に無関係なせいなのか、それとも照れくさいせいなのか。ユイトには判別がつかなかった。


「それで、その若さで異種族の事件を任されるまでになった、と」


「面倒事を押しつけられただけという気がしますけどね」


 今度は完全に照れたらしい。ロレーナは誤魔化すように微苦笑を浮かべていた。


 そんな風にして、二人が互いにクイズを出し合っている間にも、馬車は順調に行路を進んでいたようだ。


 ようやく中継地となるバーナの街が見えてきたのである。


 地方とはいえ、国境近くに位置する街である。人の出入りが盛んなために、活気に満ちて賑やかだった。しかし、その一方で、どこか落ち着かないような雰囲気も漂わせていた。


 ユイトたちの到着を待っていたらしい。街の入り口には、一台の馬車が停まっていた。


 そして、そのそばに男たちが立っているのも見えた。


「あの二人が、トランシール公国との外交を担当している主な人間です。彼らに依頼して、入国の段取りをつけてもらいました」


 馬車から降りる前に、ロレーナはそう説明した。


 念のため、ユイトも確認しておくことにする。


「トランシールと外交関係にあるのは、異種族ではほぼ人間だけだったね」


「その通りです」


 ヴァンパイアの国は、同族の国が相手なら一応交流を持っている。だが、異種族が相手となると、交流があるのは付近の人間の国――それも最寄りの街だけにほぼ限定されているのだった。


「そのため、トランシールと関係の深い彼らは、当然今回の事件の容疑者でもあります」

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