第8話・元王妃は辺境伯領で教師始めました
「ラルゴさん。今日は子供達のルドラード工芸見学を受け入れて下さってありがとうございます」
「妃で……。あ、いやあ、ベル先生。学び舎の皆さんお待ちしておりました」
クランベルが頭を下げると、工芸館の外に出て彼らを出迎えた熊獣人のラルゴは、「妃殿下」と、言いかけたのを慌てて言い直した。
あれからクランベルは、王妃クランベルとしてではなく、一般市民のベルとして生きて行くことを決めた。その為、ライアンを始め、転移してきた時にお世話になった獣人達に「ベル」と、呼んで欲しいとお願いしていた。
「皆さん、ご挨拶しましょう。よろしくお願いします」
「よろしくおねがいしまーす」
クランベルに引率されてきた12名ほどの子供達は、彼女に習ってラルゴに頭を下げた。獣人や人間の子供達は初めての校外学習とあってこの日を楽しむにしていた。子供達の後ろにはバンやミーシャが付き添っている。
今日はルドラード辺境伯領にある、学び舎で勉強を学んでいる子供達の校外学習の日で、「ルドラード工芸館」を訪れていた。学び舎では初めての試みだ。
この地では三方を山に囲まれ、目の前に海が広がる地形から、以前は農耕よりも狩猟や漁業が主流だったらしい。それが後になってこの地に移り住んだ者に農耕関係者が多く、彼らが土を耕し農地を広げていってくれたおかげで、クランベルが転移してこの地に来たときには、広い平野となっていた。
貝殻を用いた工芸品は昔からあったらしいが、職人が高齢で次代を継ぐ者がいなく難儀していた所、熊の獣人ラルゴが興味を持った。
彼はクランベルが処刑されそうになっていたのを、獣化して助けてくれたテトロの仲間の熊獣人の一人で、クランベルと知り合う前からここに住んでいて、ルドラード工芸に魅せられたのだと言う。
畑を耕す傍ら先代の職人の元へ通い続けて10年。ようやく夢かなって職人入りし、今では工芸館の所長を勤めている。農業と兼業らしい。
それを伝え聞いたクランベルは、子供達にもこの工芸の素晴らしさを伝え、次の世代にも繋げていけるようにしてはどうかとライアンに提案していた。その結果、工芸館見学が叶うこととなった。
工芸館の中から若い女性職員が出て来た。受付窓口担当の女性のようだ。
「皆さん、ようこそルドラード工芸館へ。私はここの職員のメルと申します。皆さんのご案内をさせて頂きます。皆さんは後に続いてきて下さいね」
「はーい。よろしくおねがいしまーす」
子供達は初めての校外見学と言うことで、どきどきそわそわしている。クランベルはそれを微笑ましく思いながら注意を促した。
「さあ、皆さん。二列に並んでゆっくり見学しましょうね。中では職人さん達が作業をされているので、その邪魔をしないように静かにね」
「はーい。先生」
「では参りましょう」
メルと名乗った女性の後に子供達が続く。その後に続くクランベルにテトロが話しかけてきた。
「ベルさまもだいぶ、ここでの生活に慣れたのではないですか? 以前からここに住んでいるような感じがしますね」
「そう? まだここに来て一年ぐらいだけど、そう言ってもらえると嬉しいわ。ライアンさまのご厚意で仕事を頂けたけど、学び舎の先生なんて始め出来るかどうか不安だったわ」
「天職ではないですか? ライアンさまから、子供達はベル先生が来て喜んでいると聞きましたよ」
「そうかしら? でもブルアンには負けているわ」
「ブルアンさんですか?」
「ええ。子供達はブルアンの作る昼食狙いで学び舎に来ているのよ。今日もね、校外学習の為に持たされたサンドイッチが早く食べたくて仕方ないはずよ」
「それは強敵だ。美人のベル先生でも敵わないわけだ」
「まあ。テトロさんは、腕の良い職人さんと言うだけではなくて、口も上手いのね」
「こりゃあ、まいったな」
二人で顔を見合わせて笑う。クランベルは現在、領主館で暮らしている。そこでは実は一階を6歳~18歳までの子供達を集めた学び舎として開放していて、今後の生活をどうしようかと悩んでいたクランベルに、学び舎の教師にならないかと、勧めたのがライアンだった。
クランベルの受け持ちのクラスは、その中でも年少の6歳~8歳までの子を集めたクラス。今まで担当していた教師が妊娠して退職するので、クランベルにどうかという話だった。
教師なんて経験のない自分に出来るかどうかと不安に思ったクランベルだったが、では他に何がやれるかとなると思いつくものもない。ライアンから教科書は用意してあるので、子供達に分かりやすく、説明してくれればいいと言われ、やってみることにした。
クランベルに同行したバン達、使用人も雇用してもらった。ブルアンは領主館の料理人として、ミーシャは侍女、コマは庭師と用務員、バンは執事及びクランベルの受け持つクラスの副担任となった。その為、皆で領主館の住人となっている。
領主館は三階に主人のライアンと、バン達使用人の部屋を含むクランベルの部屋があり、二階は他の使用人や教師達が住んでいた。皆、人間だったり、獣人だったりして人種は様々だが、共有スペースのリビングや、食堂で顔を合せると和気あいあいとしていた。
それはルドラード辺境伯領内にも通じていた。ここには、亡きロマ前陛下が目指したであろう理想郷がある。人間と獣人が仲良く暮らせる国。いつかはこの国もそのような未来が描けるだろうかと、クランベルは希望を抱いていた。
「それにしても繊細な細工ね。皆さん、凄いわ」
「この貝殻の真珠のような輝きを放っている部分を、いかに薄く削るかに皆、神経を尖らせていますよ」
工芸館にラルゴと入ると、職人達が貝殻を削っていた。それを見て感心していると、犬の耳をした生徒の男の子が「せんせい」とやってきた。このクラスでは一番年少の子だ。
「なあに?」
「いっしょにみようよ」
そう言って可愛い小さな手を差し出してくる。犬の獣人の子は人懐こい。手を繋ぐと周囲から「あ、ずるい~」と、声が上がった。
「ベルせんせいはみんなのものだよ。ぬけがけはだめだよ」
不満の声が上がって苦笑するしかない。先に手を繋いだ子は泣きそうな顔をしているので、クランベルは言った。
「じゃあ、皆と順番にね。順番に手を繋ぐから」
それで勘弁して欲しいと思っていると、クランベルと手を繋ぐための列が出来た。
「ベル先生、大人気ではないですか?」
良かったですね。と、ラルゴは笑い、後ろを見て顔色を変えた。
「どうしたの? ラルゴさん?」
「あ。いやあ。番犬さんが……」
「番犬?」
彼の視線を追って振り返ると、燕尾服で微笑むバンしかいない。バンは女の子二人と手を繋いでいた。こちらもさっそく言い寄られていたようだ。何だか面白くない気がして、クランベルは先を急いだ。
「人気者は辛いですよねぇ」
ラルゴは同情したように苦笑を浮かべていた。見学を終えると、工芸館の庭を借りて昼食となった。子供達と大きな一つの輪を作り、ミーシャが持参した敷物をバンと広げていると、「バンせんせい。てつだう」と、女の子達が群がった。
「バンは人気者ね」
「無自覚たらしですよね」
彼らをみやってクランベルが思わず零せば、ミーシャが呆れたように言う。
帝国でも彼は異性の関心を惹いた。彼はクランベルの側に影のように張り付いているので、そこから余計な嫉妬や妬みを買った事がある。
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