第2話・貶められてきた先住民



 数時間後。クランベルは牢屋の中にいた。


あの後、王宮に連行されたのだ。事情聴取もなく王宮にあるかび臭い地下牢に収容された。ゴツゴツした岩がむき出しの壁に、鉄格子を打ち付けた岩屋のような場所。足下をゴキブリやネズミがちょろちょろと這い回っていても、おかしくないような薄汚れた所だった。


 愛する側妃を殺害された男の怒りは、尋常では無かったらしい。


 三日後には断頭台で処刑することが決まっていると、牢番から告げられた時には、あまりの衝撃と理不尽さに、心臓が止まるかと思ったくらいだ。


 国王イオバとは政略結婚で、そこに特別な想いがなくとも夫婦になるのだから、お互い仲良くやっていきたいと願っていた。だが、イオバは違った。彼には不満でしかなかったようだ。クランベルとの婚姻は、前国王陛下の遺言によるもので、彼の戴冠の条件にあげられていた。つまり彼は嫌でもクランベルと婚姻しないと、王にはなれなかったのだ。


 ロマ前国王陛下は、イオバにとって大伯父にあたる。前国王は生涯独身でいた為、弟の孫であるイオバを早くから後継者に定めていた。イオバとしては、自分の意思に関係なく、勝手に婚姻相手が決められていたことに納得がいかなかったようで、クランベルに冷たく当たり、心を開くことはなかった。


 夫とは嫁いで来た日から別居となったが、クランベルにとって、離宮での暮らしはそう悪いものでも無かった。幼い頃からイモーレル国に嫁ぐ為に、朝から晩までマナーや言語、勉強のスケジュールに追われて、自由がなかった彼女である。それが離宮では何もしなくて良いと、陛下のお墨付きで放置されている。

 それを良い事に、ミーシャ達4人と好きなように伸び伸びと暮らしてきた。お飾り王妃最高!なんて罰当たりなことを思っていたせいだろうか? このようにえん罪をかけられて罪人として、処刑されることになるとは想いもしなかった。


「あなた様はよほど嫌われていなさったようだ……」


 事情を知らないはずの、老いた牢番が眉毛を下げる。牢番は老婆だった。額に皺を濃く刻む彼女の白髪頭の上に立つ、三角形の耳が同情したように垂れた。その右耳は上部が欠け、左頬には目元から顎にかけて、大きな切り傷の痕が走っている。その牢番とは初対面のはずなのに、初めて会った気がしなかった。


「あなたは猫獣人なの?」

「わしのような者に、妃殿下は興味がおありで?」


 質問すれば、逆に質問が返ってくる。老婆の背で2本の尾が揺れていた。猫獣人のようだが、尾が二つに割れているなんて珍しい。尾が二つに割れるのは魔力持ちだと聞いた覚えがある。主に獣人達は獣化することはあっても、魔力を持つ事は稀だと聞いていた。


 このイモーレル国では、獣人は蔑まれている。


 それはクランベルが使用人として、自国から同行させた獣人達4名を紹介した時の、王宮の者らの表情や態度で知れた。皆が「獣人なんて汚らわしい」と、露骨に嫌悪を示したのだ。その態度でこの国では、獣人は良く思われてないのだと知ることになった。

 老婆にしてみれば、獣人とみると汚らわしいと吐き捨てる人間の中で、好意的に見る者の方が珍しいのだろう。


クランベルは、苦笑した。


「私はシオーマ帝国出身よ。シオーマ帝国では、獣人達の興したエルド国とは友好国で、あなたのような方々とも交流があるし、人種問わず結婚だってしている。逆にどうしてこのイモーレル国では、悪く言って蔑むのか分からないわ」


 この国では蔑まれている獣人達だが、海を越えた大陸には獣人の国エルドが存在する。クランベル自身は、実際にその国を訪れた事はない。交易関係で訪れた事のある祖父や、父から聞いたくらいだが、シオーマ帝国とそう変わらない生活水準で、エルド国の獣人達は生活しているらしい。人間にも好意的だと聞く。


  実際、クランベルに仕えてくれている豹獣人である侍女兼護衛のミーシャや、熊獣人で料理人のブルアン、庭師のウサギ獣人のコマは、祖父に能力を買われて、ミデッチ家に雇われた有能なメンバーだ。


 帝国一の大富豪貴族であるミデッチ家は、祖先が一商人から身を起こした異例の貴族。生まれながらの貴族でありながら、どこか商人気質を持ち合わせている祖父は、実力重視で有能な者なら、身分も人種も関係なく採用し扱った。その祖父の元、育てられてきたクランベルには、なぜこの国が獣人を厭うのか分からなかった。


「この国は特殊なのさ。妃殿下はその昔、この国に先住民がいたことはご存じで?」

「先住民? 初めて聞いたわ。どのような人達だったのかしら?」


 物心ついた時から「お前はイモーレル国に嫁ぐのだ」と、祖父から数名の高名な家庭教師を付けられて、勉強をさせられてきたが、そのような事は習った覚えがない。

首を傾げると、余計なことを言ってしまったと思ったのだろう。老婆は頭を掻いていた。


「先住民達がいた時代は、聖獣さまが治める聖都と呼ばれる高度な文明都市を築いていたとか。独自の文化を持っていて、宮殿や街並みは、目が眩むような黄金で作られて大層、栄えていたそうで。それがある日、突然失われたそうな」

「まあ、なぜ? どうして失われたの? 病気や災害でもあったのかしら?」

「いいや。大陸から新天地を求めてやって来た者達に襲われて、根こそぎ奪われてしまったのさ」

「もしかして、それがイモーレル人?」


 大陸から新天地を求めてやって来た者と聞いて、イモーレル人ではないかと推測すると、老婆は頷いた。


「彼らは先住民達の暮らしを妬み、それを奪った。火矢をかけて襲い、逃げ惑う彼らから財産を奪い、抵抗した者は惨殺し、降伏した者は奴隷に貶めた」

「……!」

「そのことをこの国の人達は知っているの?」

「恐らく人間達は知らないのでは? わしらは皆、昔語りで親から聞かせられて育つので、知っていて当然ですがね」


 老婆の「人間達」と、言う言葉から、先住民の人種について頭を過ぎったものがあった。


「先住民って、あなた方獣人達の祖先なのね?」

「はい」


 帝国でも武力によって、他の国を侵略した歴史がある。敗戦した国は、勝利者側の国の要求を飲むしか無い。その為に犠牲になる民は多い。致し方のないことなのかも知れないが、聞いていて気持ちの良い話では無かった。

老婆は、遠くを望むような目をして言った。


「わしの若い頃は、イモーレル人の娯楽として闘技場があった。わしら獣人達は皆、見世物にされて命かけて闘いをさせられてきたものでさ。観客の奴らは興奮してどちらが勝つか、大金をかけて勝負の行方を見守った。わしらはどちらか一方が命を落とすまで戦わせられる。そのせいで多くの獣人が死んだ。当時王太子であった前ロマ前陛下が非人道的だとして、獣人闘技場の閉鎖と、獣人奴隷の自由解放を命じて下さらなければ、わしもこうして生き残れたかどうか──」

「……! もしかしてあなたの耳とその頬の傷は、その闘技場で闘っていた時の……?」


 老婆の頬や、欠けた耳は痛々しく感じられた。ここで亡きロマ前陛下の名が出て来るとは思わなかった。ロマ前陛下は、現国王イオバの大伯父で、イオバとクランベルの婚姻を義務づけた人物だ。


「この国では獣人の命なんて軽い。ロマ前陛下のおかげで危険な獣人闘技はなくなったが、わしら獣人の待遇はあまり良くない」

「ごめんなさい。私はあなた方に何もしてあげられなくて……」


 謝罪の声が小さくなった。とても歯がゆく感じられた。憤りを感じても何の力もない自分を恥じた。お飾りの自分ではやれることが限られた。

唇を噛みしめることしか出来なかった。


「あなた様のせいじゃない。もともとこの国が犯してきた罪だ。ロマ前陛下の父親の代まで、この国の獣人達は、人間達の欲求を満たす為だけに飼い殺されてきた。それが当たり前の世の中だった。奴らは死や流血が好きだ。この国はどこか狂っている」


 過去の話とはいっても、吐き捨てるように告げられた生き証人からの言葉には重みがあった。例え、王妃が何かしようとしても、この国はそう簡単には変われることなどない。と、老婆は言ったが、クランベルにはそれが、「あなたを頼っても何も変わりはしない」と、突き放されたように感じられた。

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