貴方、恋愛に興味が無いって言ってましたよね!?密かに想いを寄せていた幼馴染が、何故か私の好きな人を暴こうと迫ってくるのですが。

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恋の魔法は使用禁止です!

 

「自分を好いている人が分かる魔法ですって!?」

「しっ、他の奴に聞かれたらどうするんだよアイリーン!」

「むぐっ!?」


 私の口を勢いよく塞いできたのは、魔導師のジョセフだ。彼は勤め先である魔導研究所の同僚であり、魔導学校アカデミー時代からの幼馴染でもある。



「貴方まさか、その魔法のせいでここに来るのが遅くなったんじゃ……」

「え? い、いや。そんなことは……」


 今私たちがいるのは、王族主催で開かれたパーティ会場だ。絶対に遅刻しないよう言っておいたのに、この男はすっかり忘れていたみたい。



「時間ギリギリでやってきたかと思えば、新しい魔法を開発したって……私がお願いしたことは忘れちゃったのかしら?」

「今日のパーティはアイリーンのパートナーとして出席するんだろ? わ、分かってるってば……」


 そういうジョセフの姿を見て、私は嘆息する。


 服はローブのまんまだし、走って来たのか金髪頭もボッサボサ。

 研究所で支給されているローブは正装だからダメというわけではないけれど、貴族も参加するこのパーティではかなり浮いていた。



「ジョセフ?」

「――そ、それよりも凄い魔法だろう? 次の魔法学会で発表すれば、所長や他の研究員たちが腰を抜かすぞ!?」


 青い瞳を揺らしながら、わざとらしく話を逸らそうとするジョセフ。



 ――はぁ。まったく、この魔法バカは……。


 ジョセフは昔っから研究一筋で、魔法について考え出すと他のことが目に入らなくなる悪い癖がある。


 身嗜みをちゃんとすればカッコイイのに、お洒落には無頓着。コミュニケーションも不器用で、いつまで経っても下っ端研究員のまま。挙句の果てには、他の同僚から“魔法狂いのジョセフ”と揶揄からかわれる始末なのだ。


 かたや私は田舎貴族の出身というだけで昇進。彼の上司となってしまった。



 それが私にとって、すごく腹立たしい。彼の素晴らしさを、他の人たちにもちゃんと分かって欲しい。


 なのに当のジョセフはマイペースだし、魔法の研究ばっかりしていて直そうともしてくれない。かといって私が何かを指摘すると、どうしても喧嘩になってしまうし……。


 うぅ、本当はジョセフの事が好きなのに、これじゃ嫌われる一方だわ。



「あ、その顔は信じていないな!? たしかにまだ実験は成功していないが……」

「そうじゃないわよ。ねぇ、ここがどこなのか本当に分かっているの? このパーティには貴族様も来ているんだから、キチンとしなさいよ!」


 私はドレスの端を持ってクルッと回ってみせる。するとジョセフは目を丸くさせながら見つめてきた。


 どうかしら、今日のために新しく買ったドレスなのよ?



 私の言いたいことに気付いたのか、彼は苦笑を浮かべて言った。



「君は貴族出身かもしれないけれど、僕は平民だから……それよりも僕の魔法を見てくれ。חקירה קסם我に愛を!」

「あっ、ちょっと!?」


 ジョセフは私が制止する前に胸ポケットから短杖を取り出し、“自身を好きな人を探す魔法”とやらを発動してしまった。



 マズイわ。このままじゃ、私がジョセフのことを好きだとバレてしまう!?


 だけど発動してしまった魔法を無かったことにはできない。すでに短い起動呪文を唱え終わっており、彼の杖の先から一筋の煙が現れた。



「見ろ! 数字の二十が出たぞ! この会場に僕を好きな人物が、二十人もいる!」

「え……に、じゅう……?」


 ジョセフのセリフに耳を疑った。だけど目の前に浮かぶ数字は紛れもなく、二十だ。ぐるっと裏から見てみても、横から見ても二十となっている。十の二倍。十二でも、二と十でもない。



 私の他に、この魔法バカを好きな人がいるですって!?


 そ、そんなことがあるわけないじゃない。だってジョセフは、魔法以外はてんでダメで……いつも一人でいることが多いし……これはきっと、何かの間違いだわ!


 それも二十なんて、有り得ない数字だ。彼を狙う女がこんなにもいると想像しただけで、頭に血が上りそうになる。



 理性を失い掛けている私をよそに、ジョセフは顔を上気させ、会場の女性たちを見てはしゃいでいる。



「この煙が流れていく先に運命の女性がいるはずだ……あそこでワインを飲んでいる美しい御令嬢かな、それとも向こうで談笑をしているマダムかな?」

「……嘘よ」

「え? 何か言ったかい?」


 握りしめた拳をわなわなと震わせながら、目の前のおバカに現実を教えてやることにする。



「貴方を好きな女性なんているわけがないでしょう!? だいたいねぇ、あの御令嬢はジョセフより頼りがいのあるイケメンの騎士様と婚約したばかりだし、あのマダムは女性が好きなの!」

「ちょ、ちょっとアイリーン? 急にどうしたんだよ!?」

「この際だから、結婚適齢期の“け”の字も知らない貴方に教えてあげるわよ。私ぐらいの年齢の女ならねぇ、決まった結婚相手がいるのが当たり前なの!!」


 はぁ、はぁと荒くなった息を吐きながらジョセフを睨みつける。


 きっと今の私は涙目だ。何が悲しくて独り身でいなきゃいけないのよ。こんな奴なんて放っておいて、さっさと別の男性と婚約してしまえば良かった。



 そんな私の気持ちなんてちっとも知らずに、勝手に失恋したジョセフはガックリと肩を落としていた。



「なんてことだ……ならこの数字はいったい何なんだ……」

「そ、それは……魔法に欠陥があったんじゃないの!? そうよ、そうに違いないわ!」

「そんなわけがない! 僕の魔法理論は完璧だったはずだ!」

「さぁて、どうかしらねぇ~? だいたい普段から滅多に女性と会話もしないのに、ジョセフを好きになる人がいるなんておかしいじゃない」


 言われたことが図星だったのか、ぐぬぬと悔しそうに歯ぎしりをするジョセフ。裏を返せば、いつも話している私なら可能性があるわよ!……と暗に言っているのだけど、この男はちっとも気付かない。



「じゃあアイリーンも使ってみろよ!」

「え……?」

「僕の魔法が間違ってるって言うなら、アイリーンも使ってみれば良い。その結果がおかしかったら、僕も非を認めようじゃないか」


 良いことを思い付いたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべるジョセフ。


 一発殴ってやろうかとも思ったけれど、それこそコイツの思う壺だろう。この男は自分の魔法を否定されるのが一番嫌なのだ。それこそ、自分がモテないと認めることよりも。



「わ、分かったわよ。そんなに言うならやってやろうじゃないの……חקירה קסם我に愛を


 こちらはジョセフとは違って丸腰のドレス姿だ。彼の短杖をひったくると、さっき言っていた発動呪文をそのまま真似してみる。


 ジョセフほどではないけれど、私も魔導研究員の端くれだ。何の問題もなく魔法は発動し、短杖から煙がもくもくと出現した。



「む、さすがはアイリーン。一発で成功させるとは……お、おおっ!?」

「ほ、ホントに……?」


 私もジョセフも、煙が形作った数字を見て目を瞠った。



「ひ、ひとりいる……!!」


 立ち昇った煙が表しているのは、数字のイチだ。つまり、この会場の中に私を好いている人が一人いるという事だ。



「ふ、ふふっ。うふふふっ!! ほぉら、良く見なさいよジョセフ。まだまだ私も捨てたもんじゃないってことね!」


 自分でも予想しなかった結果に、胸から湧きあがる喜びを隠せない。行き遅れ女だと馬鹿にされていても、ちゃんと見てくれている人がこの世にいただなんて。恋愛のアプローチなんてされたことがないから、そんな男性がいたなんて気付きもしなかったわ。


 うふふ。そんな恥ずかしがり屋さんは、どこのどちら様なのかしら?



 素敵な男性像を脳裏に思い描いていると、今度はジョセフが眉間に皺を寄せて難しい顔になっている。私が出した魔法の結果に、何やら不満があるらしい。



「ちょっと、どうしたのよジョセフ? 悔しいからって黙ることないじゃない」

「いや、ちょっと自分でも何かおかしいなと思って……」

「なによ、私にも好かれている人がいたことに不満があるってわけ? 良いわよ、別に。せいぜい貴方は、その魔法で二十人の女たちを探していればいいじゃない」

「あっ、ちょっとどこへ行くんだよ!?」


 これ以上この朴念仁を相手にしていたら、いつまで経っても私は幸せになんかなれないわ。


 私はその場から離れ、魔法が指し示していた方向へと歩き出した。




 ◆


「さぁて、いったい誰が私を好きなのかしら?」


 パーティ会場は広く、ダンスホールでは恋人同士と思われる男女が楽しそうにステップを踏んでいる。



「みんな幸せそうな顔をしちゃって……ううっ、羨ましい」


 私もあんな風に華やかな舞台で踊ってみたかったわ。もっとも、あの鈍くさいジョセフがダンスを踊れるとは思えないけれど。



「ふぅ。いやね、せっかくのパーティなんだから、楽しまなきゃ損だわ」


 ダンスホールを背にした私は、食事スペースへお酒を取りに行くことにする。こうなったらとことん飲んでやろうじゃないの。


 そんなやさぐれた私に、一人の恰幅の良い男性が近付いてきた。



「おお、アイリーン君。今日は一段と美しいな」

「あら、副所長。ごきげんよう……副所長も……相変わらず胸元の勲章が輝かしいですね」

「はっはっは、まぁな! っと、なにもグラスを持っていないじゃないか? ほら、飲むといい」

「あ、ありがとうございます……」


 彼は魔導研究所の副所長であるブライアンさんだ。所長のような平民からの叩き上げとは違って、彼は貴族だ。侯爵家の権威を利用することで、その座に収まっている。


 赤ワインの入ったグラスを私に手渡すと、大きなお腹を揺らしながら機嫌が良さそうに笑いかけてきた。


 思っても無いことを――と思うけれど、これが貴族なのだ。本音を隠し、虚飾の言葉で腹を探り合う。そんなやり取りが嫌で、貴族籍から抜けたというのに……。



 少しうんざりしながらも、視線を気取られないように副所長の姿を観察する。


 ジョセフと違って、彼の着ている服装は高級な生地で仕立てたものだと分かる。


 そして胸元には勲章のバッジが何個も付けられている。このバッジは魔導師としての功績を示すもので、栄誉なことではあるのだけれど……なんていうか、ちょっと過剰なのよね。


 百年に一度の天才魔導師とうたわれている所長ですら、ここまで大げさにひけらかさないのに。



 とはいえ、そうしたくなる気持ちも理解できる。ブライアンさんは所長の座を虎視眈々と狙っているというから、こういった社交場は自身をアピールする絶好の機会なのでしょうね。



「どうしたんだね? 君ほどの可憐な花が、こんな会場の隅っこで独り寂しく咲いているだなんて。まさか、ダンスのパートナーがいないのか?」

「え、えぇ。残念ながら……」

「ふむ、我が研究所の男共は見る目がない者ばかりだな」

「は、はは……」


 上司として一応は敬っているけれど……私、この人がちょっと苦手だ。


 言うことが一々キザったらしいというか、言葉の節々に人を見下しているのが垣間見えてしまう。平民の署長や研究員の愚痴をいつも大声で話しているし。



「おぉ、そうだ。今から私と少し付き合ってくれないかね? 優秀な君に、今後の仕事のことで話したいことがある」

「……え? どこに行くんですか!?」

「ここはマズい。他の人には聞かせられない用件でね」


 空いていた左手を取られ、そのままブライアンさんと一緒に会場を出た。仕事の話なら……仕方ないわよね。


 視界の端に見えたジョセフは誰かと会話しているようだった。だけど副所長は強引に私の手を引っ張るので、声も掛けられない。


 小さく溜め息を吐きつつ、大人しくついていくことにする。



 目的地は会場のある建物内のようだ。人気ひとけの少ない廊下を幾つか抜けていく。


 そうして連れてこられたのは、粗末なベッドしかない、ただの空き部屋だった。



「さて……あとは二人きりでパーティを楽しもうか」

「はい? いったい何を言って……キャア!? ちょっと、やめてください!!」


 ブライアンさんは唐突に私の肩を両手で掴んだ。密着したせいで、酒臭い息が私の顔にむわりとかかる。


 払いのけようとしても、ひ弱な女の魔導師である私では敵わない。そのままベッドの上に押し倒されてしまった。



「副所長っ、もしかして酔っ払っているんですか。これ以上は冗談じゃ済みませんよ!?」

「あん? なんだ、まだ気が付いていないのか?」

「――まさか、既成事実を作って私を手籠めにする気ですか!?」


 必死に逃げようとしても、太った巨躯で押さえ込まれたせいで身動きが取れない。


 その様子を見たブライアンさんはニタリと笑みを浮かべた。あまり醜悪さに、全身の肌が一斉に粟立あわだった。



「こんなことをして、タダで済むとでも思っているんですか!?」

「んん? 私を脅すつもりかね。生憎と私も貴族だ。それも君の実家より遥かに格上。まさか、貴族の慣習を忘れたなんて言わないよな?」

「私は実家を離れた身です!!」

「それでも貴族の血を無かったことにはできないぞ、アイリーン。恨むのなら私ではなく、貴族に産んだ親を恨みたまえ」



 ――こ、この外道めっ。


 悔しいけれど、言っていることはこの人にがある。


 独身貴族の男女がパーティ会場から抜け出して密室に行ったとあれば、そういう関係なのだと疑われても仕方がない。私が反論したところで、立場が全て上の副所長には敵わない。


 職場では副所長室に呼ばれることが普通にあったからって、警戒もせずについていったのは失敗だったわ。こんな状況じゃ、誰も助けてくれやしないじゃないの……。



「職場では鼻に付く女だと思っていたが、こうしてみると中々に良いものだな……クク、可愛がってやろう」


 ブクブクに太った指が私の頬を撫でる。そしてそのまま服の方へと下りていく。


 あまりの嫌悪感に、魔法でもぶち込んでやりたくなるが……残念ながら、魔法発動用の杖を持ってきていない。


 こんなことになるのなら、ドレスなんて着て来なきゃ良かった。悔しさと恐怖で涙が溢れてくる。せっかく不慣れなお化粧を頑張ったのに、涙でどんどん滲んでいく。



「クハハ、存分に泣き叫ぶがいい。認識阻害の魔法を部屋に展開してあるからな。それに抵抗された方が、私も興奮するのでね……」

「ひっ……!!」


 現実から逃げるようにギュッと目を閉じる。



 ――その時、私に圧し掛かっていたブライアンが消えた。



「アイリーン!! 大丈夫か!?」


 おそるおそる目蓋を開く。そこにいたのは手に短杖を持ったジョセフだった。


 視界の端では壁に衝突したブライアンがずるずると床に落ちていく。どうやらジョセフが魔法で吹き飛ばしたらしい。



「ど、どうしてジョセフがここに……!? パーティーはどうしたのよ!?」

「アイリーンが会場にいないから、心配になって探しに来たんだよ。そうしたらまさか、副所長がこんなことをしていたなんて……」

「私を探して……ありがとう、ジョセフ」


 震えた声でお礼を言う。恐怖で腰が抜けてしまい、一人では立てそうにない。ジョセフに差し出された手を支えにして、どうにかベッドから抜け出した。



「君はもう少し女としての自覚を持ってくれ。もう少し遅ければどうなっていたことか……」

「うぅ……ごめんなさい……」

「謝らなくていい。……それよりも、早くその服を直してくれないかな」


 顔を真っ赤にさせたジョセフは私に背を向けた。


 何を言われたのか分からずキョトンとするも、自分の服を見下ろしてビックリ。着ていたドレスは乱れ、肌が見えてしまっていた。



「ご、ごめんなさい。見苦しいものを……」

「いや眼福……じゃなかった、気にしないで!」


 ジョセフが気絶したブライアンを魔法の縄で縛っている間に、私はいそいそと身嗜みを整える。



 ――どうしよう。こんな状況なのに、心配してくれたことが嬉しい。


 それに私を女だと意識してくれるだなんて。さっき私を庇ってくれた時のジョセフはすごく男らしかったし、まるで物語に出てくる英雄のようで……あれ?


 と、そこである事に気が付いた。



「ねぇ、ジョセフ。そういえば、どうして私がここにいるって分かったの?」


 ブライアンは私の居場所が分からないように、この部屋へ認識阻害の魔法を掛けたと言っていたはずだ。


 私がそう訊ねると、ジョセフは少しバツが悪そうな表情で頭を掻いた。



「さっきアイリーンに教えたアレ……実は自分に悪意を持つ人物をサーチする魔法だったみたいなんだ」

「悪意のある人物を……?」


 ええっと、自分に好意を持つ人間を探す魔法ではない?


 まさか、あの魔法が示した一人って、副所長のことだったの!?



「君が去った後に、所長へ実演して見せたんだよ。そうしたら、幾つか根本的な間違いを指摘されちゃってね」


 所長はジョセフが見せた魔法をその場で解析し、問題点を教えてくれたらしい。たしかに魔法に関して本物の天才であるあの人なら、そんな無茶も簡単にやってのけるだろう。



「だからそれを少し弄って、今度は自分の好きな人を探す魔法に改編したんだ。それで君がこの部屋に居るって分かって、襲われかけていたから慌てて止めに入って……」

「ちょ、ちょっと待って? 自分を好きな人を探す魔法!? つまりそれって……」


 ビックリして、思わず声が上擦ってしまった。だけど、これってそういうことよね? ジョセフはその魔法を使って、私を見つけ出した。それはつまり……。


 今度は耳まで赤く染めたジョセフは、私の目を真っ直ぐ見つめて頷いた。



「アイリーン、好きだ。出逢った時から、僕は君をずっと想い続けてきた」


 まるで時が止まったかのような感覚。心臓の鼓動すら聞こえないほどの静寂。僅か数秒にも満たない間で、私の胸中に歓喜が沸き上がった。


 ――って、待つのよ私。雰囲気に流されちゃ駄目よ。いくらなんでも、そんな都合の良い話があるわけがないじゃない。



「う、嘘よ!! そんな素振りなんて、貴方は今までちっとも見せてこなかったじゃない!」


 そうだ。こんな幸せなことが起きるなんて有り得ないわ。


 きっと私が酷い目に遭ったからって、今だけ優しくしてくれているだけ。そうじゃなきゃ、こんな売れ残りの私なんて誰も相手にしないもの……。



 するとジョセフは懐から小さな箱を取り出した。中には銀色に輝く指輪が入っている。彼はその指輪を手に取り、私に差し出した。



「嘘なんかじゃない。僕はたしかに君を愛してる」

「ゆっ、ゆゆゆ指輪!?」

「僕は平民で、君は貴族出身だったから。何か功績を残して、どうしても君に相応ふさわしい男になりたかったんだよ。だけど僕が至らないせいで、君を何年も待たせてしまったけれど……」


 頬をポリポリと掻きながら苦笑いをするジョセフ。どうやら冗談ではなさそうだ。



「じゃ、じゃあ……!?」

「給料を貯めて、告白をする準備だけは続けてきたんだ。……どうだろう。こんな不甲斐ない僕だけど、奥さんになってくれないかな?」


 ジョセフの言葉を聞いている内に、私の涙腺が決壊した。



「馬鹿……告白どころか、それはもうプロポーズじゃないの」


 そんなツッコミとは裏腹に、嬉しい感情が溢れる。それ以上は声にならず、何度も頷くことしかできない。


 そんな私をジョセフはそっと抱きしめる。そして私の左手を取り、薬指に指輪を嵌めてくれた。彼の腕の中で、私は嬉し涙を流し続けた。




 ◆


 その後、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが部屋に駆けつけ、副所長のブライアンは逮捕された。


 取り調べの結果、あの男は以前から女性職員に対してセクハラ行為を繰り返していた事が発覚。他にも色々と余罪が出てきたらしく、裁判にかけられれば間違いなく実刑は免れないだろう。



「はぁ……」

「どうしたのよ、ジョセフ。そんな深い溜め息なんて吐いちゃって」


 事情説明もなんとか無事に終えることができた。


 誰も居なくなったパーティ会場で、私たちは残されていたワインを飲みながら会話を交わしていた。今回の件でドッと疲れてしまい、二人並んで壁に背中を預けている。



「いや、結局はあの魔法を開発できなかったからさ……」


 ジョセフはガックリと肩を落とした。



「人の愛情に関する魔法を開発できれば、一発で昇進できると思ったのに……」


 どうやら彼は最終的に、“理想の相手を自分に惚れさせる魔法”を生み出したかったようだ。


 まぁ、そんな都合の良い魔法が簡単に生み出せるはずもなく。所長からも、愛情は魔法で得るモノじゃないとこっ酷く叱られてしまったそうだ。



「もう、この魔法には懲りたよ。やっぱり愛情は地道に育むべきだね」


 ジョセフはそう言って苦笑を浮かべると、グラスの中に入っていたワインを一口で飲み干した。私は隣に立つ彼を見て、頬を緩ませる。


 ふふふ。まったく、恋愛下手なジョセフらしいわね。でも面白いから、もう少し揶揄ってみようかしら。



「ねぇ、ジョセフ。私ならその魔法、実現できるかもしれないわよ?」

「ほ、本当かい!? 是非とも僕に見せてくれ!」


 さっきの反省はいったい何だったのか。すっかり調子を取り戻したジョセフは、私に実演するよう急かしてくる。


 仕方がないので、私は彼の正面に立ち、ニッコリ微笑んだ。そして――



「あ、アイリーんむぅ!?」


 彼の頬に両手を添えて、強引に唇を奪ってやった。


 自分でやっておいて恥ずかしくなった私は、すぐに彼から離れた。解放されたジョセフは何が起きたのか分からず、乙女のように口元を押さえている。



「ほら、私のことをもっと好きになったでしょう?」


 私はニヤニヤと笑いながら悪戯っぽくたずねると、ジョセフは壊れた人形のようにコクコクと何度も頷くのであった。



 ◆


 そのあと私はジョセフのプロポーズを受け入れ、婚約を結んだ。


 浮かれまくったジョセフは私の事を婚約者だと魔導研究所内で触れ回り、周囲に見せつけるかのように愛を囁いてくるようになった。


 今までそっけなかったのは何だったのかと聞けば、彼いわくずっと我慢してきただけで、現在はその反動なんだそう。


 それが恥ずかしくて、私はつい憎まれ口を叩いてしまうけれど……内心ではとても幸せだ。



「あぁアイリーン、僕の可愛いお姫様……」

「もう、またそういうこと言う……」

「本当のことなんだから、仕方がないじゃないか。君は世界で一番美しい」

「……ばか」

「ふふ、照れる君はもっと綺麗だ」


 そして迎えた結婚式。


 純白のドレスに身を包んだ私を、ジョセフはこれでもかと褒めてくれた。神父の前で誓いを立て、キスを交わした後は、皆に祝福されて式を終えた。


 私を救ってくれた英雄は、いつの間にか私の心を掴んで離さない、素敵な旦那様になった。



 ちなみに“理想の相手を自分に惚れさせる魔法(キス)”を、魔法狂いあらためバカ旦那は論文にして学会発表しやがった。


 おかげで私たちは魔導研究所創設以来のバカップルとして、一躍有名になるのだが……それはまた別のお話。



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