第30話

「とにかく体が薄くて左右の目の色まで違ったのよ!」


 大袈裟な手振り身振りでコリンヌに向かって説明するポレット。しかし同じく幽霊が苦手なはずのコリンヌは顔色一つ変えずに興奮するポレットを諫めた。


「落ち着きなさいよ。懐中電灯に映ったんでしょう、だったらいくら透明でも人間の子じゃない?それに目の色が違うのはオッドアイでしょ?」


 冷静沈着と言うよりは何となく投げやりというか会話にそこまで入れ込んでないというか……コリンヌは子供の声が聞こえたと言い出した時と同じぼんやりとした顔つきをしていた。


「体が透けている人間なんてこの世にいて堪るもんですか!だいたいこの世には心霊写真ってもんがあってねぇ……パパが昔書いた小説の……」


 ポレットが不毛な熱弁を振るっている間、マチアスはジュリアンの目もまともに見れないのか何度も視線を地面に落としながら、それでも恐る恐る少年の傍に立った。


「ジュリアン様、先ほどのはその……、不可抗力といいますか。いえ、言い訳はよくないですね。とにかく申し訳ございませんでした」


 マチアスは目を閉じながらゆっくりと左膝を地面につき、握った右手を左胸に当てながら深々と謝罪した。そのあまりに大仰で畏まった謝罪にジュリアンは顔を赤らめてしまった。


「か、顔を上げてくれよ。謝られるとこっちが恥ずかしくなるだろ?仕方ないよ。ポレットが君にぞっこんだってことは誰の目から見ても明らかだし」


 マチアスは少し目じりの下がった優しく柔らかそうな瞳を遠慮がちにジュリアンに向けた。


「ジュリアン様、そのような……」

「それにさ、また元のマチアスに戻っちゃったじゃないか。さっきの厳しい君も悪くなかったぜ」


 ジュリアンは口に手を当てながらくすっと笑った。マチアスは少し驚いた顔をして、見慣れない表情を浮かべるジュリアンを見上げた。


「そういえば、初めて会ったのマチアスもすっごく格好よかったよ。あの時の君は切れ味の鋭いナイフみたいだったもんな」


 今度は悪戯っ子のような笑顔でマチアスを見るジュリアン。


「初めてお会いした時は随分非礼を働いたといいますか……」


 きまり悪そうな表情で俯いてしまったマチアスを見て思わず吹き出してしまったジュリアン。彼は目の前で気まずそうにしているこのマチアスがやはり一番好きなのだと改めて思った。思いやりに溢れ、いつも自分のことを第一に考えてくれる、ちょっと過保護でハンサム過ぎるのが玉に瑕の優しいお兄さんを。


「大丈夫、君と初めて会った時のことは僕らだけの秘密さ。とにかくもう立ってくれよ。君にそんな恰好をさせちゃ、それこそポレットに怒られちゃうもの」

「御意」


 膝をついた姿勢からゆっくりと立ち上がる際、マチアスは燭台の光に照らされたジュリアンの茶目っ気たっぷりな表情に思わず頬を緩めた。そしてそのまま、夢中で幽霊の話をしているポレットの方へ柔らかな表情を向けた。


(ジュリアン様はポレット様と行動を共にされてから随分御変わりになられた。それも、とても良い方向に……。どうやらあのには本当に女神へライスが微笑まれているのだろう)


 当のポレットはマチアスの視線にも気づかずに、肩を怒らせながらジュリアンの方へずんずんと歩いて行った。


「ジュリアン、今すぐこの部屋の……空間かしら?とにかく奥まで行くわよ!まだ幽霊の子がいるか確かめるの!」

「ポ、ポレット。それじゃ本当に幽霊を見たのかい?」

「ええ、確かにこの曇りなき眼でしっかり見ましたもの。でもあんたのお姉さんが証拠を見せろってまるで信じてくれないのよ!」

「そんな言い方はしていないわよ。私も……その子が気になるの」


(きっとその子の声なんだ……)


 助けを求めるようなか細い声がまた彼女の頭の中で再生される。ジュリアンは、夢うつつの境にいるコリンヌを不安そうな表情で見つめた。


◇◇◇


「すごい……」


 コリンヌは懐中電灯を壁に当てながら、そこにで繰り広げられる神話の住人たちの陽気なパレードに魅入られていた。特殊な塗料を使っているのだろうか、ところどころ色落ちしている箇所はあるものの3000年前の壁画とは思えない程保存状態は良い。


 暫くして4人は行き止まりの壁に辿り着いた。ジュリアンが壁のある部分に気付いたようだ。


「あそこを見て。穴が3つあるよ」


 コリンヌがその部分に懐中電灯の光を当てた。子供の腰程度の高さ辺りに、第2ルートと同じ大きさの3つの穴が均等な間隔で並んでいる。ポレットは行き止まりの壁ではなく、左側面の壁を指差した。


「あそこよ、あそこに居たの。左側の壁の一番奥」


 コリンヌはポレットが指さす方向を懐中電灯で照らした。しかしその先にはローブを着た女性の絵が映し出されるばかりだった。


「誰も居ないじゃない」

「いーえ、絶対に居たわ。どっかに隠れているのよ。ジュリアン、マッチとロウソクをちょうだい!」


 ポレットは左壁の燭台2つにロウソクを灯した。女性の絵が懐中電灯で照らした時とは比べ物にならないほど鮮明に浮かび上がる。


「うわぁ、綺麗……」


 火の揺らめきはローブの淡い水色、薄橙色ペールオレンジの肌、今にも空に羽ばたかんとする大きな白い翼、女性の柔和な表情をありありと浮かび上がらせた。コリンヌが目を見開きながらゆっくりと壁画に近づいて行った。


「これって……、この水晶……」


 コリンヌは女性が持つ丸い物体の絵に目を近づけた。


「コリンヌ、この絵を知っているの?」

「ええ……この水色の服に水晶、間違いないわ。この人は魔女よ。死者の森に住んでいたと言われる魔女のフィオーネ」


◇◇◇

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