第19話
「さあ、あんなツルッパゲの言う事なんて気にせずちゃっちゃとお宝を持ち帰るわよ!ジュリアン、準備はいい?」
無理やり元気に振舞うことで幽霊の話を頭から追い払おうとするポレット。しかしそんな見え見えの態度はジュリアンを余計に不安がらせるだけだった。
「あのさ、言いにくいんだけど……」
ジュリアンはもじもじしながらポレットを上目遣いに見た。
「もしよかったら、僕とマチアスだけで行こうか?」
「ええっ!?」
同時に驚きの声を上げた後、思わずお互い顔を見合わせてしまったポレットとコリンヌ。ジュリアンに詰め寄るタイミングも怖いぐらいにシンクロしていた。
「ちょっとちょっと、あんたから誘ったんじゃない」
「ジュリアン、そんなにお姉さんのことが邪魔だったの?」
2つの非難の声が同時に重なる。怒りの表情を浮かべるポレットと涙を浮かべるコリンヌに詰め寄られ、ジュリアンはたじたじだった。おまけに彼の顔の右半分へポレットの、左半分へコリンヌの顔がそれぞれ斜め方向からじりじりと近づいてゆく。
(あわわわわ、近い近い!)
反射的に助太刀しようとしたマチアスだったが過保護禁止令を思い出して何とか思い踏みとどまった。ジュリアンは一歩下がり両の
「え~っと、どんな宝を持ち帰るかはフィーリングに任せようと思ってるんだ。だからどれくらい時間が掛かるか分からないし……。二人とも薄気味悪い噂の立つ場所に長居なんてしたくないだろ?」
「ながい~?じゃあ何か?納得するものが見つからなかったら一生遺跡の中で過ごす訳?」
チンピラのようにつっかかるポレット、心なしか目も座っているように見える。
(だいたいマチアス様と二人きりになろうなんてそうは問屋が卸さないわよ)
万が一幽霊が現れたらあわよくばマチアスに抱き着こうとすら算段を講じていた乙女チックなポレット。酒臭さが充満しているであろう詰め所で汗臭そうな警備員たちと過ごすなんぞ
「やっぱり時間は掛けないと。だって僕の運命がここで決まっちゃうかもしれないし……」
「うんめい~?幽霊と同じでただの迷信に決まってるじゃない。あ~、やっぱりド田舎の風に当てられるとこうなっちゃうのね……」
頭を掻きながらジュリアンをどう諭そうか思案するポレットに思わぬ一言が思わぬ人物から返された。
「いいえ、迷信とは言い切れないわ」
先程までの情けない姿を払しょくするかのように自信に満ちた顔つきでそう宣言するコリンヌ。ポレットは目をまん丸くして彼女を見た。
(ま、まさか本当に幽霊が出るとか言い出すんじゃないでしょうね……)
「ポレット、神殿には2つのルートがあるの」
「2つのルート?」
「ええ、1つ目はあそこの入り口から進む通常ルート」
そういってコリンヌが指さす方向にポレットが目をやった。女神像の足元に幾何学模様の装飾が施された半円形の石製扉が見える。
「あれが通称第1ルート。ほとんどの試練者は第1ルートを選ぶの。まあこのルートはほとんど一直線だし学校の遠足みたいなものよね。そしてもう1つは……」
次にコリンヌが指さしたのは女神像の頭部あたりだった。ポレットはコリンヌの指差す辺りに目を向けたものの、容赦なく照り付ける太陽の眩しさに思わず目を細めた。
「あそこよ。女神像の頭部と同じ高さに蛇の頭をした杖のグリップ部分があるでしょ?」
徐々に目が慣れてきたポレットは、杖のグリップ部分に角が2本生えた蛇の頭部が
「あそこから。あれが2つ目のルート、通称第2ルートよ」
「入り口も何もあそこは杖の手元じゃない」
「蛇が舌を伸ばしているでしょ。その先をよく見て」
ポレットが目を凝らして見てみると、蛇は遺跡を背に前を向く女神とは真逆の方向、つまり女神像の真後ろにある遺跡の壁を向いていた。遠くからだと一見茶色の岩の塊にしか見えない、不揃いな石が積み重ねられた遺跡の壁。その壁に蛇の舌が伸びており、そこにホクロ、もしくは鼻くそのような黒い点が1つあった。
「あそこが第2ルートの入り口。このルートの深部まで辿り着くのは至難の業らしいわ。その分第1ルートとは比較にならないほど貴重な宝が隠されているそうよ」
「難易度の高いほうなんて私たちには関係ないでしょ?そもそも持ち帰る宝の種類も決まってないってのに……」
「ポレット、安心して。もう持ち帰る品は決まっているの」
「ふえ?そうなの?」
「ええ、これ以上相応しいものはないってくらいのものよ」
今度は寝耳に水だったジュリアンとマチアスが目をまん丸くする番だった。
「コ、コリンヌ、何を言っているの?」
「コリンヌ様、どういうことでしょうか?」
滅多に見ることのできないまん丸目のマチアスに胸をきゅんとさせてしまったポレット。ここぞとばかりにその表情をパシャリと小型カメラで撮影した。これには流石のマチアスも顔をしかめてしまった。
「ポレット様、お戯れを……」
「ふふふ、マチアス様ったらいつも真面目な顔ばかりじゃない。写真家の卵たるもの、シャッターチャンスには常にアンテナを張っているのよ」
(ふふふ~、これが記念すべきマチアス様コレクションの第一号になるわね♪)
密かに自作のマチアス写真集を製作しようと企んでいるポレット。彼がお転婆娘に生涯慕われ続け、おまけに事あるごとに写真を撮られ続けることになろうとはこの時は想像すらしなかったに違いない。おまけに数年後、マチアスに無許可で出版されたこの写真集はジュネ中の乙女たちのハートを射抜くことになるのだが、それはまた後の話である。
「ぅおほん!」
咳ばらいをしてジャンパーの襟を正したマチアスは、気を取り直してコリンヌに向き直り問い質した。
「相応しい、とおっしゃいますと?」
「第2ルートに眠っていると言い伝えられる伝説の宝、魔女の水晶よ。マチアスも耳にしたことくらいはあるでしょう?」
「魔女の水晶!?」
コリンヌはマチアスの思わぬ大きな声にも意を介さずポレットに向けて話し続けた。
「”古より伝わる魔女の水晶を持ち帰りし者には新たなる運命がもたらされん”……古文書にたった一行だけそう記されている伝説の宝よ」
「伝説の宝……」
コリンヌは今度はジュリアンの方を向いて、悪だくみを企てているような不敵な笑みを浮かべた。
「ねえジュリアン、あなた空手といいポレットの将来の夢の話といい新しい世界に興味津々じゃない。私がそれを許すかどうかは別として、魔女の水晶はあなたにうってつけの運命をもたらすとは思わない?」
「そ、そりゃあ……」
「だからこのルート以外はあり得ないわ。さあみんな、用意はいい?」
「ちょ……ちょっと待ってよ……。そもそもなんでコリンヌが決めるのさ」
「あなた言っていたじゃない、もうシルヴァンに馬鹿にされるのはごめんだって。あいつね、あなたが魔女の水晶を持ち帰ったらもう馬鹿にしないって誓ってくれたのよ」
「シルヴァンが……?」
「それにね、パンツ一丁で校庭を走りながら私に謝るとも約束してくれたわ」
あんぐりと口を開けて呆れた視線をコリンヌに向けるポレット。
(弟にパンツ一丁で謝罪させるって、脳みそ腐ってんのかしらこの女)
今後どれほど険悪な関係になろうともコリンヌに対してだけは下手な真似をするまい……般若のような表情をありありと思い出したポレットはますますそのように誓うのであった。
「ぼ、僕は……」
ジュリアンは納得しかけたように見えたが、その思いを打ち消すように左右に首を振った。
「僕にはやっぱり無理だよ。だいたい僕が……あんな高いところに登れる訳ないじゃないか」
心なしかいつもより表情が強張っているマチアスが一歩前に出て口を開いた。
「私も断固反対です」
◇◇◇
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