第12話

「お初にお目にかかります。アポリネール家の長女、コリンヌですわ。以後お見知りおきを」


 そう言ってコリンヌが決めたカーテシーは、マチアスに勝るとも劣らなず優雅であった。マチアスに薔薇の花びらが舞い散ったように、彼女が右足を引いたタイミングで風に揺れたビオラの花がひらひらと舞い落ちた。透き通るような白い肌に赤味掛かったリンゴのような頬。ジョゼットやジュリアンと同じ美しく艶のある白金の髪。彫刻家や画家がこぞってモデルにしたがるような端正な顔立ち。綺麗な女の子が大好きなジャニーヌは目を爛々と輝かた。


「うわあ~。お姉ちゃん、天使だよ!目の前に本物の天使がいるぅ!」


 ジャニーヌは興奮して何故か手をパンパンと叩き始めた。


(本物って、私は紛い物の天使ってことかよ……)


 ポレットは羨望の対象をあっさりと鞍替えしたジャニーヌに恨みがましい視線を投げつけた。


「まあ可愛らしいマドモアゼル。私が天使ならあなたは妖精かしら」


 コリンヌは優しくジャニーヌの頭を撫で、ジャニーヌはまるで猫のように頭をすりすりとすり寄せた。


(こぉんの裏切り者!)


 ジャニーヌがコリンヌに猫のように懐く光景を目にしたポレットは対抗心をメラメラと燃やし始めた。


(カーテシーなんてあたしにだってできる!)


 ポレットは短パンの端をつまみ、右脚を引いてコリンヌにお辞儀をした。Tシャツに短パンという出で立ちにも関わらず、優雅で、可愛らしくて、品のある見事な立ち振る舞い。この瞬間だけはポレットは紛れもなく本物のお嬢様に見えたことだろう。マチアスが驚嘆の表情を浮かべた。


「なんという身のこなし……さすがです、ポレット様」


 ジャニーヌも再びポレットになびき始める。


「お姉ちゃん、本物の”キフジン”みた~い」


 ポレットもカーテシーは得意だった。カーテシーだけでなく、運動神経抜群の彼女は身体表現だけなら他の誰にも負けることはない。

 マチアスからのありがたい褒め言葉で自尊心が満たされたポレットは、得意げな表情でコリンヌに挨拶をした。


「ごきげんよう、マドモアゼル・コリンヌ・アポリネール。私、ムッシュ・ジュリアン・アポリネールのクラスメート、ポレット・アルカンと申します」


(私だってお嬢様のように振舞おうと思えば振舞えるのよ!)


「そんな、敬称だなんて必要ないわ。敬語も結構よ。これからはコリンヌって呼んでね」


 コリンヌがポレットにニッコリとほほ笑んだ。天使の笑顔。その瞬間、7人が立っている場所だけに天からの祝福の光が降り注ぐかのようであった。ポレットすらこの笑顔には胸を射抜かれない訳にはいかなかった。


(うっわー!ジャニーヌの言う通り、こりゃ本物の天使だわ!)


 ポレットは同い歳の女の子相手に胸をドキドキさせてしまった。彼女だけではない、シモーヌもシモンもジャニーヌも、口に両手を当ててこの少女の美しさに胸を詰まらせてしまった。

 コリンヌは一歩前に出てポレットの目の前に立った。顔を赤くして狼狽えるポレットの両手をコリンヌの両手が優しく包み込む。コリンヌの目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。


「あなたのことはジュリアンから聞いたわ。ジュリアンを助けてくれてありがとう。お邪魔かと思ったけど、今日はどうしてもお礼を言いたくて……」

「ふえっ、あ……とんでもないっす……」


 感謝に満ちた表情でそう言われたポレットは更に赤らめた顔を一瞬背けてしまった。光輝く天使のお顔が眩しくってしょうがなかったのだ。


「私もポレットでいいかしら。気の置けない仲になりたいの」

「え、ええ……構いませんことよ……い、いえ。構わないわ。よろしくね、コリンヌ」

「本当?うれしい!」


 コリンヌは年相応の無邪気な笑顔でそう言った。すっかり毒気が抜かれてしまったポレットは、コリンヌに対して持っていたネガティブなイメージを変更せざるを得なかった。


(もしかして、こいつ結構いいやつ?)

 

 腰巾着を従えて颯爽と校内を歩く女王様気取りの高慢ちきな女(なにせ綽名が「王女」なのだ)。家柄、容姿、文武両道、すべてを持ち合わせ凡人など歯牙にもかけない女。とにかくお近づきになりたくない同級生ナンバー1だったはずの女。ポレットのイメージではそんないけ好かない女のはずだった。しかしいま目の前にいるのは、慈愛、友愛、博愛……「愛」の文字がつく精神をすべてもち合わせた聖女そのものにしか見えなかった。


(私、勘違いしてたのかしら……)


 ポレットは先入観で相手を見ていたことについて、(滅多にない)自省の念にかられた。


(そういえば一度も話したことなかったし、第一印象だけで相手を判断するのはよくなかったわね)


 その光景をジュリアンだけが複雑そうな表情で見つめていた。彼以外は誰も知る由がなかった。この天使が染み一点のない笑顔の裏で、ポレットに対する嫉妬心をマグマのように煮えたぎらせていたことを。


◇◇◇

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