第10話
「ちょっとお!なんでこんなダサいの着なくちゃなんないのよぉ!」
「バカッ、野外活動なのに余所行きの服を着てどうすんの!?」
長身で引き締まった体をしたいかにも健康そうな女性が、眉間に皺を寄せながら両手に持ったTシャツとハーフパンツを寝間着姿のポレットに無理やり押し付けようとする。大きなリボンが付いたブラウスを左手に抱えたポレットは思い切り嫌そうな顔を浮かべながら、右手の手の平を前に向けて左右に大きく振った。
「野外活動じゃないもん!試練だもん!それに今日は愛しのマチアス様との初めてのお出掛けなんだもの。こんな野暮ったい服装じゃ殿方に幻滅されちゃう!」
(殿方って……ロクに勉強しない癖に変な言葉だけはしっかりと覚えてくるんだから)
やんちゃだった幼い頃の自分を棚に上げ、わめき散らす長女を呆れた思いで眺めているこの女性の名前はシモーヌ・アルカン。今年35歳になる彼女は、自分とそっくりな顔立ちをした長女に今日も朝っぱらから振り回されていた。
「マチアスって誰のことよ?だいたいあんたが持っているそのお洋服、幾らしたと思ってるの。汚したらもったいないじゃない!」
シモーヌはそう言って、ポレットが左手に抱えていたリボン付きの白いブラウスを無理やり取り上げた。ポレットがブラウスを取り返そうとぴょんぴょん飛ぶも、背の高いシモーヌが服を掲げる位置まではまるで届かない。
「返して!マチアス様の前で恥をかかせないで!私、結婚を申し込まれたのよ!」
「嘘を言うんじゃない!結婚なんて10年早いっての!」
「い、いやああ!エレーヌ叔母さんみたいに婚期が遅れちゃう~」
ポレットは今年30歳になるシモーヌの妹、エレーヌ・アルノー(独身、恋人なし)を引き合いに出しながら悲痛な叫び声をあげた。
「どアホッ、小学生の小娘が何言ってんの!」
「朝から元気だなあ。今日も我が家は賑やかでよろしい」
そう言って寝間着姿のシモンがニコニコしながら階段を降りてきた。
「パパぁ!」
助けを求めるかのようにシモンに飛びついたポレットを、シモンは満面の笑みを浮かべながらそのままお姫様抱っこした。
「やあお姫様。何かお困りごとですかな?」
「パパ、ママったら酷いのよ。着たい服も着させてくれないの……」
ポレットは涙を浮かべながらシモンの胸に顔を埋めた。シモンは彼女が得意とするウソ泣きに幾度となく騙されており、今日とて例外ではなかった。
「そうなのか?シモーヌ、いいじゃないか。汚れたらまた新しいのを買ってあげりゃいいんだ」
「バカバカッ!うちは二人を名門私立校に入れて余裕がないのよ!だいたいあんた、ちょっとはこの子を叱ってよ!あんたが甘やかし過ぎるから……」
「ああ、そうだ。部屋にマグカップを置きっ放しだった。ちょっと取りに戻るよ」
シモーヌの怒りの矛先がシモンに向かい始めたため、彼は二階に退避するためにポレットを抱き抱えながら慌てて向きを変えると、階段の上り口に寝ぼけ眼の少女が目をこすりながら立っていた。
「パパ、お姉ちゃん、どうしたの?」
彼女の名前はジャニーヌ・アルカン。シモンそっくりの優しい顔立ちをしたこの7歳児は、騒々しい現場にはまるでそぐわない大きな欠伸をした。
「ジャニーヌ!」
ポネットはシモンに抱き抱えられたまま、ちょいちょいと手招きをして最愛の妹を呼び寄せた。ジャニーヌは嬉しそうな顔でとことこと姉の近くに駆け寄った。
「ジャニーヌ。ママが右手に持っている可愛いブラウスと、左手に持っているダッサいTシャツ、どちらが私に似合うと思う?」
「もちろんブラウス!ふわっふわでリボンが付いてて可愛いんだあ。お姉ちゃんは”マショウ”の美少女だもん、これを着れば男も”イチコロ”だよ!」
「ジャニーヌ!どこでそんな言葉を覚えたの!」
顔の左側をひくつかせたシモーヌが腰に手を当てながらジャニーヌをしかりつけるも、おっとりのんびりとした彼女は屈託のない笑顔を母親に向けた。
「お姉ちゃんだよ!いっつもムズかしい言葉を教えてくれるんだ!」
シモーヌがこめかみに血管を浮かび上がらせながらポレットを睨みつけた。
「ポレット、あんたって子は……」
「や~ん、怖い~」
「ええい、とにかく早くこれを着ちゃいなさい!もうアポリネールさんがいらっしゃるわよ」
シモーヌはTシャツとハーフパンツを抱き抱えられたポレットの胸に無理やり押し付けるも、ポレットは両手をジタバタさせて全力で拒否した。
「やだやだやだ!ぜ~~~~~ったいに、い・や・だ!!!」
「ポレット!あんたいい加減に……」
その時、チリリリリンと呼び鈴が鳴った。
◇◇◇
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