0-5 疑念②

 それを聞いた瞬間、思った通りお母さまとちい兄さまに「はぁ?」というような表情が浮かんだけど気にしない


「たしかにおかしなことを聞くんだね。僕のフルネームはシモン・ド・モンテルミエだけど」


 ちい兄さまの口から出た言葉を聞いた途端、私はふうっと気が遠くなりかけて後ろにのけぞって倒れそうになった


「ジャンヌ!」


 慌てて一番近くにいたちい兄さまが駆け寄ろうとするも、事前にこうなるのを予想していた私がテーブルの端をつかんでいたので、危ういところで倒れずに済んだ


「大丈夫ですわ」


 私はひと言そう言うと、手近な椅子に手をかけた。ちい兄さまが来て椅子を引いてくださり、私はそれに腰掛けた


「ありがとうございます、ちい兄さま」

「本当に大丈夫なんだろうな」

「ええ」


 私は精いっぱいの笑顔をしてみせた。でも心の中は大荒れ。大丈夫とはほど遠い状態


(これで証拠がふたつ。ちい兄さまの顔と名前。でも偶然がふたつ重なることもある。少なくとももうひとつ、もうひとつは証拠を確認しないと)


 私はふうっと息を吐くと、だれにも聞こえないほどの声で「よしっ」と気合いを入れた


「それでちい兄さま」

「なんだい、ジャンヌ」

「もうひとつ、もうひとつだけお聞きしたいことが」

「何かな。言ってごらん」


 さあ、ここが最大の山場。いったいどうなるか。吉と出るか凶と出るか。といっても、ちい兄さまの返答のどっちが吉でどっちが凶かなんて、私だってわかんないんだから


 覚悟を決めろ、ジャンヌ。言ってしまえ


「おお兄さまのフルネームは」

「今度は兄さんのか。兄さんのフルネームはクロード・ド・モンテルミエだよ」


 私はそのまま目の前のテーブルに突っ伏してしまった


「ジャンヌ! どうした! 大丈夫か」

「大丈夫。問題ありませんわ」


 私はふらふらと立ち上がった


「部屋で休んできます。しばらくひとりにしておいてくださいませんか」


 私はそう言うと、手を貸そうとするちい兄さまの手を押しのけて談話室を出ていった


(間違いない。ここは“あれ”なんだ)


 ベッドに倒れ込んだ私の中で、胸いっぱいに響き渡るような鼓動が鳴り続けていた


(ここはあの『うるわしの君たちへ』の世界なんだ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る