第109話 リキスト、焦る

 リキストが死んだのは、一人暮らしの家で一人寂しく醤油を飲んでいたときだった。


 死因は、おそらく過労死だろう。社畜だったから。


 醤油を水に溶かして飲むと、意外に旨いのだ。少なくとも当時はそう感じていた。


 今となっては頭がおかしかったとしか思えない。


 リキストは、醤油を飲みながら思った。


 なんかもう異世界転生したい、と。


 だからなのか、なんなのか、結果的に異世界に転生した。


 更に嫌味だったのはリキストが持っていた特殊能力だ。その名も、『嘘から出たまこと』。


 言ったことが本当になるというご都合主義能力だ。


 もちろん多少の制限はある。例えば、必ずしも『嘘』と言い切れないものには発動しないし、偶然以上の事はできない。


 例えば、リキストが「俺は世界一強い!」といったところで、そこに至るまでの過程には本人の努力が必要になる。


 あくまで周囲の状況に対し作用するのみであり、人間やその他の意志をコントロールすることはできないのだ。


 これは、二胡の無邪気にも通じる制約である。


 そしてこの能力は、リキストが味方であるとした人間にも多少は適用されるのだが…。


 苦し紛れの言い訳で、本当に病になってしまったのは驚いた。


 初めて、自分の特殊能力に苦しめられた。


 しかし。


 教皇の息子として長年それなりに平穏な生活を送ってきたリキストは、前代未聞の困難にぶち当たっていた。


「はい、というわけで宣戦布告しとくね!あ、君の嘘を本当にする能力は、しっかり把握してるから、よろしく」


 目の前の画面に映った王弟の顔は穏やかな微笑みをたたえていた。


「じゃ、覚悟は決めといてね!また」


 画面ごとリアンの顔はかき消えた。


「……なぜバレたんだ!」


 強引派の活動の隠蔽には気を使っていたのに。特殊能力は使えないため、多少の不備はあったかもしれないが…。


 少なくとも、リキストが関与していることは完璧に隠していたはずだ。それが、なぜバレたのだろうか。


 おそらくは、あのビックネームたちの共同戦線によるものだろう。


 ともかく、まずいことになった。


 さて、どうするべきか。


「失礼します。……こんにちはっす、兄貴」


 部屋に入ってきたのは司祭服を着た若い男…ラゼガだ。


 部屋に入ったときの丁寧な態度とは打って変わって、スラムの若者のような態度に変化した。


「こんにちは、と言いたいところなのだが…」

「何か問題でも?」

「実はな…」


 リキストはラゼガに事のあらましを話した。


「それは…まずいっすね。アジトは?」

「何も言われなかったな」

「まだ良かったっすね。証拠隠滅も兼ねて、アジトに身を隠しますか」

「今すぐにでも、行こう」


 どうやらリキストは、リアンの映像を武闘大会のときのものと同じだと思っているようだ。


 実はあっているのだが…。それは、リキストが声に出してその予想を言ったからなのだろうか。


 まさかそのまま監視されているとはつゆ知らず、二人はでかけていった。


 ◇◆◇


「見事な誘導尋問だな」


 ラオスが呆れ半分、関心半分で言った。


 鼻高々なのはリアンである。


 先程の映像は、アジトに連中を集め一網打尽にするためのものだったのだ。


「続々と集まってるね。連絡には特殊能力が利用されているみたいだな。女性だよ。ラゼガの愛人だって」

「うわあ。なんか嫌ですね」


 レオニが顔をしかめる。ほぼ全員が思った。


(お前が言うか)


 と。


「じゃあとりあえず、襲撃の準備でもするか。私とリアンはちょっと行くわけには行かないが、仕事はしておこう」

「ありがたいです」


 ルイハが軽く頭を下げる。他の二人もそれに習った。


 なお、二胡は探知に集中している。


「私も行きたいけれど、マリア様と話しておかないと。聖水を持って行ってください」

「ありがとうございます」


 聖水の乙女はバックアップのエキスパートである。ランが生み出す聖水の効果は、言わずもがなだ。


「じゃあいつ?」

「夜がいいと思う」


 二胡が言った。


「お、おう。戻ってたのか」

「うん。全員揃うのに夜までかかるんだって。証拠の隠滅もそのあとみたいだ。準備が色々あるのと、高飛びの用意もね」

「よし、じゃあそうするか」


 方針は決定したらしい。夜までは自由行動ということになった。


「どうしますか、主様」

「うーん、どうしよう。トリオはなんか意見ある?」

『ローリランに行きたいわ』

『同意』

『今度こそ全部食べよう〜!』


 ノリノリのようだ。


「じゃあそうしよう。あ、お金が…」

「足りませんか?」

「うん。まあ俺もいっぱい食べたしな〜」


 食えば金が減るのは自然の摂理なのである。


「ねえ、お金持ってない?」


 近くにいたレオニに声をかけた。


「えっ…。私ですか?」

「うん」

「武闘大会の優勝者が喬るとは、なかなかですね。金欠なんですか?」

「うん。金貨5枚しか残ってない。これじゃあお腹いっぱい食べられないよ」

「結構な量だと思うけど…」

「二胡ってお腹いっぱいになるの?」


 ランが言った。


「どうだろ?ローリランは別腹だからな〜」

「そういう問題じゃないんだけど」

「まあ、時間いっぱい食べられればいいよね」

「ああ、そう…。じゃあこれ、あげるわ」

「なんで?」


 二胡ですら驚く大金が、ランが渡した袋には入っていた。


「ネザで養ってもらったもの」

「あれは俺の罪滅ぼしなんだけど」

「そうなの?…でもまあ、いいじゃない。私は二胡に思う存分食べてほしいわ。こんど冒険者の依頼でも受ければいいから。あなたなら短時間にできる星5任務がたくさんあるわよ」

「そっか。ありがとう」

「ううん」


 ランは満足そうだった。


『完全に破滅型よね…。大丈夫かしら?』

『聖水の乙女だから大丈夫でしょ〜』

『ご主人さま、意外に義理堅いもんな』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る