第2話 小さくなった!?
目を覚ましたイヅナは目の前の光景に呆然とする。
そして今年一番かもしれないほどの悲鳴をあげる。
「な、なんなのじゃーーーーーッ!?」
た、確か妾は部屋で寝ていたはずじゃ。なのに、起きると青空の下……どういうことなのじゃ? もしや誰かにいたずらを仕掛けられたか? いやいや、妾が異変を感じ取れない事はあり得ない、ということは……
参加考えのもとイヅナは「あっ! これ、夢じゃ」と思い込んでしまった。
それもそうだろう、部屋で寝ていたのに起きると目に飛び込むのは青い空の下なんて現実的ではない。まだ夢の中と言われた方が現実味があるというものだ。
イヅナはこの変な夢から覚める為、再び布団に入り込み二度寝を再開しようとするが。空の明るさが気になって眠れない。
それに、この夢にはある不可解な点が存在するーーそれは匂いだ。
草原の心地よい風が吹くたびに、草の青々しい香りがイヅナの鼻に違和感を与えていた。
これでもイヅナは狐の神様、そのため嗅覚は人間よりも数倍強く草の香りをはっきりと認識出来る。その為、この場所がもしかして夢じゃないのではと疑い始める。
もしや今見ている光景は幻覚で、自分の目がおかしくなっているのでは、と思い目を軽く擦ってから見開いてもそこは変わらず草原の真っ只中。
次第に目が覚め不測の事態にイヅナは顔から血の気が引いていく気がした。
そこで慌てて隣で一緒に寝ていたツバキを必死に起こそうと体を揺らす。これが自分の夢ではない事を信じて。
「ツ、ツバキッ起きるのじゃ! 大変なことになってしまった!!」
「な、なんですかイヅナ様!? どうかしました!?」
普段とは違うイヅナの焦った様な声に寝起きで寝ぼけていたツバキは緊急事態なんだと気付き飛び起きる。
すると、ツバキも先程のイヅナと同様にポカンとした顔で辺りを見回し呆然とする。
「イ、イイイヅナ様! こ、ここここどこですかッ!?」
「妾にも分からぬ。じゃが、草原という事は分かるのじゃ」
「そんなの見れば分かりますよっ!」
焦っている人を見ると逆に人は落ち着くというのは本当なのだろう。先程の慌てぶりはどこへやらイヅナは落ち着いて状況を確認できた。
一方ツバキの方は大パニック状態、この状況を問いただそうとイヅナの方に振り向く。
そこで初めてイヅナの姿を確認したツバキの表情がピキリと固まった。
そして、恐る恐るといった感じでツバキは言うのだ。
「あなた本当にイヅナ様ですか?」
「何を言っておる? この妾こそがイヅナじゃ、見て分からぬのか?」
本当に何を言っているのだろうとイヅナは心底不思議に思った。普段のツバキなら、こんな状況ではふざける子では無いというのに……
「だってイヅナ様、そのお姿……」
そこで初めてイヅナは視線がいつもより低いことに気づいた。
普通ならすぐに気づけるかもしれないが、突如知らない場所に来ていて気が動転していた為、ツバキに指摘されるまで気が付かなかったのだろう。
そこで初めて自分の姿を見下ろすとあるものがなかった!
そこに本来在る筈のものがない!
ーーたわわに実っていたお胸がないのだッッッ!!
豊かな胸は豊穣の象徴。それ故にイヅナのアイデンティティとも言える。それが失ったともなれば一大事。
さらに追い打ちをかける様に背も縮んでおり、立派に生えていた九本の尾も今ではたった一本である。
かつての姿が見る影もない、豊穣神とはとても思えない、つるぺたロリ狐になっていたのだ。
自らの身体を確認したイヅナの顔は青空にも負けず劣らずサッーと青ざめ、頭に生えている耳と腰の一本の尾もピンっと毛を逆立てながら立ち上がり、体も小刻みにぷるぷると震えだす。
「わ、わわわわ妾の胸がッ! そ、それに身体も縮んでおるのじゃあああああッ! どこ行った、妾のないすばでぇええええーーッ!!」
その小さな身体から最初にあげた悲鳴とは比べ物にならないほどの悲鳴を発する。それほどまでにショックだったのだろう、記録更新の悲鳴だった。
後にツバキが言うには、今までに聞いたこともないほどの悲鳴だったという。
「な、なぜじゃ!! なぜ妾がこんな姿に……」
「お、落ち着いてくださいイヅナ様。そのお姿も……大変…可愛らしいです……よ?」
苦し紛れに精一杯慰めるが、イヅナは突然変化してしまった身体にパニックでツバキの声は届いていない。
その様子は癇癪を起こす幼女そのものだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ぐすっ……ずずーー、ぐす……」
「イヅナ様そろそろ泣き止んでくださいよ。あぁーー鼻水まで、ほらチーンですよチーン」
イヅナの顔から涙やら鼻水やらで汚れているのを見て、ツバキがそばに置いてあったティッシュでお世話をする。
何やら大変なことになっているが、先程までよりかなり落ち着いた様だ。
……しかし、その様子を見て年下の妹を世話している姉にしか見えない。
二人が草原の真っ只中でそんなやり取りをしていると……イヅナたちのそばに生えている背の低い草むらからガサガサと音が聞こえてくる。
草むらからの音に警戒して、音がした草むらに視線を向ける。
すると、そこには奇妙な物体が鎮座していた。
つるんと輝く透明な丸いボディ、水のような球体の中には赤い一粒の石が浮かび、大きさサッカーボールほどの物体がズリズリと地面を引きずりながら徐々にイヅナ達に近づいてくる。
その姿はゲームでは定番、村から旅立つ某勇者の序盤に出てくる最弱の敵……
「「 スライム??」」
そうスライムだ。
二人はなぜにスライムが?と思ったが、危険があるかも知れないと思ったイヅナは咄嗟に手をスライムに向け攻撃する。
ーースパッ……
風を切るような音が聞こえたかと思うと、いつの間にかスライムは綺麗な透明まん丸ボディが真っ二つに分かれていた。
スライムといえば作品によって、強い方か弱い方に分かれるが、どうやらこのスライムは弱い方だったようだ。
「「……………」」
二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
その間も草原の心地よい風が二人を撫でる。
「いやいやあり得ないでしょ!! どうしてスライムが出てくるんですか!?」
思考を取り戻したツバキは慌てた様に言い放った。
実際ツバキの言う事ももっともだろう。
元の世界にはイヅナの様な不思議な生き物はいたのだが、スライムの様な不安定な生物は存在していなかった。
イヅナは千年という長い時を過ごしてきたが、スライムの様な奇妙な生き物?は見たことがなかった。
そしてスライムを倒してから一言も喋らず黙り込んでいたイヅナが倒されて溶けて液状になったスライムを見ながら話し始めた。
「妾の推測だが……この草原は異世界の草原じゃと思う」
ツバキは不思議に思い「異世界?」と言葉を繰り返す。
ツバキの反応にイヅナは頷き返し、続きを話し始める。
イヅナの推測はこうだ。
まず第一に妾たちは自室で寝ていた。しかし、気が付くと空に月が二つ浮かぶような不思議な草原に場所が変わるというのはおかしいじゃろう。
一つの可能性としては、遥かな過去か未来。星々が消滅、または誕生するほど悠久にも思えるほど遠い時代である場合。
そして、もう一つはーーここがそもそも地球ですらない場合。
その証拠に先程のスライムと呼ばれる奇妙な生物だ。
妾たちが暮らしていた世界にスライムは存在しない、妾はこれでも長く生きておる、世界にいる生物は大体把握しておる。
こちらの方がまだ現実的だと言えるだろう。
と言う事は、妾達が来てしまったのはやはり異世界の可能性が高いということだ。
イヅナの話を聞いてツバキは深刻そうな顔をして、ゴクリと喉を鳴らす。
頬には汗が浮かんでおり、何やら焦っているような、不安そうな雰囲気が感じ取れる。
「イ、イヅナ様? 此処が異世界として……私たちは帰れるのでしょうか?」
やはりツバキとしては、それが一番気になる事だろう。
ツバキはまだ10代と幼い、普通なら家で両親と過ごしてゆっくりと大人になっていくのだろう。しかし、家に帰れないとすれば二度と両親に会えないかもしれない。
帰れると帰れないでは安心の度合いが違うのだ。
「むぅ………」
ツバキに帰宅の可否を聞かれたイヅナの脳内ではどうして異世界にきたのか、どうすれば帰れるのか、これからどうなるのか、小さい頭をフル回転させて考える。身体は縮んでも頭脳はそのままなのだろうか。
そして考えた末、出た答えは……
「分からん!!」
小さな胸を張って言い切る。
胸を張る意味は分からないが、元の世界に帰れるか分からないのは分かった。
「そんな……」
元の世界に帰れないかも知れないと聞いたツバキはその場にペタリと座り込み目に見えて落ち込む。
ツバキの様子を見て慌てたイヅナはどうにかして励まそうと必死に小さな頭で言葉を捻り出す。
「案ずるなツバキ。ツバキには妾がついておる。いつか必ず帰れる方法は見つけてみせるっ! だから安心するのじゃッ!!」
自信満々に言うイヅナだが、ツバキは心配で仕方がなかった。だって……
「イヅナ様ってば小さくなってしまって……言いにくいんですが、なんだか頼りなく見えます」
「そうじゃったッ!!」
イヅナは今まで忘れていた自分の身体の変化に再認識する。
そうであった妾ってば小さくなっておったんじゃった! 小さくなった原因も調べなければ。これは絶対に!!
この姿のまま元の世界に帰ってみろ、その日には神社におる他の巫女共に何をされるのやら……だがなってしまったものは仕方がない、いずれ再びあの頃のないすばでーの姿に戻ってみせるッ!
意気込んだように今後の展望について気合を入れ直すイヅナであった。
「イ…ナ……イヅ…様、……イヅナ様!」
「おぉ、なんじゃ?」
「イヅナ様、まずこれからどうするか考えなければいけない時にぼぉーとしないでくださいよ」
どうやら元の世界に帰った時の事を考え込んでいて、ぼぉーとしていたようだ。しっかりしなければ。
そのイヅナの様子を見て、自分より見た目も中身も小さい子がいるのだから落ち込んでいないでしっかりしなければと思ったツバキであった。
お読みいただきありがとうございました。
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