自動筆記

エリー.ファー

自動筆記

 藍色の石を拾った。

 世界が少しだけ明るくなったような気がした。

 授業をサボって、川にまで来てしまった。

 生徒を教室に残したままである。

 教師として失格と言える。

 私は、どうしてしまったのだろうか。

 もしかしたら、自分を見失っている状態なのかもしれない。

 業務は忠実にこなすタイプであるし、誰かに迷惑をかけたこともない。授業の準備はしっかりと行うし、自分が学生の時は無遅刻無欠席であり、生徒会長も務めた。

 しかし、今は教師であり、仕事をサボった社会人である。

 やってしまった。

 ただの気の迷いなのだ。

 何となく、反抗してみたくなったのだ。

 でも、何に。 

 そう、そこなのだ。

 自分でもよく分からない。

 教師として、何か壁にぶつかっていたわけでもないのだ。

 楽しい毎日というわけではないが、辛くもなかった。

 そもそも。

 この川に思い出の一つもないのである。

 何故、ここに来てしまったのかも分からない。

 家に帰れば、お酒が待っているし、ちょっと高いポテトチップスもある。

 最近、ダウンロード販売が始まった最新ゲームの予約もしてあるので帰ればすぐに遊べる状態になっているはずだ。

 川なんかよりも、家に帰るべきであったことは明白だ。

 川って。

 ていうか。

 川って。

 川に何があるというのか。

 異臭はないが、珍しい魚もいないような川である。

 藻が綺麗だと思ったことはあるが、それ以上の感想は一切ない。

 青い空が反射して、まるで人の心を映しているかのようだ、と思ったことはない。

 特にドラマが生まれる気配もない川である。

 遠くに、ジョギングをしている老人が見えた。

 口から白い息が漏れている。

 非常に愉快であった。

 一定のタイミングであるので、予想しやすいのがとても良かった。

 その後ろを犬が走っている。

 首が三つほどあった。

 ケルベロスという犬種であると思われる。

 私は、立ち上がると背伸びをした。

 骨と肉が移動する音がした。

 気持ちが良い。

 永遠に続くべきだ。

「お兄さん、こんなところで何してるの」

「サボってるんだ」

「いけないんだ」

「あぁ、いけないことをしている自覚はあるんだけれど、やめられないんだよ」

「やめる、やめないの前に、何でここに来たの」

「なんでだろうなぁ。今、考えてる最中なんだ」

「結論は出そうなの」

「たぶん、出ないかな」

「じゃあ、ダメなんじゃないの」

「ダメかも」

「ダメなのは、良いことだよ」

「良いのかなぁ」

「良いに決まってるじゃん」

「堕落って面白いよね、みたいなこと」

「そういうことじゃないけど。でも、それで大丈夫」

「実際、リラックスはできてるんだよね」

「じゃあ、正解だったんだよ」

「間違ってなかったのか」

「そうだよ。働くのも間違えてないし、働かないのも間違いじゃないよ」

「君は、誰なんだい」

「誰って」

「誰か知りたいんだ」

「知らなくてもいいんじゃない」

「というか、その。聞いてもいいかい」

「いいよ」

「君はどこにいるんだい」

「目の前にいるよ」

「いないよ」

「いや、いるんだよ。この川で」

 その瞬間。

 私は自分の体が川に浸かっていることに気が付いた。

 二人の警察官が私の腕を掴んでいる。

 もうすぐ春になる。

 私は、夢を見る才能がある。

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