『釘チャンネル【怪奇考察系】』最後の動画
佐倉真理
ア
粗い、男性の息遣い。
こひゅう、こひゅう。と空気がどこから漏れているかのような……そんな呼吸音と、風切り音とハンドノイズが耳に障る。
どこかの藪の中を走っているらしいが、手振れが酷くて酔いそうだった。
遠くから、音が響いている。
高BPMの伴奏には重低音が響いている。これは……レゲェ系、だろうか。近くで音楽フェスでも開かれているのかもしれない。
なおも藪の中を駆け巡る。どこかを目指しているらしい。
それにともなって男性の呼吸とノイズとBGMの比率は次第に逆転し、すっかり音楽の方に飲み込まれていく。
やがて藪の向こうに海と砂浜が見えた。彼はそこを目指しているのだろうか。
そしてついに、カメラは砂浜の様子が一望できる開けた場所にたどり着く。
青い海をバックにした砂浜には広いステージが設営されていて、その上にはひとりの女性と、それを取り囲むように複数人の男が歌い、踊っているのが見える。ステージの両端には音響機材があった。そこからBGMが鳴り響いているらしい。BGMは……そう、歌のようだった。何語だかは分からないが、節が効いていてアジアらしい響きがある。しかしレゲェ風の伴奏によってそのアジアらしさは搔き消えていた。
客席には多くの人でにぎわっている。多くの人がおり、年齢性別はまちまち。ただ男性は短パンに半袖シャツ、女性はワンピースか水着を着ている人物が多い。皆立ち上がって声をあげ、手には酒が入っていると思しいプラコップとか、あるいはストロング系の缶チューハイだろうものが収まっている。
カメラはステージの上にフォーカスした。
中央にいる、日焼けした豊満な身体に良く映える白いビキニをまとった黒髪の女性。画質は粗いがとろんとした笑顔で踊り歌っているのが見える。
彼女にフォーカスすると、撮影者の男性の呼吸はさらに粗くなった。
こひゅう、こひゅう。から、ぎゅふう、ぎゅふう。というような。
周囲で踊る男性たちの格好は概ね観客席の人々と変わるところは無い。ただ、唯一にして最大の違いは色である。白い短パンと白い半袖シャツ。つまりステージ上にいる男女は皆、白い衣服をまとっていることになる。
そういう振付なのだろうか、女性を囲んでいる男性たちは、代わる代わる女性に近づく。それに対して女性は違う、というように相手を追い払う動作をする。するとまた次の男性が女性に近づき……その繰り返しだ。
節回しも聞こえてくる歌も全く違うものなのだが、どこかカゴメカゴメの遊びを思わせる動作だった。
それが何度繰り返されただろう。やがて唐突に歌が止まった。
すん、という余韻。ステージ上の男女も止まっている。騒いでいた観客たちも静まり返り、手にしたドリンクを飲むこともしない。さきほどまで粗い呼吸を繰り返していた撮影者すらも、固唾を飲んでいる。
張り詰めた糸のような緊張が砂浜を支配する。
聞こえるのは波の音だけ。
最初に動いたのは白いビキニの女性だった。
ぐるり、とゆっくり一回転する。品定めするように、何かを探すように周囲の男性を眺めた。
やがて女性は、その中の一人……真正面にいた男を指差す。
瞬間、会場が沸いた。
おお、という雄叫び。きゃあ、という歓声。ひゅう、という口笛のような音。
そして、ざらついた撮影者の呼吸音。まるで叫ぼうとして叫びきれず、ただ息だけが空しく吐き出されているような、そんな音。
もはや撮影者は動画のことなど考えていない。四方八方をグルグルとでたらめに動き、そこで動画は唐突に暗転した。
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