バード・ガール~鳥撮り少女
なるるん
第一章:冬休み
第0話:早朝の公園でオオタカさんに出会った
「はぁ……」
ため息が、白く、冷たい星空に昇り消える。
真冬の早朝。まだ日の出までは少し。うっすらと明るくなりつつある東の空を見上げて震える。
寒い。
でも、頭と胸がものすごく熱い。
わかってる。
何を求めるわけでもなく、何かの用があるわけでもない。
眠れないまま、ほとんど無意識に自転車を走らせてこの公園までやってきた。
池のほとりにあるベンチに腰掛けて、とにかく、この、熱くなった頭と胸を冷やすことができれば。
「はぁ……」
好きな人ができた。
心が、これまで経験したことのない痛みと熱に悲鳴をあげる。
何をすればいいの?
どうすればいいの?
わからない。わからない。何も考えられない。ただ、ただ、痛みと熱が頭と胸を襲う。
こんなことって初めて。
そうか。今まで、本気で人を……男の子を好きになったことってなかったんだ。
いいなと思うヒトは居たと思う。でも。
「はぁ……」
太陽が夜空をうっすらと明るくし始めると、池の対岸の景色が少し見えるようになってきた。
暗くて気が付かなかったけど、対岸に大勢の人が居る。
「こんな早朝に? なんであんなに沢山の人が?」
素朴な疑問。
住宅地の真ん中にあるけれど、そこそこ大きな公園なので、休日ともなると大勢の人が集まる。
ただ、今は、まだ、日の出前の早朝。
こんなに沢山の人が集まってるのは、何かのイベント? それとも、事件? 事件だったら怖いな……でも、見た感じ、騒いでる風ではない。皆、ただじっとそこに立って、何かを見つめているようだ。
池の真ん中に島があり、たくさんの樹が生えている。冬なので、多くは枯れているが、一部は葉を残した種類のものもある。皆、その島の方を見ている。そこに何かがあるのか?
「ちょっと行ってみようか……」
現金なもので、意識が逸れるとそれまでうなされる程に襲ってきていた痛みと熱が少し和らいだ。
自転車を押して人が集まっている場所に近寄ってみる。
何十人いるか。百人ぐらいいるかな。大勢集まった中心まで行くのは気が引けたので、外周付近に一人で立っていた男性に声をかけてみた。
「あの……」
「ん?」
「何かあるんですか?」
男性は、お父さんよりも上だろうか。おじさんはわたしの方をちらっと見てまたすぐ視線を戻してからぶっきらぼうに言った。
「……オオタカ」
オオタカ…おおたか・・・大鷹?
「鳥、ですか?」
おじさんは島を指さしてまたぶっきらぼうに一言。
「ん、そこ」
「え? え? こんなとこに鷹なんて居るんですか!?」
いや、ちょっとまって。ここって住宅地のど真ん中だよ? 少し大きな公園で、池があって、まわりには林もそこそこあるけど。平地だよ? 鷹とかってもっと田舎の山の中に居るんじゃ?
「声」
「あ、すみません……」
「結構、居るんだよ。ここは特に、餌場もあるから」
「エサ、ですか」
「ん。ハトも多いし、ゴイサギも狙いやすいらしい。たまに狩りも見れる」
おじさんがさっき指した方向を目を凝らして見る。まだ日が昇りきっておらず薄暗いのもあって、どこに鷹がいるのかわからない。
「そっちのスコープで覗いてみるといい。狙いは合わせてあるから」
おじさんのそばに置いてある三脚の上の小さな望遠鏡。これがスコープ?
「ありがとうございます」
小さな望遠鏡を覗いてみると…
「!」
居た。本当に居た。望遠鏡の中に、白っぽい大きな鳥が。なんかテレビで見たことあるのと同じ感じ。これが本物の鷹なんだ。
望遠鏡から目を離して、肉眼で島を見てみる。少し明るくなってきたこともあって、枯れた樹の股に白っぽくて細長い物があるのがわかる。あれが鷹なんだ…
もう一度望遠鏡を覗いて、離れて肉眼で見て、なるほど、と納得する。
そうこうする内に太陽が昇り始めて辺りが明るくなってくると、よりはっきりと鷹の表情までわかるようになってくる。しばらく望遠鏡で見ていると、鷹はただじっとしているだけではなくて、時折頭を左右に動かしたり翼をつついたりしている。あ、頭掻いた。かわいい?
「へえ……すご……あ!」
鷹が飛んだ。前傾姿勢になったかと思うと、翼を大きく広げ、飛び降りるようにして樹から離れた。一瞬の出来事。
同時に、辺りからうるさいほどのカメラのシャッターを切る音が鳴り響く。すぐ横のおじさんもカメラを操作してさかんにシャッターを切ってるみたい。
望遠鏡から見えなくなったので肉眼で島の方を見てみると、大きな鳥が飛び去るのが見えた。ぱっと見、カラスのようにしか見えないけど。そっか、あれが鷹か。
やがて島の向こうに消えると、シャッターの音も止んで静かになった。かと思うと、今度は話し声が広がって来た。どうやら「きれいに撮れた」とか「よそ見して撮れなかった」とか。悲喜こもごもらしい。
ちらっと横のおじさんを見ると、さきほどまでは無表情だったのが、にやりとした表情になっている。どうやらいい写真が撮れたようだ。
よく見ると、おじさんをはじめ、他の人たちも普段見る事もないような大きなカメラを三脚に乗せて使っている。
こんな街中の公園に鷹が居たのも驚きだけど、それを狙ってこんなに大勢のひとが集まっている事にも驚いた。使ってるカメラがまたみんな巨大で高級そうなのもびっくり。
「いくらぐらいするんだろ……」
そんな疑問が無意識にぽろっと出てしまった。
「ん……これは結構安いよ。三脚入れても百万行かないし」
ぽろりを拾ったおじさんが答えてくれたけど、安くて百万!? 高いのってどんぐらいなんだろう。怖い。確かに、おじさんのカメラは他の人たちのものと比べると少し小さい。
「へ、へえ~」
「ほれ」
おじさんがカメラの背面をこちらに向けて、液晶パネルに写った写真を見せてくれた。
先ほど望遠鏡で見た、鷹が飛び出す瞬間の映像が、はっきりと映し出されていた。
「おおおお」
おじさんが画像をコマ送りすると、まるで動画を見ているような感じで鷹が飛び立つ姿がよくわかる。
「へえええ」
感嘆しかない。
いつしか、痛みと熱はすっかりと冷め、別の意味で熱くなっている自分がなんだか可笑しくなった。
一通り、写真を確認し終えたところで、おじさんに聞いてみた。
「えっと、終わり? ですか?」
「ん…今の子は行っちゃったけど、別の子が来るかもしれんし、あの子も帰ってくるかもだしね。午前中はココで待機、かな」
なるほど。
「一匹だけじゃないんですね」
「一羽、ね。他にもいろんな子が来てくれるから。ココは、いいよ」
ああ。鳥の数え方は、匹じゃなくて、羽、だったっけか。
『今の子』とか『別の子』とか、知り合いか、友達みたいな。変なの。でも、おじさん、なんだか楽しそうでいいな。
周りも、一部はこの場所から離れて行く人もいたが、多くはおじさんと同じように残っている。
わたしも少し待ってみようかとも思ったりもしたけど、手足がとっても冷たくなっていたので一度家に帰る事にした。
「ありがとうございました」
おじさんにお礼をして、公園を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます