トロピカル因習アイランドへの長期出張

只野夢窮

え!? 俺がSHIMANAGASHIに!?

「え!? トロピカル因習アイランドに長期出張を!?」

「ああ、まあそういうことになるね」

 俺は中堅製薬会社に勤める冴えないサラリーマンだ。大卒営業職として入社してもう五年になる。取柄といえば少しばかり英語が扱えることぐらいで、それ以外はとりわけ優秀というわけでもない。営業成績は並。彼女もいないし兄弟もいない。親は定年退職してド田舎の地元でのんびり暮らしている。そんな俺がいきなり部長に呼び出され(正直めちゃビビった)、部長と一対一の会議室で告げられたのは、トロピカル因習アイランドへの長期出張だ。

 もちろんトロピカル因習アイランドというのが島の正式名称であろうはずがない。正式な名前は別にあるのだが、社内では誰もがトロピカル因習アイランドと呼んでいる。アメリカ合衆国に属する南太平洋の常夏の島で、インターネットもまともにつながらないほどに文明から隔絶した場所である。住民はほとんどが原住民で、わずかにアメリカから移住した白人たちがいる。そして出張から戻った人間の話によると、現代社会では廃れたような古いしきたりや祭りが未だに残っているらしい。

 南国で、因習が残っていて、孤島。だからトロピカル因習アイランド。

 なぜそんなところに長期出張するのかというと、うちの会社の営業所がそこにあるからである。そこでしか育たない不可思議な果物の一種からは、うちの主力製品の一つである疼痛治療薬の成分が抽出される。だから重要な原料の輸入に際してトラブルが生じないように、スタッフを常駐させる必要があるのである。と言っても栽培や収穫は現地人が、発送やシフト調整などの管理業務は白人のスタッフが行っており、日本人はたった一人。トラブルが起きた際に国際電話を使って本社との取次をするのが主な役目である。その不幸な一人に選ばれたのが俺というわけだ。

「え、あの、なんで私が……」

「うん、君はよく頑張ってくれているし、将来の幹部候補として、現場を見て主力製品の材料をよく知っておいて欲しいと思ってね。やっぱり、現場を知らない人間が幹部になるとよくないからね」

 もちろん全部建前と嘘である。そもそも部長本人がトロピカル因習アイランドに行ったことすらない。優秀な人間は本社も現場も手放さない。だからと言ってあんまり能力が低い人間を送ってその島の原住民との関係が悪化してしまうと社運を傾ける事態になってしまう。だから、可もなく不可もない人間が島流しに遭うというのがもっぱらの評判であった。

「これで君も営業所長だ。同期の出世頭じゃないか。頑張り給えよ」

「あ、はい、頑張ります……」

 だが俺は断れない。人の依頼を断れないのは俺の悪癖の一つだ。(たぶん営業としては致命的だ)ましてや上司から言われたことを断れるわけがない。渋々パスポートを取って、親や数少ない友人に連絡して、荷造りをする。そして島流しに遭う日が来た。

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