仲の良かった義妹との関係が、俺のスマホの検索履歴を見られたことで大きく変わった。
あざね
オープニング
俺と義妹、これまで。
俺には一人、血の繋がらない妹がいる。
俗にいう『義妹』というやつで、両親の再婚で小学五年生の時に知り合った。一つ下の彼女の名前は涼香という。元の父親がアメリカ人ということもあり、色素の薄い色の髪に青い瞳をしていた。顔立ちも一般人離れしているというか、芸能人やアイドルのそれ。
そんな出で立ちをしているからだろうか。
涼香は小さな頃から、よくイジメの対象になっていた。
『涼香をイジメるなぁ!』
『うわー! くそ兄貴がきたぞ、逃げろー!!』
いきなりながらも、兄になったということで気合が入っていたのだろう。
小学生の頃に彼女を守るのは、俺の役目だった。休み時間になると必ず義妹の様子を見に行って、男子に変な絡まれ方をしていたら、一直線に飛び込んでいく。
そうしていると、涼香も自然と俺に心を開くようになって――。
『ありがとう、お義兄ちゃんっ!』
『…………っ!』
出会って、どれくらいが経ってからか。
涼香は自分の後ろをてこてこと、愛らしい歩幅でついてくるようになった。もちろん、歳を重ねるごとにそれは変わっていったが、義兄妹の絆は変わらない。
中学に進級し、イジメもなくなって。
それでも登下校は一緒にして、こっちが先に卒業する時にも彼女は泣いていた。
『私、ぜったい義兄さんと同じ学校に行きます!!』
『えー? 涼香は成績良いんだから、普通に進学校行けって』
『嫌です! 絶対に同じ学校に行って、義兄さんの野球部を応援します!』
俺は当時、分かりやすいほどの野球少年で。
高校も県下の強豪校に、推薦入学することになっていた。しかしながら、そこはお世辞にも偏差値だって高くない。順調に行けば良い大学に進学できそうな涼香が、わざわざこっちに来る必要なんてなかった。それでも義妹は頑として意見を曲げない。
『義兄さんのために、私は頑張りますからっ!』
そうやって結局、俺と彼女は同じ私立へと進学したのだった。
◆
――で、現在の状況は、というと。
「義兄さん、早く起きないと遅刻ですよ?」
「ん、あと……五分」
俺は部活にも参加せず、完全に堕落した生活を送っていた。
理由というのも入部半年過ぎた頃にした大きな怪我で、利き腕が肩よりも上げられなくなってしまったのだ。日常生活に少しだけ苦労を残すが、それほどのものではない。
しかし野球を続ける、という選択肢はなくなってしまった。
「五分くらいなら、寝ても寝なくても同じですよ!」
「うー、分かった! 分かったよ、涼香!」
だけど、義妹は俺を見捨てないでいてくれている。
その証拠といってはなんだが、朝の弱い俺のことを起こしてくれるのは彼女だった。高校生になって、すっかり大人びた涼香は我が校のアイドルだ。
最近では教師たちも、誰も彼も俺を『涼香さんのお兄さん』と呼ぶ。
それは同時に、出来の違いに言及している証拠でもあった。
「……はい、おはようございます! 義兄さん!」
「あぁ、おはよう。……涼香」
それでも、涼香の俺に対する接し方は変わらない。
いつでも愛らしい笑みを見せてくれた。それが、救いでもある。
「それじゃ、私は先にリビングに行ってますからね」
「分かったよ。今日も、よろしくな」
「はいっ!」
こんな日常が、いつまでも続けばいいのに。
しかし、いつかは涼香にも彼氏ができて、俺との時間も少なくなる。
そんな未来は容易に想像できたし、考えれば考えるほど、胸は苦しくなった。だけども、それが普通のこと。仲が良いとはいっても、結局は義兄妹なのだから。
俺はそう考えつつ、トイレに向かうのだった。
◆
そして、スマホを忘れたと思ってすぐ部屋に戻った時である。
「あ、義兄さん……!?」
「涼香……?」
その事件が、起きたのは。
俺がトイレから戻ってくると、そこにはスマホを手にした義妹の姿。彼女はこちらに気付くと、顔を真っ赤にして狼狽えていた。
そして、半ば放り投げるようにしてスマホをベッドに戻すとこう言う。
「あ、あの……! 私は何も見てませんから!!」
「え? それって、どういう――」
何事だろうか。
そう思って、俺が訊ねようとした。しかし、
「な、なんでもないですっ!!」
「おい、どうしたんだよ! 涼香!?」
涼香はそう言って、部屋を出て行ってしまう。
俺は一人取り残されて、ただ呆然と彼女を見送るしかできなかった。
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