第14話 髪の短いラプンツェル

 はいはい皆さんこんにちは私です。毎度馴染みのひとりぼっち脳内劇場が始まります。


 すったもんだで私は北にあるらしい教会の、さらに端っこにある塔の最上階で暮らしています。


 地面が遠い!


 所々苔むし年季の入った石造りの塔はお伽話に出てきそう。素敵に寂れてますね。

 部屋の広さはだいたい歩幅七歩分。家具はありふれたベッドとダークオークの机と椅子のみ。ミニマリストここに極まれり。


 今日は私の生活をご紹介。


 朝は教会の鐘の音で目を覚まし、身支度を整える。

 手櫛で髪を整えたのち、黒いワンピースを身につける。修道服なんだそう。裾を踏んづけそうになるくらい長い。袖口の唐草紋様の刺繍がお気に入り。

 寝る時もずっとつけている黒いベールを調整する。寡婦がつけるような短い物ではない。シングルベッドのシーツくらいの大きさはありそうな布を頭から被り、頭の部分をバンドで押さえているのだ。

 ハロウィンの白お化けの仮装を想像してもらうといいかもしれない。多少は透けているが、視界が悪くてたまらない。

 ちょっとやそっとじゃ他人から顔を見られない。褪せ肌と呼ばれていた身として肌を隠せるのはありがたいが、寝てる最中までつけて他者に顔を見せるなとはちと厳しい。


 時間が経つと鍵のかけられた扉が開き、籠いっぱいの花と三食分の食事が置かれる。

 私は適当に飯を食べる。最初こそベールを腕の部分までたくしあげて食べていたがいちいち下がる布が煩わしい上に顔が露出してしまう。「顔が出ている!」と叱られるのも面白くないので、ベールの中に飯を入れてその中で食べるようになった。


 和製RPGゲームによくいるモンスタースライムの捕食みてぇだなと我ながら思う。


 腹ごなしに床へ花を撒く。花のほとんどは薔薇。芳香剤の代わりらしい。

 その後は窓から外をぼっーと眺める。事前に聞いた通りのあたり一体は峻険な山々。視界いっぱいのクソ緑である。空気はうまいが、空気で腹は膨れない。


 右手には白の漆喰で塗り固められた教会。

 ロマネスク風味のまろい角度の三角屋根が印象的。併設された平家の屋根もパステルカラーでかわいいですね。教会を囲むように田畑があり、私と同じ修道服を着た信徒さんたちが畑仕事に勤しんでいる。距離があるので顔までは見えないけれど。

 昼の鐘で昼食を食べ、夕方ごろ床に散らばった花を回収して籠に戻す。この籠は次の日の朝回収される。夜を告げる鐘で晩ごはんを食べる。で、寝ると。



「敗走した勝利の女神様の教えって、信仰より愛を重視するんですか? 女神様女神様〜ってお祈りするよりも、現実の人を愛することの方が大切なんです?」

「もちろん信仰心も大切だよ。ただそれ以上に愛を……特に親子の愛を重要視している。我らが主、敗走の女神が死んだ嬰児を今もなお愛し続けているようにね。

 だから子をもうけるために結婚を推奨しているし、司祭も妻帯を認められている」

「うちの村、子供の虐待普通にありましたけど……」

「理想と現実は違うからね」

「なるほど……」


 ごくごくまれに美形が来て女神の教えを説いてくれる。美形は若くして大司教様に抜擢されたすごい人なんだそう。

 より上の位である役職は枢機卿、教皇のみ。教会組織で一番偉い教皇は数年前亡くなられて以降空位の状態が続いており、実質組織のナンバーツーである。


「でも君は目の付け所が興味深い。この国に住う人間なら誰でも肌感覚で理解していることにわざわざ疑問を抱くなんて」

「いやいやははは」


 大司教様は勘が鋭い。現代日本の宗教観で話すとツッコミが入る。

 何度笑って誤魔化したことか。気さくな性格も手伝って、話し上手で聞き上手。油断していると前世の話やら転生の話やらぽろっと漏らしてしまいそう。


 その上優れた容貌をお持ちである。金髪は天使のにこげ、白皙の肌は女神さえも嫉妬する。教会の方から歓声が聞こえたら大司教様お出ましの合図。興奮のあまりぶっ倒れた修道女も観測してる。


 強いて難点を上げるなら童顔なところか。瞳が大き過ぎるのだ。二十歳中ごろらしいが、ティーンと言われても納得してしまう。

 

「……親子の関係を作るために男女の性愛は必須だ。

 しかし神々の敗北は同族の裏切りが原因だ。淫愛の女神、異界の大淫婦が敵将たる火の妖魔を愛し、神々の長トキノミコトの弱点を漏らしてしまったんだよ。


 神々を貶めた性愛は真実の愛と呼べるのだろうか? 親子の愛を真実の愛とするならば、その関係を生み出すための性愛も真実の愛とみなすべきではないだろうか?


 真実の愛とは何か? それが僕ら信徒に課せられた命題だ。

 聖書を置いていくから、時間がある時に読んでみるといい。

 君であればあるいは、真実の愛を見つけることができるかもしれない。期待しているよ」


 耳に心地よい説法を聴きつぼんやり思う。敵が多そうな人だなぁ、と。


「次は一ヶ月後くらいかな」


 そう言って大司教様は二ヶ月ほど顔を出していない。



 さてさて、我が脳内におはします紳士淑女の皆々様。お分かりいただけるだろうか。


 恐ろしく暇なのである。


 塔の部屋から出るのはNG。

 そもそも鍵がかけられているので外に出れない。しかも見張りが必ずいる。見張りも黒いベールで顔を隠している。夜の見張りはやたらと背が高いので、私を連れ去った司祭かしらん? と思い声をかけたが無視されたので諦めた。

 信徒さんと接触もNG。

 万が一信徒さんが来ても会話するなとキツく言い含められている。


 私、騙されてない?


 塔生活一日目から感じていた疑念。考えてみれば妙なことばかり。

 どうして大司教様と大柄司祭はわざわざ深夜私を連れて行った? 村人に、ドゥに別れを告げる時間すらくれなかった。私が教会の所有物となる証書も見せてもらってない。見せられたところで文字が読めないのでいくらでも偽装できる。


 せめてあの晩に少しでも違和感を感じていれば。同時に思う。騙されていると気付いても、私は大司教様の手を取っていたのではないだろうか。

 村に残ってもおっさんと結婚して地獄を見るだけだ。

 おっさんとの結婚を拒否すればよかったのか? 私は行き遅れで相手を選べる立場じゃなかった。いつかは結婚しないと人生が詰んでいた。どうすればよかったんだ?


「ドゥ……」


 村の心残り。彼に一言別れを伝えたかった。

 ドゥはちゃんとご飯を食べているだろうか。働き過ぎて怪我をしたり、体調を崩していないだろうか。急にいなくなって心配しているに違いない。


 ドゥを心配する権利はあるのか? 私は単なる幼馴染に過ぎない。彼に対する心配はいつだって空回りしてきた。今頃可愛いお嫁さんをもらって幸せに暮らしているに違いない。

 幸せそうなドゥを想像するだけで、どうしてこんなに胸が苦しいんだ?


 時間があると余計なことばかり考える。


 人のことを心配している暇はない。私だ。私は今後どうなってしまうのだろう。

 軟禁されているとはいえ、働かずに三食与えられている。

 しがない平民ひとりをここまで丁重に扱う理由はなんだ? どうして働かせない? 大司教様は何を考えている? 明日も私は餌を与えられるのか? 人目につかない場所に置いているのはいつ殺してもいいようにか?


 恐ろしくて大司教様に直接たずねられない。大司教様に会えない。自分の決断への不信が、ドゥに対する想いが、明日への不安が、毎日少しずつ澱のように溜まっていく。

 あぁ、だめだ。頭が破裂しそう。

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