四十一話 有紗の気持ち
(有紗の視点)
無理やり車に乗せられて連れて来られたのは、プリンスホテルだった。
「有紗様、大人しくしていてくださいね」
執事のアレキサンダーがわたしにそう言って帰って行った。
わたしは、これからどうなるの?
ホテルの最上階。わたしだって泊まるのは初めてだ。部屋が五つつもあり、ジャグジー風呂、ベッドルーム、リビング、簡単なキッチン、化粧室だった。わたし一人では広すぎるよ。
平くん、心配してるだろうな。
心臓が掴まれるように痛い。
トントンとノックをする音が鳴る。
「お食事をお持ちいたしました」
ホテルのウエイトレスが、夕食を運んできてくれた。お造り、マカロニサラダ、お味噌汁、ご飯、メロンがデザートに載っていた。
食欲が出るはずもない。
「ねえ、わたし、いつここから出れるか知ってる?」
「いえ! わたしは何も聞かされてませんので」
「勝手に出ていいのかな?」
「出られないと思います」
「そっか、ありがとぅ」
「いえ、すみません。何か必要なものあったら、フロントに連絡ください」
悪い娘じゃないんだろう。凄く申し訳なさそうに帰って行った。
連れ去られてきたことは知ってるんだな。
窓の外を見てみる。流石はVIPルームと呼ばれるだけはある。遠くまで海が見渡せ、素晴らしい景色が広がっていた。
平くんの家はどのあたりだろうか。
食欲が湧かないので、とりあえずお風呂に入る。スマホは取り上げられたので、わたしには連絡する手段がない。
フロントに連絡して、明日の予定を聞いてみた。
「有紗様の明日の予定は14時からお爺様の会合への出席と聞いております。お披露目もありますので、10時には衣装スタッフがそちらに向かう予定です」
こんなのやだよ。
予想はできたことだけれども、わたしと太一の婚約会見だろう。ここまでするとは思わなかった。
お爺様が電鉄会社の合併を重視していたのは知っていた。わたしと太一の結婚は確定路線だったのか。
平くん、お願いわたしを連れ去って欲しい。無理なのは分かってるけど、そう願わずにはいられない。
お爺様が政略結婚をさせるつもりなのに平くんを本気にさせてしまい、完全にお爺様を怒らせてしまった。
わたしは今まで何不自由なく生活させてもらってきた。人並み以上のお金と限度額のないカード。
ここまで大きくしてもらったことには正直恩がある。
でも、そんなの関係ない。嫌なものは嫌なのだ。
太一との婚約を拒むなんて、今のわたしには無理だ。
明日が初夜。大学になったら太一と正式に結婚か。
そんなの嫌だよ。
結婚後の生活にわたしの自由はない。わたしは太一の言いなりになるしかないのだ。
チラッと食事用のナイフを見る。
わたしは大きく息を吸い込む。
結ばれないのならば、いっそ一思いに。
ダメだよ、それは……。
死ぬのはダメだ。
たとえどんな不幸があっても望まない結末になったとしても、幸せを探して生きるべきなのだ。
ごめんね、平くん。
高校生のわたしや平くんには、ここが限界。今のわたしには、太一が少しでも、わたしに寄り添ってくれることを祈るしかない。
心残りなのは、平くんと一緒になれなかったこと。
キスくらいしたかったな。
そう考えているとノックをする音が聞こえた。
扉を開けるとお爺様が立っていた。
「有紗、ご飯食べないのか? お腹空くぞ」
「いえ、食欲が湧かないですから」
「どうした? なにか心配事でもあるのか?」
分かってるくせに……。
「わたしを連れ去ってどうするのですか?」
答えなんて分かってる。お爺様は、わたしに言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「太一くんとの婚約を少し早めたんだ。はっきりしておいた方がいいと思ってね」
そこに、わたしの決定権はない。
「太一くんと許嫁なのも最近知ったのにですよ」
「ごめんな。もっと早く言うべきだったよな。でも太一くんなら、有紗も問題ないだろ。ルックスもいいし、頭もいい、スポーツ万能」
わたしの気持ち考えてないよね。
「性格はどうなんだろう?」
お爺様はわたしの肩に手を載せた。
「男は決断力が必要だ。少し強引な方がいいこともあるんだよ」
わたしは決断力なんてなくても、優しい平くんがいい。
「わたしの選択ではないよねっ」
わたしはお爺様の顔を見た。初めて見る怖い表情をしていた。
「有紗もわしに歯向かうつもりか?」
「お爺様から、わたしに許嫁の話を一回もしてくれなかったじゃないですか?」
「太一くんの何が気に入らないのだ?」
わたしはお爺様を睨んだ。わたしがこんな顔をするのを初めて見たのか、お爺様は驚いた表情をしている。
「婚約者は自分で選びたい」
「馬鹿も休み休み言え、お前を大きくするのにどれだけ金がいってると思ってるんだ」
わたしはお爺様に落胆した。この人と話し合えることはない。
「お前の母親もそう言って変な男連れ込んで、結局痛い目見たんだぞ」
「お父さんのことを悪く言わないでください」
「お前もあの男の血を引いてるんだ。だからそんな世迷言を言うのだろう。太一と早く一緒になるべきなのだ」
「わたしには、好きな人がいます」
「……誰かね。その男は?」
「わたしは平くんが好き」
「一時的な感情に動かされてるだけだ。すぐに気がつく。今までは好き勝手にさせてきたけどな。今後はそんなことはないと思え。これは政略結婚なんだ。わたしからはそれだけだ」
お爺様はそれだけ言うと不機嫌そうに部屋を出て行った。
政略結婚なら、わたしに会いにくる必要なんてなかったよね。
平くん、お願い助けて……。
泣いても仕方ないけども、溢れてくるものは止まらなかった。
――――
有紗の視点です。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、フォロー待ってまーす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます