四十話 喫茶店で

「こちらが編集ライターの須藤健一さんだよ」


 山下社長に紹介された相手は、短髪で眼鏡をかけたエリートサラリーマンに見えた。メガネを外せばきっとイケメンなんだろう。


「よっ、君が噂の平くんだね」


 爽やかな笑顔で僕に手を出してきた。


「あっ、よろしくお願いします」


 僕が握手をすると、じっと僕を覗き込んでくる。


「ふうむ、あの冬月家の有紗ちゃんに惚れられる男と聞いたから、どんな子かと思ってたけど、普通の青少年じゃないか」


「当たり前だろ。有紗だって普通の女の子だ」


「いやぁ、中学高校と毎日のように男に告白され、全て振ってきたと言うからさ。その相手ができたと聞けば、どんな子だと思うだろ」


 山下社長は、顔に手をついた。


「そう言うところがゴシップライダーだって言われるんだよ」


「いやいや、あの可愛さはアイドルにならないのが不思議でしょう。複数事務所から声をかけられたって言うしさ」


 知らなかった。有紗ほど可愛ければ、声をかけられるのは当たり前だが。自分とは全く違う世界の人だったことに今更気づく。


「だから、アイドルなんかさせねえって。水着着させて何されるか分かったもんじゃないね」


「古いねえ。まあ、そう言うのも稀にあるけどね」


 嬉しそうに笑う。本当にゴシップネタが好きそうだ。


「だろっ。有紗をアイドルなんか絶対にさせねえよ」


 それより、この状況は目立ちすぎないか。


「あっ、あのっ」


「何?」


 なぜか僕が睨まれる。会話を中断したからだろうか。


「えと、ウエイトレスさんが注文取りに来てますよ」


「あっ、悪ぃ」


「えと、ご、ご、ご注文を何にしますか?」


 ふたりの会話に割り込めなくて、ウエイトレスがメニューを持ちながら、ウロウロとしていた。


「三人ともコーヒーで良いよな」


「いや、俺はこのパフェで……」


「はぁ、お前、女子か」


「俺は部類の甘いもん好きなんだよ。女の子と一緒の時にこれ頼むと女受けいいしね」


「それは女と一緒の時だろうが……、お前は?」


 山下社長は、不満そうに僕を見る。


「えと、僕はコーヒーでお願いします」


「えーっ、平くん、無個性はいけないよ。それって、なんでも良いって言ってるようなもんだろ」


「お前みたいにパフェ頼むよりはマシだ」


「いやいや、日本人は個性がないって言われて久しいけどよ。そう言うとこなんだよ」


「いや、僕はコーヒー好きですから」


 正直かなり恥ずかしい。ウエイトレスは、少し笑いながら注文を繰り返して厨房に行ってしまった。


「まあ、そう言うつまらない話より本題だ」


「あぁ、そうだね」


 ふたりとも真剣な表情になる。


「平くん、君にはこれからうちの衣装室で変装をしてもらう。有紗ちゃんに気づかれないとダメだから、かつらをつける簡単な変装になるけどね」


「大丈夫なんですか?」


「まあ、君を知ってる人が実は少ない。太一にさえみられなければ変装はまずバレない」


 確かに、冬月家で僕を知っているのは茜さんと有紗だけだ。茜さんは呼ばれてさえいないだろうし、有紗には気づいてもらわないとならない。


「分かりました。それにしても須藤さんは山下社長とどう言う関係なんですか」


「はははっ、悪友だよ、悪友……、こいつな茜さんと付き合う前は本当に女コロコロ変えるやつでさ。ついたあだ名が一回限り……」


 目の前で須藤さんが手を叩き大笑いする。


 有紗は僕と似ていると言うがどこが似てるんだよ、と僕は心の中で呟いた。


「してねえよ。デートして終わり。なんか付き合っててもつまらなくてよ」


「女の子と話すの楽しくなかったですか?」


「俺、自慢じゃないけどモテてたから、普通の子だと楽しくなかったんだな」


「で、茜さんと会った時のこいつと言ったらさ。本当に釘付けでさ」


「言うなよ、つまんねえ昔話」


「それからだよな。すげえ変わった。茜さん一筋すぎて見てても、こいつがこんなに人を好きになることがあるんだって思った」


「今だってそうさ。俺には茜と有紗だけだよ」


「でたよ、惚気話と娘自慢」


「うるさいなあ。そう言うことより今日は仕事だろ」


「そうそう、今日は楽しみにしてるよ。凄いスクープになるぞ」


「スクープですか?」


「そらそうよ。婚約発表で彼氏登場。絶対、面白いって……」


「だから、万年ゴシップ記者なんだよ」


「いいの、俺はこれが好きでやってるんだから」


「恨まれませんかね?」


「それは大丈夫。そこら辺ははね。まあ、見ててくれよ」


 須藤さんは、本当に嬉しそうに笑った。


「出て行くタイミングとかも教えるからさ。まあ、とりあえず衣装室で変装して、ホテルに行こうや」


「はい、本当によろしくお願いします」


「うん、真面目だねえ。本当にいい子だ」


「俺に似てるからな」


「似てねえからさ。有紗ちゃんもお父さんに似なくて良かったね、って俺は思ってるんだよ」


「うるせえよ。有紗は小さい頃、俺にそっくりだと言われ続けたんだからよ。小さい頃さ、将来何になりたいって言ったらさ。パパのお嫁さんって、本当あの頃が良かった」


「来たよ、親馬鹿話。それがさ今はこんな立派な男連れてくるんだよね」


「うるせえよ」


 いや、有紗は今だってお父さんが好きだと思う。僕が選ばれたのもお父さんみたいに優しかったからだったしな。


 それを言うと話が長くなりそうなので、僕は心の中だけで呟いた。



――――


遅くなりました。

よろしくお願いします。


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