三十六話 太一の思惑

「えへへっ、平と一緒に登校だよっ」


「その荷物、持つよ」


 今日の有紗は、いつものバッグ以外に大きな荷物を肩に掛けていた。


「ありがとう、これちょっと重いかも」


「何が入ってるの?」


「分かんないっ、ママが持っていけって」


「そっか、了解」


 有紗の荷物の中身が下着など衣類や日常着る洋服であることは容易に予想がついた。


 後から送ると言っていたが、下着や普段着はすぐにいる。もしもの時は妹に貸してもらえばいいが……。


「えっちぃ……」


 僕は思わず有紗の胸をガン見していた。下心があるわけじゃなくて、多分妹の服は胸のあたりがキツいんじゃないか、と思ったからだ。


「ごめん」


「謝らなくてもいいよっ」


 有紗は上機嫌だ。もし、僕が家に連れ帰らなければ、今日有紗はお母さんから婚約の話を聞くことになっていた。


 間一髪だった。僕は思わず有紗の手をそっと握った。


「へへへっ」


 有紗は恋人繋ぎに繋ぎ直して、僕を嬉しそうに見つめる。茜さん、僕は絶対、有紗を守るよ。


――――


 学校に着くと有紗は自分の席に座って授業の用意をはじめる。有紗の衣類の入った荷物はロッカーになんとか納まっていた。


「はははっ、なあ、平。ごめんな」


 太一が僕の隣に来て、耳元で僕だけに聞こえるように言った。


「あの条件さ、無効だわ。これは有紗には内緒なんだけどさ。明日、俺たち婚約するんだ。悪いな」


 僕は太一を思い切り睨みつけた。


「怖い怖い……」


 笑いながら、太一は自分の席に戻って行く。


「何を言われたんだ?」


 後ろの席の慎吾が心配そうな顔をして聞いてきた。


「いやっ、いいんだ」


「なんだよ、それ。お前がいいなら口出すことじゃないけどよ」


 慎吾も煮え切らない表情だ。悪い、今は本当のことは言えない。もし、太一にバレることがあったら、有紗のお爺さんにこれからの僕の動きがバレてしまう。それだけは絶対避けないとならない。


 太一の方を見るととても嬉しそうだった。たまに有紗にちょっかいを出して睨まれている。お前は俺のものになるんだ、などと口走っていた。


 朝礼が終わると有紗が僕の席にやってきた。


「なんか今日の太一、気持ち悪いんだよっ」


「そうか? なんかいい事あったのかな?」


 有紗は不安そうな表情で僕を見る。太一の嬉しそうな表情に自分が関わっている事だと分かって不安がっているのだ。もしかしたら、婚約することを以前に聞いていたのかもしれない。


「わたし、怖いっ」


「考えすぎだと思うよ」


「それならいいけどねっ」


 有紗は僕に顔を近づけて、小さな声で呟いた。


「もし、何かあったらわたしを守ってよねっ」


「うん、絶対だ!」


 一限目、二限目……、と時間が過ぎていく。今日のことは母親にも言ってない。きっと驚かれるだろうな。


 お昼休みはいつものように有紗と一緒にお弁当を食べた。太一は朝と同じく上機嫌だ。嬉しそうに自分の友達と話していた。


 ホームルームが終わり、テニス部に行こうとする有紗を呼び止める。


「今日、一緒に帰らない?」


「えっ、でも、ずっと休んでたから、たまにはテニス部に行こうかな、って……」


「じゃあ、待ってるよ」


 部活を休ませることも可能だけれど、有紗に無理はさせたくない。僕は図書室にいるから、と有紗に伝えた。


「分かったっ」


 とても嬉しそうな有紗。僕は2階の図書室で勉強しながら、テニス部の練習風景を時折見る。


 テニスウェア姿の有紗が、久美と嬉しそうにラリーをしている。太ももからスコートがチラリと見えた。


 見せパンと言われるがスコート姿は男子にとってかなりエッチだ。いかんいかん、欲求不満だろうか。僕は有紗から目を外し、勉強に集中した。


 二時間くらい勉強して、テニスコートを見るとクラブ活動が終わったのか、人もまばらになっている。


 有紗はどこにいるのだろうか。図書室で待ち合わせをしているが、不安になり荷物をまとめて、有紗を迎えに行った。


「どう言うことよっ」


「言ったままの意味だよ」


 テニス裏の桜の木の前で有紗と太一が口論しているのが見えた。


「明日、婚約するって本当なのっ?」


「本当さ、だから今日から俺と帰れよ。明日には俺がお前の正式な婚約者になるんだからさ」

 

 太一は有紗の肩に手をついた。距離があまりにも近い。押されて有紗の身体が桜の木にぶつかり、数枚、葉が落ちてきた。


「太一、平くんと約束したよねっ。テストで平くんが勝ったら許婚を解消してくれるってっ」


「あぁ、事情が変わったんだ。お前の爺さんが決めたんだぞ。お前、俺から逃げてばかりだったからな。我慢の限界だったんだろ。明日からお前は俺のいいなりだ」


「最低っ……」


「その目が堪らんよな。お前が従順になって行くところを想像したらさ」


 太一は、有紗の顔に自分の顔を近づける。


「この可愛い顔、胸、そして……」


 太一の視線が有紗のなだらかな曲線を滑り下り、やがて下腹部で止まる。


「ま○こか……、へへへ。明日からは婚約者だから、何してもいいってよ」


 我慢も限界だ。


「取り込み中悪いんだけどさ」


「平くんっ!」


「お前、何か用か?」


 太一が大きく振り返る。


「いや、有紗と一緒に帰る約束してたから」


「そんなもん知るかよ!」


 部活前に連れだせば良かったか。


「婚約は明日だよね。なら、有紗が僕と帰っても文句はないはずだ」


 太一は僕を睨みつけ、そしてあざ笑った。


「そうかそうか。じゃあさ、最後の別れを楽しめばいいさ」


 それだけ言うと去っていく。太一がいなくなると倒れ込むように有紗が抱きついてきた。


「平っ、酷いよ。わたし、もう逃げられないかもっ」


 有紗が僕の胸につかまり涙を流す。これ以上は見てられない。僕は有紗の耳元にささやきかけるように呟いた。


「後一つ、お願い残ってたよね。有紗、それを使って欲しい」


 有紗は上目遣いに僕を見た。涙に濡れた瞳は大きく見開かれ僕をじっと見ている。


「わたしを連れ去って欲しいっ」


 有紗はそれだけ言うと僕の身体にまた顔をうずめる。僕は耳元に顔を近づけた。


「了解、僕だけの可愛いお姫様・・・・・・・・・・




―――――



とりあえず、有紗を連れて帰らないとね


いつも読んでいただきありがとうございます。


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