第十三話 一緒に勉強!?

「ただいま」


 僕が家に帰ると母親が玄関にいた。


「疲れたよ、ちょっと飲み物貰うわ」


「なんで?」


 冷蔵庫を開けるのに、なんでと初めて言われた。いつ、親の許可が必要になったんだ。


「喉が渇いたからに決まってるだろ」


「あぁ、それなら、部屋に置いてあるから……」


「はぁっ?」


 こっちの方がなんでだ。なぜ息子の帰りに合わせて飲み物を部屋に用意してるんだ。


「気持ち悪いなぁ。どう言う風の吹き回しだよ。飲み物なんかキッチンでお茶でも飲めばいいじゃねえか」


「まあまぁ、そんなこと言わずにさ、上がって上がって……」


 嬉しそうに僕を押してくる。正直、何を考えているのか気味が悪かった。


 僕が2階に上がると、1階からごゆっくりぃと言う声が聞こえた。


「訳がわからん」


 と言いながら扉を開いて、僕は凍りついた。


「ちゃお♪」


「えっ、えっ、えーーーっ」


 目の前にはさっき走り去った有紗がいた。右手を数回振ってくる。


「冬月さん、どうしてここに?」


「ごめんね、外で待ってたらお母さんが中で待っててって言われてね」


「びっくりしたよ」


「来ちゃ、……駄目だった?」


 伏し目がちに僕を見てくる。その表情が無茶苦茶、かわいい。


「いえ、そんなこと全然全然、駄目なんかじゃないです」


「良かった。これ、佐藤くんのジュースね」


「あっ、ありがとう」


 有紗からオレンジジュースを受け取り、僕は喉を潤す。フォークでシナモンロールを取って一口食べた。母さん、こういうことなら、先に説明してくれないかな。


 それにしてもさっき太一といるところを邪魔したばかりだ。謝ってさえいなかったのに……。


「どうして、僕の家に来てくれたの?」


「約束、……したでしょ」


 人差し指を左右に振って、ニッコリと微笑む。約束って、もしかして……。


「勉強教えてくれるの?」


もちろん・・・・


 有紗の家の前で話をしたのを忘れたわけではなかった。邪魔をした後だから、来てくれるとは思っていなかったのだ。


「太一とはいいの? 途中で別れちゃって。僕が一緒に帰るの邪魔したせいで……」


「邪魔? してないよ」


 有紗は僕の問いに不思議そうな表情をした。


「なんで、僕が声かけなかったら、あの後も一緒に帰れただろ」


「うーん。佐藤くんにとってわたしが嬉しそうに帰ってるように見えたんだ」


 いや、それはない。むしろ嫌がっているようにさえ見えた。


「正直そうは見えなかったから、声をかけたんだよ。じゃあ、なぜ一緒に帰ってるの?」


「うーんっ、それは中間テスト終わってからだねぇ」


「秘密と言うこと?」


「朝も言ったように今は言わない方がいいんだな、これがねぇ」


 目の前の有紗は、まるで他人の話をするように話している。その表情がこれ以上は聞かないで欲しいと言ってるように見えた。


「でもね、嬉しかったよ」


「えっ?」


「まさか、付き合ってるのですか、なんて聞いてくると思わなかったもの」


「それは、ごめんなさい」


「うううん、いいの。言ってくれて、良かったと思う。でも今後は、あー言うのやめた方が良いと思うんだなぁ」


 それだけ言うと、鞄から教科書とノートを取り出した。


「中間まであまり時間ないからねぇ。勉強始めよっか」


 有紗が話題を変えた。この話はこれで終わりということだろう。今は真相を知るより、学年30番以内に入る方が重要だ。


 ここが正念場だ。もし入れなかったら、有紗は太一に取られてしまう。有紗の時折見せる悲しげな表情がそう言っているような気がした。


「佐藤くんは、どの科目が一番得意かな?」


 有紗は自分のノートに目をやりながら、現時点の僕の得意科目について聞いてくる。


 僕は満遍なく平均点を取っている。そんな僕に得意科目なんかは……。いや、得意とは言えないけれども、好きな科目ならあった。


「日本史かな?」


 僕は子供の時から大河ドラマが好きで、歴史小説なども小さい時から好んで読んでいた。その影響もあって、日本史だけは比較的点数も良かった。


「何点くらいなのかな?」


「前回のテスト平均点が65点のところ78点だったよ」


「へえ、じゃあ日本史からやろうか」


 有紗の点数は、掲示板で確認したから知っていた。92点……。さすが学年二位だ。


「まず、ノートの確認をするね」


 有紗が僕のノートを見ながら、自分のノートと見比べている。


「そうだねぇ、黒板の板書はちゃんと取ってるけども、わたしのノートと比べて、そのまま写してるだけだから、後から確認しにくいかな?」


 有紗のノートを手渡されて、内容を確認する。ノートには先生が言った事、大切な事が赤や青のボールペンで捕捉されており、マーカーも3色使われている。


 ただ、黒板を取っている僕とは雲泥の差だ。


「わたしのノートを参考に、佐藤くんのノートに書き込んでみるね」


 無味乾燥な僕のノートが30分もするとカラフルに色づけられていく。正直かなり見やすい。


「中間の範囲はここからだから、とりあえず今から覚えるといいよ」


 その日は僕のノートの確認と捕捉事項の書き込み、マーカーを塗っていくことが中心になった。


「こんなところ、かな?」


 ノートだけでもここまで差があるのに、一科目だけとはいっても、有紗よりいい点数を取るのは現状かなり難しい。


 僕が不安そうな顔をしているのに気がついたのか、僕をじっと見てくる。


「もう、佐藤くん。不安そうにしないでよね。大丈夫、だよ。それより30番以内に入る方が重要だよ。今は満遍なく勉強しようね」


 頑張れ、佐藤くんならきっとできるよと僕の肩に手をおいて励ましてくれる。


 結局、この日はノートの確認と書き込みだけで二時間近くかかった。


「現状の範囲のノートはこのくらいでいいかな?」


 有紗はニッコリと微笑んだ。その時、扉をノックする音がした。開けると目の前に学校から帰ったばかりの制服姿の妹の由美がいた。


「冬月さん、来てたんだね。お母さんから聞いて驚いたよ」


「驚いたの? なんで」


 有紗が僕と妹を交互に見る。一昨日楽しそうに話してたのに驚いたよ、と言われたら、素直になんでと思うだろう。


「えーっ、冬月さんに振られたんじゃないの? 昨日、冬月さんとは関係な……」


「由美ちょっと待て、その話はいいから」


 昨日のことを思い出して慌てた。有紗が来てくれて完全に忘れていた。


「んっ? 関係な……その後の台詞、わたしすごく気になるかも」


 少し悪戯っぽい笑みを浮かべて妹の方を向く。


「いやいやいや、いいからいいから」


「良くないでしょ! 昨日、兄貴死にそうな顔してたじゃん」


「うわっ、本当に? そんなに気にしてくれてたんだ。なんかちょっと嬉しいかも」


「えっ、嬉しいの?」


「ちがう、ちがう」


「違うんだ?」


「いや、違うこともなくて、ってわたし何言ってんだろう」


 有紗は僕に視線を向けてくる。この話はもう終わりにして欲しいと言っているように感じた。


 僕も有紗の言った嬉しいかも、という言葉はすごく気になるが、あまり聞くのも悪い気がする。


 流石に学年一の美少女に惚れられるわけがないのだから、今のは言葉の綾だろう。


「由美、もういいから。それより夕ご飯、そろそろじゃないのか?」


「あっ、そうそう。冬月さんも一緒に食べていかないかって、お母さんが……」


「ごめんなさい。食べて帰るときっと母が怒るので……」


 確かに今食べて帰ると家に帰った時に食べれるようには見えない。この細い身体で胸だけ育っているなんて、どんな奇跡なんだろう、とつい視線の先が胸に行ってしまう。


「へんたい!」


「えっ?」


 妹の言葉を聞いて有紗は僕が胸を見ていた事に気づく。僕の方をじっと見た。


「いや、これは違うくて……」


「えー? どんなこと考えてたのかな」


 今度は僕の方が焦ってしまう。


「いえ、ごめんなさい。流石に女の子が食べて帰って家で食べられる訳ないなぁ、と思っていたら、つい目が……」


「胸に?」


「そう……、でもここだけは育ってるなぁって、ごめん……」


「ふーん、佐藤くん、わたしのことそんな風に見てたんだ」


「冬月さん、気をつけてね。男は獣だからね」


「うーん、佐藤くんに限ってそれはないような」


「そうそう。僕、草食系男子だし」


「自分で言うな、自分で。そもそもそう言うやつほど怪しいからね」


「辞めてくれよぉ。冬月さんの前で」


 隣でくすくす笑う有紗。もしかして揶揄からかわれていたのか。


「もう、佐藤くん素直すぎぃ。別に胸見られること自体、気にしてないよぉ。まあ、ジロジロ見られるとちょっと気になるけどね」


 と嬉しそうに僕に笑いかけた。


「冬月さん、気をつけてね。こんなやつでも一応、男だからさ」


「うん、分かった、気をつけるよぉ」


 それから暫く僕をネタに妹と女子トークに花を咲かせていた。



―――――――


 冬月さんとお勉強。これからも続きそう。

 学校では他人のふり、家では少しラブラブな関係になるのかな?


 太一との関係は現時点では不明ですね。


 嫌なら田中さんに言えば良いのに……。言えない事情があるんでしょうね。


 読んでいただきありがとうございます。


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