第八話 恋の行方は?
「今日って四月なのにすげえ、寒いよな」
「ほんとほんと、やっぱり強風のせいかな」
僕と慎吾は、昼休みになるとすぐに、屋上に向かった。もちろん、有紗の告白のことが気になったからだ。
僕はいいと言ったのだが、そう言うなって、と慎吾もついて来てくれることになった。
屋上は広く、見通しも良いが停電時の発電装置が屋上にあり、その壁に充分隠れるスペースがあった。
暫く僕たちは発電塔の影から、ふたりが来るのを待っていると、屋上の扉が開いて太一が現れた。あっちに行ったりこっちに行ったり、落ち着かないようだ。
「あいつにしては、珍しいな」
ニヤリと笑みを浮かべる慎吾。少しして、有紗が現れた。
僕は心臓がキュッと痛むのを感じる。もしかしたら来ないかも、と言う期待があったからだ。
「どうしたのっ?」
有紗が太一に話しかけた。数秒間、沈黙の時間が流れる。太一が何も言わずに有紗に近づいて、手を掴み……。
「嘘だろ」
“抱きしめた”
有紗は何か言っているが、この距離では何を言っているのか分からない。僕は飛び出そうとしたが、慎吾に今はまずいと止められる。
抱きしめられながら、数言話しかける太一。ここからじゃ、どんな表情をしてるのかさえわからない。
ただ、抱きしめられている間も、有紗は大声を出すことはなかった。
数分くらい、そうしてただろうか。
「じゃあな、まっ、考えといてくれよ」
とだけ言うと、太一は去っていった。
有紗はそのまま、はあっと息を吐きながら、座り込んでしまう。
「何があったんだよ」
僕はいても立ってもいられなくて駆け出そうとした。
「まぁ、待て。もう少し様子を見よう」
慎吾は僕を制止した。今の状況が読めないのに、僕が出て行くこと自体リスクが大きすぎる。有紗だって今話したばかりだ。気持ちの整理をする時間が必要だろう。
僕たちが様子を伺っていると屋上の扉を開けて、
「なんだかなぁ」
と言う言葉を残して有紗は行ってしまった。
バタンと言う扉が閉まる音だけが後に残される。僕は慌ててふたりがいた所に立ってみた。別に何があるわけでもないが、気になったのだ。
「どうしたら、いいだろうか?」
僕が聞くと一緒に隠れていた慎吾もこちらに歩いてきて僕の前で腕を組む。
「今の状況だと、冬月さんがどう考えてるのかが分からないから、様子を見ないと仕方ないぜ。まあ、玉砕覚悟で行くならいいけどさ」
玉砕覚悟か。僕は冷静になって考えてみる。冬月さんが僕に声をかけてくれたことだって、気まぐれかもしれない。そもそも、僕と太一ではどう考えても勝ち目がない。声をかけて失敗するより、もう少し様子を見た方がいいのかもしれない。
僕たちは屋上の扉を開けて教室に降りた。自席に座り、いつものように弁当を一人で食べる。慎吾はそのまま購買に行くと言っていた。
一人で考えているとどうしても悪い方に考えてしまう。さっき、なぜ声を上げなかったのだろうか。声をあげたって、無駄かも知れない。それでも相手への牽制にはなったはずだ。
チラッと有紗の方を見ると、いつものように田中さんとお弁当を食べていた。
さっきのことなど、まるでなかったかのように、楽しそうに話している。抱きしめられて、平静でいられることが信じられなかった。有紗は告白を受け入れるつもりなのだろうか。
有紗の方をぼんやり見ていると、気がついたのか、こちらに振り向いた。僕は慌てて視線を逸らしてしまう。
胸が痛い。こんな気持ちになったことは生まれて初めてだ。昨日、初めて声をかけてくれただけなのに、まるでもう何年も付き合っていたようにさえ感じた。有紗を誰にもやりたくはない。玉砕してもいい。
でも、もし太一のことが好きと言われたら、そう考えると僕は正直怖くて堪らなくなる。
やはり、本当のことを聞くのは正直怖い。
有紗のことを悶々と考え、気づくと教室には僕しかいなかった。いつの間にかホームルームも終わり放課後になっていたのだ。
僕は鞄を手に取り帰ろうと教室を出る。真っ赤に染まる夕焼けが血の色のようにどす黒く感じられた。頭の中には抱きしめられた有紗のことが、ぐるぐると渦巻いていた。
家に帰ると母親と妹から、有紗と進展があったのか聞かれる。嬉しそうに話す声が今の自分にとっては正直辛かった。
「冬月さんとは、もう関係ないんだ」
僕が一言やっとのことで声を絞り出すと母親は目を丸くして、
「喧嘩したの?」
と言い、隣にいた妹の由美も話に割って入ってきた。
「ちょっと兄貴、あんないい娘を泣かせるなんて恥を知りなさい!」
「馬鹿を言うなよ。何にも知らないくせに、誰が泣かせるかよ。関係ないだろ。放っといてくれよ」
正直、惨めすぎて慌てて僕は、2階に上がり自分の部屋に入った。どうしようもないじゃないか。
ベッドに横になり、目を閉じる。頭の中には有紗の可愛い姿が浮かぶ。あの可愛い唇はもしかしたら今ごろ太一に奪われているかも知れないのだ。
嫌な感情が頭の中をぐるぐると渦巻き、暑くもないのに汗が吹き出してきた。
「兄貴、電話鳴ってるよ!!」
隣の部屋から妹の由美の怒鳴り声がする。スマホの音さえ気がつかないほど僕は病んでいたのか。僕はスマホを手に取り、相手を確認しようと液晶パネルを見た。
「えっ、嘘?」
そこに表示されている名前を見て驚いた。
「田中さん?」
一番かけて来ることはないと思っていた相手だった。そもそも電話番号をいつ知ったのか。僕は慌ててスマホの通話ボタンを押した。
「もしもし、モブ男」
えらい言い草だ。でも、正直、嬉しかった。この電話が天国から降りてきた一筋の蜘蛛の糸ように思えた。もしかしたら糸口なるかもしれない。
「どうしたんだよ、田中さんが電話をかけてくるなんてさ」
「わたしだって、モブ男にかけたくないの。でもさ、かけないわけには行かないわけよ」
田中さんが僕にかけてくる用事なんて有紗のことに決まっている。僕はそう思った。だが、正直に答えることが嫌だったので、
「田中さんに何かあったの?」
と聞いてみた。
「わたしに何かあったら、父親に言う」
思った通りの答えだったが、声が冗談に聞こえない。確かに聞いた話が本当ならば、数人を病院送りにしてでも、すぐに解決してくれそうだった。
「まあ、そうか。で、どうした?」
僕がこれから話される話が僕の人生を左右するかも知れない。と目を閉じて、田中さんの声に意識を集中させた。
「あんたが男だと思って電話した」
やはり有紗関連の話だ。僕は確信した。
「有紗さ、太一に屋上呼び出されただろ」
「うん、そうみたいだ」
ここからは、真剣な話だ。僕は田中さんの言葉に賭けようと思った。
「でさ、何か言われたようなのよ。それがさ、ハッキリしなくてね。いつもの有紗ならわたしに言うのにさ。だから……」
数秒間の無音の時間が流れた。
「有紗に何があったのか聞いてあげて。君が必死に言ったら、本当のことを言うかもしれない。いやさ、太一を縛り上げてもいいんだけど、それでいいのか。今の状況だと分からないんだよ」
声に必死さを感じた。僕にかけるくらいだから、相当だろう。僕は覚悟を決めた。
「だから、明日は七時に有紗の家に行きなさい」
「はあっ?」
田中さんの話が的を得ないため聞き返してしまう。僕は……。
「行きなさいと言ったって、どこに住んでるのか、すら知らないよ」
「はあ? あんた馬鹿なの。冬月って姓でここら辺なら、あそこしかないでしょ」
僕は初めて知った。嘘だろ、冬月邸と言えば、この辺りじゃ知らないものなんていない。有紗は生粋のお嬢様だったのか。
だから、送られた時にここで良いと言ったのか。
「嘘、あの冬月財閥と言われるお屋敷のお嬢様が……」
「何、日和ってるのよ。その有紗があなたに声をかけたの。だから最後まで行って撃沈しなさい」
「撃沈前提かよ!」
「あはははっ、まあそういう訳だから頼むわ」
「えっ、本気ですか」
「本気も本気よ」
えらいことになったと思った。明日は有紗の家で彼女を待たないとならない。
まあ、でもハッキリしたいのは自分も一緒だ。ここは玉砕覚悟で行くしかない。骨くらいは拾ってくれるよな、と僕は思った。
―――――――
少し暴走中です。
冬月さんは何を考えてるんでしょう。
この後も応援よろしくお願いします。
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