第34話「魔王の脅威」

 休憩時間が終了し、東と西の休憩席からシンドウとマリア、そしてレフェリーが同時にサークル内に転移した。シンドウとマリアの距離は十メートル離れている。

 シンドウは、転移魔術使用時に発生する燐光を右手で払いながら左肩の具合を確認する。

 イズナの治癒魔術のおかげで痛みは多少和らいでいるが、無茶な動きをすればすぐにぶり返すだろう。長期戦は望めない。短期決戦だ。


「ラウンド二! ファイト!」


 第二ラウンド開始を告げるゴングが鳴ると、レフェリーがサークルから転移魔術で外へ出る。

 シンドウは、その場でリズムを取りながらステップを刻んだ。こちらの出方を窺っているのか。マリアは軽く両腕のガードを上げたまま微動だにしない。

 様子見するならこちらが先手を頂く! 右足、左足の順番でサークルの石板を靴底で踏み抜くとしけたクラッカーみたいにひび割れた。


樹縛方陣じゅばくほうじん!」


 石板の割れ目から、新緑の蔦が生い茂った。ぐんぐんと伸びる麻ひもぐらいの太さの蔦を一本をシンドウは口にくわえる。

 他の膨大な蔦たちは、しゅるしゅると絡み合い、大蛇と見紛う威容を誇る数百の大蔦と化した。巨大な蔦たちが一斉にマリアへ飛び掛かる。蔦といっても魔術で作られた特別製で強度は大抵の金属をしのぐ。まともな手段では切断不可能だ。

 マリアは、音の壁を突き破って接近する蔦を狙い、刹那の光刃を持った右腕を翻した。光の一閃が数十の蔦をまとめて撫で斬りにし、蔦の切断面から水滴が飛び散る。

 すかさずシンドウは、両手の指を絡ませて印を結んだ。空間中へ魔力が波及し、蔦から零れた水に干渉する。宙を舞う水の球が針となって飛び出し、マリアの瞳を狙う。

 眼球に刺さる寸前、マリアが左へ跳んで水の針を回避した。

 まだ攻撃は終わってない! 着地の瞬間、マリアの右手首に細い蔦が絡みつく。


「っ!」


 絡みついた蔦の根元は、シンドウが口で咥えている。

 ふっ! と魔術を込めた息を吐き出すと、緋色の炎が蔦を伝わってマリアに迫った。

 絶え間なく襲い掛かる魔術を前にしても、焦るどころかマリアの愉悦は増していく。

 拘束されていない左手に刹那の光刃を作り、燃える蔦を切断。炎が燃え移る寸前で右手首が解放された。


 安堵の隙は与えない。生き残っている蔦の第二陣を投入した。

 マリアを襲わせている間に右足の裏側に魔力を集中して魔術を構築。ブーツの底から放出した魔術を石板の割れ目からサークルの石板内部に注入し、地面を這わせて進ませた。

 刹那の光刃で蔦を次々に切り捨てるマリアの意識は地面にはないはず。

 マリアの足元の石板に亀裂が入った瞬間、彼女は目ざとく後方へ飛び退いた。一手遅れて石板を突き破り、螺旋を描く巨大な岩槍が標的を見失って天を突く。

 間髪入れずにシンドウが印を結ぶと、高速回転していた岩槍が急停止。


「破っ!」


 一喝と同時に石槍が炸裂した。拳大の石の散弾は指向性を持ち、一つ残らずマリアを目指して進撃する。

 重質量を音速のはるか上の領域の速度でぶつける。原始的な攻撃だが破壊力は折り紙付きだ。

 さらに素材の石つぶてはシンドウの魔力が浸透し、強度・質量が強化されている。一つ一つが小型の隕石に匹敵し、サークルの外で撃てば山の地形を変えることすら容易い。

 マリアが右の拳を突き出すと、魔力の散弾が勢いよく射出された、蒼い輝きは群れた狼のように統率された動きで、つぶての散弾を一つ残らず迎撃した。

 サークル内に、砕かれたつぶてから生じた石の粉が充満する。これは単なる石の粉ではない。魔力の籠った粉末だ。


 シンドウが前歯に魔術を構築してカチンッ! 歯を鳴らすと蒼い火花が走り、眼前に滞留する石の粉に着火する。

 一つの粒子が蒼く燃え、隣の粒子に火をつける。その工程を繰り返して石の粉は連鎖的に燃え広がり、火は炎へ、炎は爆炎へと姿を変えた。

 右手を突き出して握り込むと、爆炎は凝縮され、大火の渦がマリアを巻き込む。

 轟々と唸り声を上げて荒れ狂う赫灼の蒼嵐は、なんの前触れもなしに掻き消された。


「なっ!?」


 渦の中心点にいたマリアは無傷だ。大量の魔力を瞬間的に放出したのか?

 ダメージを負わせるより速く、蒼炎を蹴散らされた!


「よくもまぁこんなにポンポンと魔術を繰り出せるわね。技の多さではあなたに敵わないわ」


 マリアが一歩一歩踏みしめるようにして間合いを詰めてくる。本来体術ではシンドウのほうがマリアより僅かに上をいく。だが左肩の骨折を抱えた状態となると、かなり分が悪い。


「空間中の目標魔力量はたまったかしら?」


 やはり徴収魔術を使うと分かっていながら、マリアは躊躇なく魔術を使用していたようだ。

 徴収魔術を恐れていないのか?


「生きた魔術辞典。あなたの持つ魔術全てが徴収魔術によって切り札になる。ねぇどれを使うの? レイジングフラッシュ? 刹那の光刃? ライオットバレッツ? 魔戦輪? 樹縛方陣? ライトニングフリッカー?」


 マリアが両手を広げた。左右の手にそれぞれ魔力が凝縮され、強い光を放った。


「なにを撃ってきてもいいわよ。どんな魔術であろうと正面から叩き潰してあげる」


 右手をこちらに向けてくると掌から極大の熱線が放射された。

 シンドウが左へ跳ぶようにステップして回避する。

 マリアは、砲撃の反動もお構いなしに、熱線を放射したまま力ずくで薙ぐようにして右腕を振るった。シンドウが咄嗟にしゃがみ込むと、頭上をレイジングフラッシュが掠めていく。


「シンドウ」


 続いてマリアの左手から、レイジングフラッシュが放たれる。

 シンドウは、しゃがみ込んだ体勢から立ち上がる勢いを活かして右側へ横っ飛び。先ほどまでいた位置の石板が左からの熱線で溶かされ、蒸発する。


「ずっと待っていたわ。あなたとの決着を。胸躍る戦いを」


 言葉を紡ぎながらマリアが左右の手からレイジングフラッシュを連射してくる。砲撃魔術を射撃魔術のように容易く撃つ芸当は、紛れもない天賦の才の証だ。


「あなたの技と私の力。どっちが上なのか――」


 右へ回避、左へ躱し、ダッキングからさらにヘッドスリップ。絶え間ない砲撃の飽和攻撃を避け続ける。激しい動作に肩の痛みがぶり返してきた。


「今日ようやく決まるのよ!」


 右手からの砲撃を右方向に上体を捩じって避けると、間を置かず左手の砲撃が火を噴かんとしていた。

 まずい! 今の体勢では避け切れない!

 砲撃が発射する寸前、シンドウは翠色の燐光を放ち、マリアの頭上に転移。砲撃の射線上から退避した上に、制空権も取った。この位置からこちらもレイジングフラッシュを――。

 そんな思惑を見透かしていたかのように、マリアの左腕の砲口が上空に向けられていた。


「やべっ!?」


 蒼い灼熱の閃光が天へと放たれる。転移位置を読まれ、虚を突かれた。このタイミングだと転移魔術の構築よりレイジングフラッシュ着弾の方が速い。

 こちらもレイジングフラッシュを撃って相殺?

 だめだ。速射性を重視した構築では、マリアの威力に押し負ける。

 歯噛みしながら全身に雷撃を纏わせ、身体速度を雷速域に高速化。魔力を集中した右手のパリングでレイジングフラッシュの射線を逸らしたが、すぐさま二射目の熱線が視界に飛び込んでくる。

 右手ではパリングが間に合わない! 覚悟を決めて左腕でパリングを敢行した。

 二射目の閃光をぎりぎりで逸らすも、パリングしても殺しきれなかった衝撃が骨折した左肩まで響いてくる。


「ぐっ!」


 痛みを噛み殺して両腕を突き出し、反撃のレイジングフラッシュを地上のマリアへ放つ。

 余裕たっぷりのマリアは、涼しい顔で後方へ飛び退いた。

 標的を失った熱線がサークルを抉り取り、溶けた石板がぐつぐつと煮立っている。

 砲撃の撃ち終わりと同時に着地すると、左肩に激痛が走った。あまりの痛みに思わず患部を押さえてしまう。パリングの時、骨折の範囲が広がったか?

 戦況は最悪だ。策を弄する以前に力で押し切られかねない。


「いいわよシンドウ。すっごく楽しいわ」


 起死回生の手はある。この日のために練り上げてきた切り札が。


「ねぇ、これで終わりじゃないでしょう? まだまだ戦えるでしょう?」


 もしもマリアがこちらの狙いを読んでいたとしたら?


「どんな手を使ってくるの?」


 あり得ない話じゃない。口では力がどうこうと言っていてもマリアのそれは計算された力によるごり押しだ。大量の魔力に任せて闇雲に魔術を撃つだけの相手なら大して苦労はしない。搦手で適当にやりこめてしまえばいい。


「あなたがどんな戦術で! 戦略で! 私を倒すのか、楽しみで眠れない夜もあったのよ!」


 マリアは、あのカワシマ・ガンテツが認めた弟子だ。共に修行していた頃も模擬戦の戦績はマリアが勝ち越していた。こちらは地力で劣っている。

 使える魔術の数で分があると言っても、魔術単体の熟練度は向こうが上だ。

 弱い手札を何枚積み重ねたところで絶対の強さを持つ一枚には敵わない。


「シンドウ、早く次の手を打ちなさい」


 ここからどう戦う?

 本当に今のままの戦術でいいのか?

 本当にその戦い方が通用する相手なのか?


「じゃないと……」


 どうすればいい?

 どうすれば!?


「あなた負けちゃうわよ?」


 やはり魔王には及ばないのか――。


「シンドウさああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」


 東側の休憩席から声が轟いた。

 思わずそちらを見てしまう。戦闘においてよそ見は死を意味する。それでもシンドウは見ずにはいられなかった。だってそこにはナルカミ・イズナがいるから。

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