第33話「魔王の真意」

 シンドウがサークルの東側に設けられた休憩席に転移すると、興奮した様子のイズナが出迎えてくれた。


「お帰りシンドウさん! すごかったよ! 二人の高等魔術の応酬! 興奮しちゃった!」

「楽しんでもらえたならなによりだ。どっこいしょ」


 椅子に座ると、すぐにイズナが掌を負傷した左肩にあてがってくれた。治癒魔術の翠色の光が掌を通してシンドウの体内に流れ込んできた。左肩を蝕む痛みが僅かにほぐれていく。


「ダウンは一回ずつ。互角だね! 次のラウンドもこの調子でいけばシンドウさんが勝っちゃうよ!」


 イズナは、シンドウの勝利を信じて疑っていないらしい。

 こちらも強気に返すべきなのだろうが、彼女が思っているほど互角の勝負ではなかった。


「そりゃ難しいだろうな」

「え? どうして?」

「一回ずつのダウンって言ってもダウンの質が違う。俺は顔面を殴って押し倒しただけ。とっくにダメージは回復してるだろうさ」

「それはそうかもしれないけど、シンドウさんだって肩に当たっただけで」

「それが問題でな。骨が折れてる」

「…………」


 真実を告げられたイズナは驚愕していたが、声には出さなかった。西側休憩席にいるマリアとユーリに異変を悟られたくないと判断してのことだろう。

 競技の性質をよく理解している。さすがにシンドウよりもベテランだ。


「貫通力に優れる狙撃型魔術レイスティンガーの直撃だ。実戦なら骨折じゃなくて肩の肉を抉り飛ばされてた。マギシングサークルの防護魔術に感謝だよ」

「痛みのレベルは?」

「肩が上がらん。まぁ骨折するなんて戦場じゃよくあったからな。なんとかするさ」

「だけど……」

「大丈夫。イズナの治癒で痛みはだいぶ引いたよ。ありがとう」


 肩の負傷で長期戦は難しくなったが、元々シンドウとマリアでは魔力量に三倍近い差がある。まともに魔力の撃ち合いをしていたら徴収魔術があってもこっちが先に干上がってしまう。


「次のラウンドで勝負を仕掛ける」


 負けるわけにはいかない。イズナとナルカミジムの将来がかかっているのだ。負けることは許されない。勝利のための策は用意した。問題はマリアがそれに気づいているかどうか。

 シンドウは、左手で腰に巻いたベルトにそっと触れて唇を固く結んだ。




 ――――――

 



 西側休憩席。マリア・マクスウェルは、椅子に深く腰掛けてユーリの治癒魔術による治療を受けていた。


「シンドウさん、すごい打撃です。ユーリの治癒魔術じゃ痛みの緩和しかできません」

「それで十分よ。見事にやられたわ」

「ええ。さすがは生きた魔術辞典です。あれだけの魔術を同時に扱い、しかも組み合わせ方もうまい。勉強になります」


 ユーリの眼差しは対戦相手への尊敬で満ちている。可愛い弟子を取られたようで少々腹立たしいが、さすがはシンドウ・カズトラと言わざるを得ない。

 鉱物に魔術を施して疑似生命を作り出す岩人形。対象に魔力の像を投影する幻影魔術。この二つの組み合わせだけなら珍しくはない。

 シンドウの場合は、煙幕で姿を隠した瞬間、自身の肉体をサークルの石板を触媒とした土属性魔術でコーティング。その上から幻影魔術で自分の像を張りつけた。これと同時並行して地面に幻影魔術を施した岩人形を仕込んでおく。

 マリアの背後に回って拳で攻撃。当然マリアは迎撃するが殴った感触は岩だ。直後に、地面に仕込んだ幻影魔術併用の岩人形を飛び出させる。こちらとしては殴ったのが岩人形で、本体は地面から飛び出たほうと錯覚する。完全にしてやられた。


「そうね。彼とあなたは適性が似ているわ。あなたが彼から学べることは多いはずよ」

「ですが、マリアさんのほうが優勢です。レイスティンガーの直撃です。肩の骨が折れたはず」

「大したダメージじゃないわ。戦場では骨折なんて日常茶飯事。あの程度で止まるやつじゃないわ。いいえ、止まるようでは困るのよ」


 百年間、マギシングサークルに人生を捧げてきたのは、この日の決着のため。

 五百年前のあの時、マリアはシンドウに殺されてもいいと覚悟していた。

 人魔戦争で殺されていく仲間を見て、黙っていられなかった。

 ガンテツの元で自分だけが安穏と幸せを享受するなんて、自分で自分が許せなかった。

 だから師の元を離れ、魔族として人間と戦った。


 初めて人を殺した時、もうシンドウとガンテツの元には戻れないと覚悟した。人殺しがあの幸せだった時間に戻れるはずがない。

 丁度その頃、シンドウの武勇が耳に入り始めた。誰よりも多くの魔術を操り、多くの魔族を殺したと。やがて敵の魔族の命を奪わずに封印するようになったと。

 マリアが魔王になったのは、自分の死で戦争を終わらせられると思ったからだ。

 総司令官が人間側の魔道師に討たれれば、戦争は終結する。その相手はシンドウでなければならない。彼ならば魔族を悪いようにはしないと分かっていたから。


 だからマリアは、より多くの仲間を守り、より多くの人間を殺した。

 魔族を絶滅させる思想を持つ人間を徹底的に駆除して、シンドウやガンテツのような穏健派が人間側で存在感を示すように。

 ついにシンドウと戦場で出会った時、やっぱり彼にしか殺されたくないと思った。自分を殺していいのはシンドウだけだと思った。どうせ死ぬならせめて魔道師として持てる全てを出し切って決着をつけたい。

 勝負そのものには手を抜かない。全力で勝利を収めにいく。こちちが勝ったら自害しよう。それで戦争が終わるから。シンドウが勝ったら彼にとどめを刺される前に自害しよう。シンドウの心に傷を残していけないから。


 だけど彼は、戦うことを拒絶した。マリアにとってシンドウとの戦いは、彼と一緒にいた一番幸せだった時間に戻れる最後の瞬間だったのに。

 シンドウに封印された時は、絶望した。もうお前とは、昔のようには戻れないと告げられたような気がして。

 今なら分かる。彼もマリアを殺したくなかったのだ。死なせたくなかったんだ。

 封印からサルベージされて、世界が変わり始めたのを知った時、シンドウを目覚めさせるのを待ってもらった。今度は命なんかかけなくても、シンドウと幸せだったあの頃のように戦える世界を作りたいと願ったから。


「今回は命懸けじゃないわ。だからこそ私が勝つわよシンドウ!」


 百年をかけて、ようやく舞台は整った。

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