第三章:ナルカミ・イズナVSユーリ・ストラトス
第17話『試合開始』
ナルカミ・イズナVSユーリ・ストラトスの試合会場となったのは、マギシングサークルの興行を主目的として建造された多目的アリーナ〝シンドウアリーナ〟である。
アリーナの分厚いコンクリートの壁を突き破って隣接するサクラギ駅まで歓声が響いていた。
現在の時刻は、午後七時五十五分。試合開始五分前だというのに、観客たちのテンションは最高潮に達しつつある。
最大四万五千人を収容可能な客席は満員御礼であり、客の年齢層も老人から子供まで幅広い。
巨大な魔術陣が刻み込まれた半径百メートルの白い石造りのサークルが、客席に囲われる形でアリーナの中央に鎮座している。
『本日はシンドウアリーナにご来場いただき、誠にありがとうございます。魔道師が死力を尽くして決闘を行うマギシングサークルの試合は、常人の反射神経をはるかに超えた速度で展開されます。魔術の使えないお客様は、各座席に設置されております魔眼グラスを着用の上、ご観覧ください。尚お客様が持参された魔眼グラスがあればそちらをご使用頂くことも可能です』
サークルの東側にある選手休憩席で、シンドウは観客に配られたものと同じ魔眼グラスを眺めていた。
「普通の眼鏡にしか見えないんだけどな。これかけるだけで平均的な魔道師レベルの魔眼と同等の効果を得られるとは驚きだ」
『シンドウアリーナにお越しのお客様にお願い申し上げます――』
「ああくそっ! 恥ずかしい! マリアのやつ無断で俺の名前つけやがって!」
シンドウアリーナは、かつてシンドウとマリアが封印されていた場所の上に造られている。
建造されたのは九十五年前だ。理由の一つは、マギシングサークルの象徴として。もう一つは、シンドウが封印されたままの封印陣の保護が目的だったという。
施設の老朽化に合わせて過去四度近代化改修されており、三年前には基礎構造から建て直しされたため設備は真新しい。
よもや自分が眠っている場所の上に、こんなバカでかい建造物ができていたとは想像していなかった。
三ヶ月前まで凍り付いていた時間が五百年ぶりに動き出したかと思えば、五百年間眠っていた場所に帰ってきている。
元はと言えば、マリアがイズナを使ってシンドウを巻き込んだ策略だ。
サークルの西側にある休憩席に、ストレッチしているユーリとマリアがいる。こちらの視線に気付いたのか、マリアが手を振ってきた。
「あの女、なに考えてんだかな」
出来のいい脳みそにどんな企みを秘めているのか。
少なくとも、ここまでマリアの思惑通りに事が運んでいるのだけは確かだ。
「ま、なるようにしかならねぇな」
マリアのことは一先ずいい。今気にかけるべきはイズナだ。
今度の試合に負ければ四連敗。プレッシャーは相当のはず。加えてマスコミの報道やSNSの書き込みは、イズナを嘲笑う内容ばかりであった。
才能の枯れたイズナがユーリに勝てるわけがない。四連敗で引退か。ファイトスタイルの変更は迷走の現れ。伝説のシンドウ・カズトラに指導されるなんておこがましい。
一人残らずお礼参りしたい気分になったが、イズナに止められた。言いたいやつには言わせておけばいいと。
悪意の豪雨を浴びながらもイズナはいつもどおりであった。そしてそれが虚勢でないことをシンドウは知っている。心の底から意にも介してないのだ。
彼女が見据えているのはただ一人。ユーリ・ストラトス以外にない。
「シンドウさん! 新しい
ファイトスタイルの変更と合わせて、イズナの
黒い三分袖のシャツは、ジャポニアの伝統的な民族衣装である着物を模している。
朱色の二分袖のジャケットは着丈が短くイズナの脇腹の位置である。ジャケットの背中にナルカミマギシングジムのマスコットキャラであるドラマジくんが白でプリントされていた。
裾に赤いラインの入った黒のプリーツスカートの下には、黒いショートパンツをはいている。
膝丈のブーツは、動きやすさを重視して柔らかさと耐久性に定評がある魔獣パールオックスの革を使っている。
両手にはシンドウが与えた触媒のグローブをはめているが、ゲンイチロウの形見の杖も持っていた。
「はやく試合したくてうずうずだよー!」
興奮したイズナがバタバタと足踏みをしていると、天井に設置されたスピーカーから女性の声が降ってきた。
『試合開始一分前です。両選手サークル入場のスタンバイをお願いします』
イズナは、手に持っていた形見の杖を休憩席に立てかけた。
「この杖ここに置いててもいいかな? おじいちゃんが見守っててくれる気がするんだ」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう! おじいちゃん見ててね……」
杖の頭を愛おしそうに撫でた後、イズナは両頬をパチンと叩いた。
「それじゃあシンドウさん! 行ってくるね!」
闘争心は満ちているが焦燥はなく、自信と覇気が充実している。
優れた才能を持つ魔道師のみが浮かべる強者特有の表情(かお)だ。
「ああ! 楽しんで勝ってこい!」
「うん!」
力強く頷いたイズナは、休憩席の床に刻まれた幾何学模様の魔術陣に飛び乗った。これはサークル内と休憩席を移動するための転移用魔術陣だ。
魔術陣から翠色の燐光が溢れてイズナを包み込んでいく。全身を燐光が覆い尽くすとイズナは休憩席から消え失せ、翠色の光を伴ってサークルの中央に姿を現した。
イズナの正面に戦装束に身を包んだユーリが十メートルほど離れた位置に転移してきた。身の丈ほどある杖をくるくると器用に回してから杖頭をイズナに突きつける。
『会場並びテレビ中継ネット配信視聴者の皆様! お待たせしました! 本日雌雄を決する両名の紹介をします! まずは東側!』
実況者の紹介に、イズナは満面の笑みで右拳を突き上げて応えた。
『ナルカミ・イズナ! 戦績は五勝三敗! 負けが続いていた彼女ですが、今回は戦闘スタイルと戦装束を一新! 近接型に転向しました! 生まれ変わったナルカミ選手がどのような戦いを見せてくれるのか注目です!』
イズナに送られる拍手はまばらで、声援も少ない。そればかりか、ちらほらとブーイングの声まで聞こえてくる。
『対する西側ユーリ・ストラトス選手!』
ユーリがイズナに突きつけていた杖を手の中でくるりと回し、石突でサークルを突いた。その瞬間、会場を割れんばかりの拍手と大歓声が支配した。
声援の量から考えても会場のほとんどがユーリの味方らしい。イズナにとってはアウェーの状態だ。観客はみんなユーリがどうやってイズナを倒すかを見に来ている。
『四戦四勝の全勝! 戦闘スタイルは、長杖を軸としたオーソドックスな遠距離型ですが、その破壊力と精度は超一級品! 絶対零度の異名を持つ圧巻の攻め手はファンの心を掴んで離しません! ナルカミ選手が達成できなかった最年少ティアⅠトロフィー獲得にも注目が集まっています!』
実況者による選手解説が終わると、二人の間にレフェリーの男性が転移してきた。
マギシングサークルのレフェリーは、試合を邪魔しないように各ラウンドの開始・終了の合図とダウン時のカウント以外は、サークルの外で待機している。
「開始前にルールを改めて確認します。試合は一ラウンド三分で合計十ラウンド。各ラウンドの合間に一分間の休憩時間を挟みます。ダウンしてから十カウント経過で敗北。十ラウンドで決着がつかなかった場合は、判定によって勝者を決定します。判定でも同点だった場合、この試合は勝者なしで引き分けとなります。両選手準備はよろしいですか?」
「うん!」
両拳を打ち合わせながらイズナが頷くと、ユーリもギュッと杖を握り締めた。
「はい」
イズナとユーリ、二人の選手の合意を確認したレフェリーが両手を上げた。
「それでは両者構えて!」
ユーリは、杖を腰溜めに構えた。
対するイズナは、右のガードをやや低めに上げて、左のガードは完全に下した構えを取る。
「第一ラウンド! ファイト!」
レフェリーが両手を振り下ろしサークルから転移した瞬間、雷光の煌めきがユーリの顔面を抉り、石造りの地面に叩き伏せた。
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